第11話 もう帰ってきたのかよ……



 初めての人間界。初めての勇者。初めての世界征服。中々に濃い二日間だったように思う。村の人々からは感謝される展開になったのは予想外だけど、僕達の雇用主であるバエル様とマルファスさんは満足そうなので、問題ないだろう。


 しかし、そんなすがすがしい気分で人間界から戻った僕達を待っていたのは、変わり果てた僕達の部屋だった。あの整然としていた部屋が、今は見る影もない。


「うっわ!? なんだよ、この汚部屋は!?」

「ふぁ……? ふぁう、ふぁふぇってひぃたのふぁよ……」


 カツアゲ君がガッカリと言った風な顔をして、口いっぱいに菓子を詰め込みながら喋っている。はっきりと聞きとれないが、不平不満を言っているのはなんとなくわかるので、「早く口の中の歌詞を飲み込め」と促す。


「んぐっ……、はぁ。ったくよう。早すぎじゃねえか? 俺はてっきり、一週間は帰ってこないと思って予定を立ててたのに……」

「予定ってなんだよ? しかもこの散らかりよう……。何で僕らの部屋にいるんだよ……」

「そりゃあ……、俺の部屋より広いからだな。ちなみに予定ってのは、怠惰で優雅な王城生活のことだよ」

「ナニソレ……?」


 僕とカツアゲ君が話している間、後ろで見守っていたマルファスさんが「あっ!」と大きな声を出す。そして、地面に落ちていた書類を拾い、カタカタと震えている。


「え、どうしたんですか?なんで、そんなに震えて……」

「カツアゲさん……。この、請求書は何ですか……?」


――請求書……? はて、一体何のことだろう……?


 僕には点で分からないが、カツアゲ君に心当たりがあるようだ。彼が「あぁ、それは」と説明を始めようとした時、机の上に置いてあった書類の山が崩れ落ちる。それを拾って内容を見てみると、こちらにも『請求書』の文字が記載されていた。


「え? これも!? コレもだ……。えぇ、これ全部……!?」

「あぁ、それは全部請求書だぜ!」


――いやなんで、ちょっと誇らしげに言ってんだよ……。って、あれ……?


 よく見てみると、名義に全て『マルファスバトラー66世』と記載されている。僕がこっそりマルファスさんを盗み見ると、元の顔の怖さに加えて鬼の形相になってしまっている。しかし、それでも笑顔を絶やさない背後に般若顔を纏ったマルファスさんは、カツアゲ君に向かって言った。


「私に請求されている金額全てを、一週間以内に用意してください。一旦は私の方で立て替えますが、支払えないというのなら、それ相応の覚悟を致して下さい。死よりも恐ろしい目に合わせて差し上げましょう。でも、逃げるなんて馬鹿なこと考えないでくださいね? 地の果てまで追いかけて、悪魔でも恐怖、戦慄するほどの拷問を私が直々にしてさしあげますからね」


 早口でまくし立てるマルファスさんは中々に迫力があり、怒られていない僕まで恐縮してしまう。怖い、怖すぎる……。


 僕はマルファスさんを怒らせないようにしようと心に誓う。あ、でもやばい。こないだ、「舐めプされてもいいんですかぁ?」とかふざけたこと言っちゃったよ! でもあの時はこんなに怒らなかったし、でも――


「先日は愚かにも失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ございませんでした……。あと、将冴君もゴメン……」

「おや? どうして、和音さんが謝るんです? もしかして、貴方もこの請求書に一枚かんでいるんですか?」

「いえいえいえ! とんでもありません! 己の失礼な態度を改めていただけです! それとは無関係です! ほら、カツアゲ君! 謝るんだ、早く!」

「ッチ。めんどくせぇなぁ」


 僕は彼の頭を掴みながら、マルファスさんに頭を下げる。


 カツアゲ君は僕が連れてきた新な仲間だ。彼が粗相したら僕も責任を取らされたり、殺されてしまうのではないかとビクビクしてしまう。なんとかカツアゲ君に謝らせて、マルファスさんには自分の部屋で休んでもらうことにした。


 マルファスさんがいなくなった部屋で、カツアゲ君は愚痴をこぼし始める。


「なんだよ。金があるなら使ってもいいだろうがよ……」


――コイツ、正気か……!?


 人の金を何だと思ってやがる。いや、そういえばカツアゲ君は人の金を自分のものだと思うやつだった。彼にとってはいつものルーティンだったのかもしれない。


「手を出したらヤバイ人っているじゃん!? ましてや、職場でそんなことしたらヤバいってわからなかったの? いやどこでもダメだとは思うけどさ!」

「わからなかった」

「ていうか、あの大量の請求書。一体何に使ったの?」

「別にいいだろうが」


 請求書を見ても何を購入したのか僕には分からない。見慣れない言葉が書いてあるばかりだ。理解不能な彼の行動に、マルファスさんだけでなく僕の頭も痛くなってくる。


「お金、用意しろって言われてたがどうするんだ?」

「オレ、金を手に入れたらすぐ使っちまうしな~」

「人のは使っちゃダメだよ!」

「はいはい。もうわかったよ」

「貯金とかないの?」


 僕の質問に心底理解できないといった風な顔でこちらをみるカツアゲ君。いや、僕も君がお金を貯めるなんて芸当できるとは思ってないけどさ。一応聞いてみただけだよ。


「まぁ、返せるお金がないってことなら、どこかで働いて地道にお金を集めるしかないんじゃないの?」

「オレは働きたくねえって!」

「もう!」


 全く働く気がないカツアゲ君に僕が叱りつけていると、将冴君がボソリと言った。


「金が勝手に増えればいいのにな」


――金が増える……? 増えると言えば――


「パチンコとか……?」

「なんだ? パチンコって?」

「この世界にはないのかも。じゃあ、カジノかな?」

「カジノか! たしか、ゲームするだけで金をいっぱい貰えるやつだろ!? 一度やってみたかったんだよなぁ!」

「するだけじゃなくて勝たなきゃ。それに、貰えるって言うより、元のお金をかけて倍にするって感じでしょ」

「金が増えるんなら、同じだろ?」


 とんでもない借金の返し方を思いついたカツアゲ君は、意気揚々とマルファスさんの元に向かっていった。余計なことを言わない方が良かったかもしれない……。


「カツアゲ君、馬鹿なのかな……?」

「多分な」


 しばらくたっても戻ってこないカツアゲ君の事が気になり、僕はマルファスさんの部屋へ向かった。




◆◇◆◇

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