第12話 かなり攻めてるね


 コンコンコン。


「和音です」

「どうぞ」


 目の前のドアを開き、部屋を見渡す。が、カツアゲ君はいない。


「何か用ですか?」

「えっと、カツアゲ君が来ませんでしたか……?」

「来ましたよ」

「その、どこにいるか知りませんか?」

「彼はもう……、ここにはいません」


――え、何!? 何でためて言ったの!? ま、まさか!?


 僕が眼前の悪魔に戦慄していると、彼はいたって冷静に口を開いた。


「よくわかりませんが、お金を返す方法を見つけたので、○○に転送してくれといわれて、彼を送りました。二日後には帰ってくると言っていましたよ」

「そう、ですか……」


 さすがに「ギャンブルしてくるぜ!」とは言ってなかったことを知り、少し安心する。しかし、ホッと下のもつかの間、背中にゾゾっと這い上がるような感触がして、女性のように高い声を上げる。


「和音さん!? どうしました?」

「せ、背中に何かっっ! ヒッ……。何か蠢いてて! わあぁぁあやだやだやだ! 取って! 早くとって!」


 両手はバエル様で塞がっていて服が脱げない。ただ背中を這いまわる気持ちの悪い感触に、身体を震わせ身の毛もよだつ思いだ。


――早く~~~~っ!


 マルファスさんが僕の服をめくると、「あぁ」と言って原因を取り除いてくれた。マルファスさんから逃げるように距離を取り、振り返ると彼の手の上にトカゲが乗っていた。


――と、トカゲ!?


「僕の使い魔です。和音さんを探してもらう様に頼んでおいたのですが、すっかり忘れてました」

「使い魔のこと忘れちゃだめでしょ! ペットはちゃんと飼い主が面倒を見てください!」

「まぁまぁ。この子は見た目はトカゲですが、実はドラゴンなので」


――え!? ドラゴン!?


「でも、小っちゃいじゃないですか!」

「そうですね。この子も赤子なので」

「え!? 何!? バエル様だけじゃなくてそのトカゲ、じゃなくてドラゴンも転生してたり……?」

「いえ、この子は違いますよ」

「あ、よかった」


 彼は愛しそうにトカゲを撫でる。


「おや? 少し大きくなりましたかね?」

「ちなみにドラゴンって何歳ぐらいでおっきくなるんですか?」

「100歳を超えると大人と言えますかね。あぁ、でも身体の大きさだけなら5歳でも10歳でも大きくできますよ? 十分な魔力の餌があれば」

「へぇ」


 先ほど許可なく僕の領地を荒らした生き物は、近くで見ると大変可愛らしい。よく見ると確かに羽が生えていた。


「ギュウギュウ!」

「わぁ、鳴き声こんな感じなんですね」

「がうがう!」


 バエル様もドラゴンの真似をして鳴いている。右手はドラゴンに伸ばされ、ブラブラしている。そっと、彼が掴めるように前屈みになると、マルファスさんはサッと後ろに下がった。


「ダメです、和音さん! 赤ん坊は何にでも口に入れてしまいますから」

「な、なるほど……。すみません」


 たしかにバエル様は手で掴んだものをよく口に運ぶ。注意しないといけないなと思いながら、僕の右手は彼の口に収まっていた。



◇◆◇◆



「かちゅあちぇ!」

「かつあげ」

「かちゅあちぇ!」

「ううん。かつあげ」


 何にでもなれる村帰ってきてから、よく喋るようになったバエル様。僕が皆の名前を教えている最中に、将冴君に話しかけられた。


「もう五日経ったな」

「うん……」


 あれから二日後、カツアゲ君は帰ってこなかった。彼がカジノに行って稼げる保証なんてない。いやむしろ借金を作ってしまっている姿の方が想像しやすい。彼はゲームするだけで金が増えると勘違いしていたのだ。絶対何かやらかしてるに決まっている。問題を起こさないわけがない。


 もしかしたら、彼は大負けしてもうすでに殺されているかもしれない。そうだったら、小さなお墓を作ってあげよう。あぁ、僕は彼の本当の名前を知らないのだ。石に刻む文字までカツアゲ君なんて、なんて報われない人なのだろう。彼の名前をキチンと聞いておけばよかった。


 僕が土葬にしようか、火葬にしようか悩んでいると、僕達の部屋にマルファスさんがやってくる。


「カツアゲさんがいつまで経っても帰ってこないので、お迎えに行こうかと思います。和音さんたちはどうしますか?」

「おれはここ「僕達も行きます!!」」


 仮に彼がもう死んでいたとしても、彼の死体を回収するためにも行かねばならないだろう。僕は彼の納棺師として向かうのだ。彼の最後を美しいものにするために。不満の声を上げる将冴君を引き連れながら、マルファスさんと一緒に魔法陣の中に入る。


「かちゅあちぇ、さがちゅ!」

「そうだね、カツアゲ君を今から探しにいくんだよ。


 「ちゃんと生きてるかな……」という僕の小さな呟きはかき消されるように、僕達は光に包まれた。




◇◆◇◆




 目の前には圧巻とするほどの豪華絢爛な建物がズラリと建て並ぶ。道行く人々の身なりもキッチリとしていて、冒険服姿の僕と将冴君はかなり浮いて見えた。


「あの~、僕達かなり浮いてません?」

「お気になさらず。どうせ、長居はしませんので」

「あ、そうですか」


 若干居心地の悪さを感じながら、しっかりと整備された道を歩く。


「なんか凄く発展している場所ですね」

「ええ。ここは人間界でも裕福な方々が住んでいる都市です。世界銀行がある場所ですからね」

「へぇ~」


 しばらく歩き、マルファスさんは大変立派で燦爛たる建物の前で止まる。


「こちらが世界銀行になります。人間だけではなく、悪魔や獣人、天使なんかも利用できる中立都市なんですよ。カツアゲさんがこの都市に行きたいと言った時は驚きましたが、彼もキチンと貯金はしているんですね」


――いや、多分ここにはいないとも思う……。


 そう思いながらも口には出せず、ぐんぐんと進んでいくマルファスさんに付いていき、受付まで辿り着いた。カツアゲ君の本名はわからないため、容姿の特徴を伝えて、この場所に来たか尋ねるが、スタッフは皆知らないと言う。ですよね。知ってました……。


「てっきり、この場所に来たのかと思いましたが、一体どこへ……。彼にも使い魔を放ってみましょうか」

「えっと、多分なんですけど。カツアゲ君がどこにいるか分かります……」

「え? どうして和音さんが?」

「あのこの都市に、賭け事が出来る場所ってありますか?」

「えぇ、もちろん。いたるところにあるとは思いますが……。まぁ、一番有名なのはこの世界銀行が運営していると言われている世界一大きなカジノ『』があります。それがどうしたんです?」

「そこだな」


 将冴君はウンウンと頷き、僕もそれに追従する。


「えっと、凄く言いずらいんですが、カツアゲ君はそこにいると思います」

「はぁ???」「ぱぁ?」


 能天気にマルファスさんの真似をする真似っ子動物のバエル様を取り押さえながら、僕はカツアゲ君と最後に交わした会話を伝えた。


「どうして借金を増やすようなことをするんです? 理解できません」

「僕達にもわかりません……。規格外の馬鹿としか……」

「全く……、神経を疑いますね」


 マルファスさんはため息をついた後、僕達の姿を下から上まで見る。


「服を用意しないといけませんね」

「え? さっきお気になさらずって……」

「お高い方々が集まるカジノに、その恰好では良くありません。きちんとした格好で行かないと、店に追い出されたり、カモられてしまいますよ」

「あ、そうなんですね」


 僕達はマルファスさんの後ろについていき、紳士服の仕立て屋へと向かっていった。




◇◆◇◆




「和音様いかがでしょう?」

「え、あ、はい。イイと思います……」


 僕に服装の善し悪しなど分からない。僕の身なりを整えてくれる店員の言葉に、ただ肯定の言葉を返すしかできない。


「あの……、これって高いんですか……?」

「そうですね。当店では一級品しか取り扱っておりませんから」


 彼がえらくニコニコしているのは、僕達が彼にとって上客だからかもしれない。僕が今身に着けている服も、選ぶときに見た服も全て値札など付いていなかった。僕の心の平穏のためにも値段については聞かない方が良いのかもしれない。


 今着ている服はどうにも僕には派手すぎるように思えて、もう一着試着用の服を探す。そして、店の中央に飾られたド派手な衣装に目が留まった。


――あんなの誰が着るんだよ……。


 僕がそのマネキンに目を奪われているのに気が付いたのか、店員が話しかけてきた。


「こちらは、とあるお客様の特注品でしてね。あのデザイナーの巨匠――ストラス様がデザインなさったものなんですよ。きっと、これを着れば注目間違いなしです!」


 店員はウンウンと頷き、笑みを浮かべている。目の前の服が誰かの特注品と聞いて、僕は信じ難い気持ちになりつつそれを見つめる。


 服全体が眩い輝きを纏っている煌びやかな装飾で、宝飾を散りばめたような服だ。これを着ている人の後ろを歩けば、宝石をいくつか拾えるんじゃないかとさえ思う。


「そうそう。こちらの服を注文なさったお客様が15時に店にいらっしゃる予定なので、14時にはご試着を終えてくださいね」

「え、あと30分しかない!」


 僕はそれからもう一着試着して、比較的普通のスーツを選んだ。どうやら、将冴君よりも僕の方が時間が掛けてしまっていたようで、彼はワインレッドのおしゃれな服を着こなし、マルファスさんと話していた。ちなみに僕は地味目のブラウンで、バエル様は僕と同じ色のタキシードを着せた。とってもかわいい。


「お二人ともお似合いですよ」


 僕達の姿を確認したマルファスさんがうんと頷いた。マルファスさんはいつも正装みたいな格好しているから購入する気はないようで、そのまま店員の元へ向かって行った。


「将冴君、かなり攻めてるね!? その色はイケオジの色だと、僕は認識しているよ」

「そうか? 特に希望はないと言ったらこれを勧められた」

「そっか。たしかに似合ってる」


 将冴君の服を派手だと言ったが、あの中央に飾られている服に比べれば、皆地味みたいなものだ。


 会計を済ませたマルファスさんが戻ってきて、僕達に声をかけた。


「では行きましょうか」




◇◆◇◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る