第13話 プレイスユアベット


――うわぁ……。


 体験したことがないほど煌びやかな世界に圧倒される。黒のセクシーなドレスを着てポーカーを楽しむ女性。両脇に美女を侍らせながらルーレットをする男性。


 広い室内に豪華なドレスやスーツを着た人、人、人で埋まっている。皆がこの場に溶け込み、楽しんでおり、明らかに客ではない厳ついサングラスをかけた男たちが巡回していた。おそらく警備員か何かだろう。


「アイツがここにいるとかあんま想像できないな」

「だよね。カツアゲ君がここに居ればいいんだけど……」

「さぁ、どうでしょう。とりあえず、分かれて探してみましょうか。じゃあ、1時間後に入り口に合流しましょう」


 マルファスさんはそう言ってあっという間に消えてしまった。


「どうしようか、将冴君。……え? 将冴君!?」


 いつの間にか後ろにいたはずの将冴君がいない。


――あの短い時間でどこに行ったんだ……!?


 僕はカツアゲ君と将冴君を探しながら歩いていると、テーブルに座っていた目がくらむような奇麗な女性に声を掛けられる。


「あら、貴方。見かけない顔ね、可愛い顔してるわ。それに、とっても可愛い坊やを連れているのね」

「あ、あはは。そうですかね。お姉さんはとっても奇麗ですよ」

「うふふ。ありがとう。ねぇ、貴方。私と勝負してみない?」


 お姉さんは目の前で足を組みなおし、長いおみ足が僕を誘惑しているようだった。これが大人の女性かと眩暈を感じながらも、ここに来た理由を思い出し必死に抵抗する。


「ねぇ? ちょっとだけ遊びましょう?」

「でも、僕。人探しに来ててっっ! あっ――」


 お姉さんに腕を引っ張られ、胸にふにっとした感触を得る。


――や、柔らかい……っ!


 僕が動揺して頭が回っていない間に、彼女は僕を椅子に座らせ、勝負することを了承させた。どうやら目の前のテーブルで行われているルーレットで、勝負をすることになったようだ。あんまり記憶が定かじゃないが、そうなったと思う。


「で、でも僕お金持ってませんよ?」

「あら、そうなの? う~ん。じゃあ――」



 お姉さんはディーラーに合図し、ディーラーは僕とお姉さんの前に新しいチップを10枚置いた。


「これを使って、3回ゲームしましょう。手元に残ったチップが多い方が勝ちよ。私に勝ったら何でも言うことを聞いてあげるわ」

「え、なんでも!? でも、えっと……。もし、負けたら……?」

「ふふっ。それは負けてからのお楽しみね」


 彼女は巡回していた警備の男に声をかける。


「私達今から勝負するから、彼が逃げない様にここにいてくれる?」

「承知しました。○○様」


――え? ちょ、逃げないようにって何? もしかして、負けたらヤバイの!?


「ぼ、僕、ちょっと用事を思い出しちゃって――」

「嫌だわ。これから始めようって時に。今逃げ出したら、貴方の負けってことにしちゃうわよ」


 背後に立っている男が手を合わせ、指を組んでをボキボキと鳴らす。それを見て渇いた笑いを零すことしかできなかった。


「ルールはわかるかしら?」

「なんとなくなら……。あのルーレットに転がった球がどの数字に入るか当てるんですよね?」

「そうね。そして、予想する数字や色のレイアウトの上にチップを乗せるんだけど、まぁ乗せた場所の確率が低ければ低いほど勝った時の勝ち分が多いわ。それと、このレイアウトの数字が書いてある部分をインサイドベッド、周囲にある赤や黒など大雑把な括りはアウトサイドベッドと言うの。もちろん数字が書いてあるインサイドの方が倍率が高い。レイアウトによって2~36倍の範囲で倍率が変わるの。インサイドで数字の一点狙いは36倍で、アウトサイドで赤か黒狙いなら2倍。どう? 数字にかけたくなってきたでしょう?」

「いや、僕は堅実的な男なので! アウトサイドを攻めます」

「そう? どうなるか楽しみね」


 カツアゲ君に人の金でどうこう言っていた自分はどこに行ったのだろうか。僕でさえ目の前の美女に誑かされ、他人のお金でゲームなどやっているのだから、彼の事を責めることなどできないだろう。ごめんね、カツアゲ君。


「では、始めましょうか」


 ディーラーが回転盤の中に球を投げ入れる。反対方向に勢いよく回っていく球がグルグルと回り、ずっと見ていると目が回りそうだ。少しトリックアートを見ている気持ちになっていると、ディーラーの声に引き戻された。


「プレイスユアベット」


 その声を聞いて、お姉さんは10枚あるチップのうち5枚を赤の21番にチップを置く。僕も彼女につられるように、赤に2枚チップを置いた。


 彼女が当たったとしても僕も当たる算段だ。まぁ、倍率は天と地の差だが、少しでもリスクを減らしたかった。


「あら、やけに慎重ね?」

「僕は堅実なんで! あ、これ二回目でしたね!」


 ディーラーは手をレイアウトにかざし、「ノーモアベット」と言う。回転盤の上を転がっていた球の速度が徐々に落ちていき、黒の24番に入った。


「あら、お互いに外れちゃったわね。残念」


――うわぁ……。


 21が出なかったことは幸運だが、僕は二分の一を外したってことだ。これは幸先悪いかもしれない。


 僕とは対照的に彼女は笑いながら、「早く次をやりましょう」と急かしてくる。ディーラーは再び球を回した。


 彼女はチップを3枚使って赤の36にベッドする。彼女の残りはあと2枚で、僕の手元には8枚残っている。少しくらい多く使ってもいいだろうと思い、5枚のチップを握る。


――ここは同じ戦法で……。


 僕がチップ全てを赤に乗せようとした時、今まで大人しかったバエル様が、僕の腕を引っ張った。それによってチップを乗せる位置がずれてしまい、3枚ほど黒の15に乗せてしまう。


――しまった!


 慌てて戻そうとすると、ディーラーに手を払われ、終わりの合図が告げられる。


「あら、今回はインサイドもかけるのね」

「いや、そんなつもりは!!」


 バエル様に「めっ!」と言っても、僕の意思は伝わっていないようで、僕と同じように「めっ!」と繰り返す。困ったなと思っていると、ディーラーの口から球の入った番号が告げられた。


「15」

「……は!?」


――15!? 黒の15!? 僕のチップが乗っている数字だ!!


 身体がカッと熱くなり、周りを気にせず立って雄たけびを上げる。何事かと周りに人が集まり、ギャラリーが増えていく。


――え? もしかして、これ勝ったのでは!? 目の前の奇麗なお姉さんに何でもしてもらえるでは!?


 僕が鼻の下を伸ばしながら勝利の拳を握り締めていると、お姉さんに席に座るように誘導される。


「うふふ。凄いわ。3パーセントを引き当てちゃうなんて。貴方、ラッキーボーイね。私負けちゃうのかしら?」

「女に二言はないですよね!?」

「もちろんよ。二言はないわ。でも、困ったわ……」


 手を口元に当て身を捩らせ、僕を誘ってくる彼女に引き寄せられるように身を寄せてしまうと、肩をそっと押される。


「でも、あともう1ゲーム残ってるのよ?」

「そうでしたね! じゃあ、さっさと終わらせましょう!!」


 鼻息の荒い僕は数枚のチップを掴む。もう既に買ったも同然だ。下手に勝負する必要はない。そう息巻いている僕の手に、彼女はそっと自身の手を重ねる。


「やだわ、それだけなの? もっとかっこいいところを見せて?」


 この世界に来て、リュカ様と出会って僕の心は大きくときめいた。もうこの女性しかいない、と。だが、その時のトキメキは今のこの心臓の高鳴りよりも大きかっただろうか。否! 今僕は最高に目の前の女性に心をうばわれている! 僕の5感いや、僕も知らない第6感さえもが彼女に従えと叫んでいた。


 僕は心の向くまま、全部のチップを両手で支える。リスクなど承知! 今ここで男を見せないと彼女はきっと振り向かない!


 僕は彼女に背を向け身を屈めて、幸運の天使に天国までの道を小声で尋ねる。


「ばえ……。いや、我が弟。いや、わが天使よ。道を示したまえ!」


 バエル様は「あいっ!」と言って、レイアウトに向かって指を指す。彼と視線の高さが同じになるように身を屈めると、バエル様が指しているのが黒の13だとわかった。身を屈めた際にチップが一枚落ちて床に転がってしまったが、大したことではない。目の前にはこんなにもチップがあるんだ。一枚ぐらいどうってことない。


 僕は自信満々で、ディーラーに告げる。


「黒の13にオールベッドで」


 周りにいた観客が「うおおっ」と歓声を上げる。隣のお姉さんを見ると、それはそれは満足そうな顔をして頷いた。これで彼女は僕のものだと確信する。そして、彼女は赤の36に残りのチップを乗せた。


 世界で一番幸運な男になろうとしている僕の元に、その半分を奪いに来たのか将冴君が人込みをかき分け話しかけてきた。


「おい、何してるんだ」

「あ、将冴君」


 どうやら、さっきの僕の雄たけびを聞きつけて彼はやってきたらしい。


「やばいよ、将冴君! 僕……、ヤバいかも!」

「は? ヤバい?」


 僕が将冴君と話していると、ディーラーの終わりを告げる声が聞こえた。すぐに回転盤に視線を戻し、僕は将冴君に語る。


「将冴君。いい? 見ててね。黒の13が来るから!」

「はぁ?」


 玉は減速していき、ポケットに入っては出て、入っては出てを繰り返す。弾かれながらもその勢いはどんどんと収まり、球が黒の13に入り込んだのを見て、ガッツポーズを決め咆哮した。


「うおおおおおおおっっ!」


 カランッ。


 なぜか僕だけが興奮している事実に気付き、上げたままの拳を下げないまま不思議に思っていると、将冴君が肩を叩いた。


「おい、和音。よく見てみろ」


――え……?


 確実に黒の13のポケットに入ったと思われた玉は、隣の赤の36に収まっている。


「よくわからんが、軽く跳ねて隣に入ったぞ?」

「な……!?」


 僕がブリキのおもちゃのようにゆっくりと彼女の方へ首を回すと、顔に三日月を浮かべた能面のような顔をしていた。ゾッとするような寒さを感じ、なぜ目の前の女性をあれほどまでに強く惹かれたのか自分でもわからなくなった。


「勝負は終わったんだろ? 早くいくぞ。和音」

「貴方、和音君っていうのね」

「えっ……。はい……」


 彼女の笑みが少し怖くて、目を逸らしがら返事をした。将冴君は僕の腕を掴み、早く立たせようとするが、彼女はそれを制止する。


「ねぇ貴方。和音君を連れて行かないでくれる? 私達、勝負をしてたの。まだこの子に何をしてもらうか決めてないわ」

「は? そんなの知らねーよ。行くぞ、和音」


 彼女はパンパンと手を叩く。すると僕達の周りにズラッと警備員が駆けつけてきた。


「こちらの男性を引き離して? あら、どうしたの? そんな顔して。私ここのオーナーなの。和音君は私と来るのよ」


 僕達は引き裂かれ、将冴君は警備の人に両脇を拘束され動けない。


「おい、離せ!」

「あぁ、そうだわ」


 女性は警備に耳打ちをして、僕の腕からバエル様を取り上げる。


「あ! 何をするんだ!」

「坊やに用はないわ。用があるのは貴方だけだもの」


 そう言って、バエル様は将冴君の元に返された。いや、このまま連れて行かれるのなら、バエル様は将冴君と一緒にいる方がいいはず。そう思いって抵抗するのを止めた。


「さぁて、あちらの部屋でゆっくり話しましょうか」

「和音―!」


 後ろから聞こえる将冴君が僕を呼ぶ声に振り返ることもせず、周りを屈強な男達に囲まれながら、僕は彼らに従い奥の部屋へと歩いていった。



◇◆◇◆

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