第10話 しぇかい……、しぇいふくっっ♪



 僕は声がした方を振り返り、ひどく情けない声で叫んでしまう。


「ダリルじいいいいいい!!」


 目の前にはオークキングにぶっ飛ばされたはずのダリルじいがいた。


「なんじゃ、その情けない面は」

「いや、すげー飛んでいったじゃん! めっちゃ強いって言うから、めっちゃ期待してたのに、イチコロだったじゃん!」

「久しぶりだったから、ちょっと油断してただけじゃわい」


 僕がダリルじいに縋りついている間に、キングオークは灰となり魔法陣と一緒に拘束具も消えた。いつの間にか黒の集団も消えた。


 感動の再会を果たしている僕達の元に、割って入る声が掛けられた。


「和音さん、離れて下さい」


 急に真剣な雰囲気を放ちだしたマルファスさんが、僕をダリルじいから引き離す。


「あぁ、ちょっと……」

「和音さん、この方は危険です」

「危険だなんて、失礼じゃぞ?」

「黙りなさい。酔いどれの魔法使い……。ダリル・シャンパン!」

「如何にも。わしがダリル・シャンパンじゃ」

「和音さん、将冴さん。早くバエル様を連れてお逃げください! 私でも倒せるかどうか……」


 先ほどとは180度別人のマルファスさんが、必死そうな顔をしていて僕は混乱する。


「え、ダリルじいは大丈夫だよ?」

「何を言っているのです!? この方は魔界の半分を破壊した人ですよ!?」

「な、なんだってぇ~!?」


――ダリルじいが……? 魔界の半分を……!?


「じゃあ、あの商業都市をやったのもコイツか?」

「えぇ、ご推察の通りです。この方があの都市を滅ぼしたと言っていいです」


 ダリルじいはマルファスの言葉を「昔の話じゃ」と肯定する。


「で、でも、僕らはダリルじいの孫なんだよね? 僕らを殺したりしないよね……!?」

「あぁ、もちろんじゃ。お主らを孫だと決めた。だが―—」


 ダンッと片足を踏みつけ、ダリルじいは僕達に向けて手を掲げる。僕らの間に亀裂が入るように、複数の魔法陣が形成されていく。


「悪道を進むというのであれば、わしもお主らを止めねばならない。お主に問おう。何故、この地に来た? 返答次第では今ここで殺そう」


 何でここに来たかって? そんなの、将冴君から出た案――駆け出し勇者を潰そう大作戦のためだよ! でもこれ言ったらダメな奴。絶対ダメな奴。うわああ、何て答えればいいんだ!?


 僕が何と答えるべきか必死に頭を悩ませていると、僕の代わりに将冴くんが口を開く。


「そんなのきまってるだろ。ぶっ――」


 僕は急いで将冴君の口を塞ぐ。


「それ絶対言ったらダメなやつだから。殺されちゃうやつだから。お願いだから、ちょっと黙っててくれる?」

「和音がそう言うなら……」


 油断したらこれだからな。ほんとクレイジーボーイの名は伊達じゃない。しかし、安心したのは束の間。思わぬ地雷がマルファスさんによって踏み抜かれる。


「もちろん、世界征服するためですよ」


――マルファスてめえええええええええええええ!!! 


「世界征服……じゃと……?」


――やばいやばいやばい。絶対ヤバい。絶対殺される。早く早く、何か言わなきゃ、早く――!


「あはは。やだなぁ、ダリルじい。ちょっと説明させてよ。お願い! 孫から初めてのお願いでしょ! 聞いてお願い!」

「ふむ。話してみろ」


――あぁ~~~~。回れ僕のお口。お口達者なお口がんばれえええ。お前に皆の命がかかっているぞおおお!!


「世界征服って言うのはもちろん比喩的表現だよ。ほんと。僕らがここに来たのはね、世界を良くするためなんだ」

「良くするため、じゃと?」

「そう! 良くするため。前から勇者の村であのアインホルン教がここを狙ってるって知ってたんだ」

「え、でもお主、あやつらのこと知らなかったじゃろう?」

「いやぁ~~~~、やだなぁっっ~~! 演技だよ、演技っ! 僕ら魔界の者が助けに来たなんて言っても、悪いことしに来たんじゃないかって思っちゃうでしょ? なんか、襲われるんじゃないかって思っちゃうでしょ? それを見越して! 隠密で! バレない様に! 世界征服という名の人助けをしに来たんだけど、バレちゃったな~~~、困ったことにバレちゃったな~~~」


 必死に笑顔を作り、戯けて見せる。あくまで、無害で善良に振る舞う。僕のこの姿勢が功を奏したのか、ダリルじいは納得した声を上げる。


「なんと! そうじゃったか! さすがわしの孫じゃ!」


 ダリルじいは掲げていた手を下げ、僕の頭を撫でる。どうやら窮地を脱したみたいだ。 僕らのやり取りを見ていたちびっこ勇者達がワイワイこちらにやってきて、僕を取り囲む。


「なんていい人なんでしょう!」

「宴を開くので参加してくだしゃい!」

「僕らのヒーロー!」

「感謝の言葉を伝えたりましぇん!」


 かわいい子供達に羨望の目を向けられながら、持て囃される。服や手を引っ張られ、抵抗せずに付いていく。


――あぁ~。いい気分だわぁ~~~。


 しかし、油断はいけない。僕はクルリと首を回し、将冴君とマルファスさんに向けて、「余計なことは言わないでね」と釘を指した。





◆◇◆◇





 お世辞にも豪華と呼べるかわからない、質素な食事を前に腰を下ろす。すると、ダリルじいが「わしにも手伝わせてくれ」と呪文を唱えると、ぶわ~っと豪勢な料理が現れ、皆が騒ぎ出す。


 飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎの中、僕は隣にいた子勇者に話しかけた。


「君の名前は?」

「ルロイでしゅ!」

「ルロイね。ルロイ君、さっきはみんなを導いて戦ってくれて、ありがとうね。立派な勇者だったよ!」

「……」


 なぜかルロイ君は俯いて、黙ってしまう。


「あれれ? どうしたの?」

「僕……。実は、勇者じゃなくて、剣じゃなくて、別の……。もっと人をサポートするような、守れるような人になりたいんでしゅ……!」

「え? そうなの?」

「僕、必死で剣の稽古をしてましゅたが、前に出るのはやっぱり苦手なんでしゅ。剣も下手っぴで、レベルは全然上がらないでしゅし……」

「そっかぁ」

「それに、昨日僕には勇者は向いてないってことがハッキリわかったんでしゅ……」


 僕から見て、そんなに剣の扱いが不得意そうには見えなかった。しかし、僕は剣の扱いを知らないし、本人が言うのであれば、実際そうなのかもしれない。ならばと、僕は思いついたままを口に出す。


「そっか、じゃあ魔法使いになったら?」

「無理でしゅ! ここは『勇者の村』。その名の通り、勇者を排出する村なのでしゅ。それなのに魔法使いになるなんてこと……。絶対にできないでしゅ!」


 いつの間にか、皆僕らの話に聞き入って、宴の場が静かになっている。真剣そうな顔でこちらを見つめる子供達。もしかしたら、彼らもルロイ君と同じなのかもしれない。彼らのこの憂いた顔を晴朗な顔に変えるには、どんな言葉をかけてあげればいいだろうか。僕は答えを導き出す。


「じゃあ、じゃあさ! 村の名前を変えようよ!」

「え?」


 ルロイは呆けた顔でこちらを見る。


「『勇者の村』なんて名前が付いてるから、勇者にならなきゃって、皆思っちゃうんでしょ? じゃあ! そんな名前捨てて、新しい名前つけようよ!」

「そ、そんな……」


 ルロイがわすがに震え出し、瞳がゆらゆらと揺らぎ始める。


「それに、あそこにいる。そう、あの酒におぼれてるダリルじいは有名な魔法使いらしいし、彼に魔法を見てもらえば君も立派な魔法使いになれるんじゃないかな? あ、魔法使いでいい? 狩人とかの方がいいかな?」

「か、和音しゃん……!」


 塞き止めていたダムが決壊したようで、ルロイ君の頬にポロポロと涙が流れていく。


「わっわっわっ。泣かないで。名前、付けるの難しいかな? 僕が何か付けてあげようか?」

「ぜ、ぜひ! 和音しゃんにっ……! 和音さんに、付けてもらいたいでしゅ!」


 勢いで名前を付けると言ってしまったが、はっきり言って僕にそう言うセンスはない。


 うーん。彼らは村の名前に縛られていた。じゃあ、彼らが望むものになれる名前、それは――


「『何者にでもなれる村』は?」

「和音、ほんとネーミングセンスないな……」

「そのままじゃないですか……」


 やはり、彼らも聞いていたのか、大人共から大ブーイングを食らう。


――知ってたよ! 僕にそのセンスがないことくらい! うっさいわっ!


「最初が勇者の村だったし、何でもいいだろ! どんぐりの背比べみたいなもんだ!」


 大人には不評だったが、子供達的には良かったようで「素敵でしゅ! 最高でしゅ!」と言って、盛り上がり始める。


「皆聞いて! 今日からここは、『何者にでもなれる村』! 誰も何に縛られることなく、好きなものに、憧れているものになってもいいんでしゅ!」


 子供たちがわーっと喜びの声をあげる。


「まぁ……、彼らがいいのであれば、私達に何も言う権利はありませんね」


 勇者の村……、いや、何にでもなれる村の宴は最後まで、賑やかに、それはそれは楽しげな雰囲気で行われた。ダリルじいにこの村の面倒を見て欲しいと頼むと、二つ返事で了承してくれたし、僕達が魔界に帰る時は皆が見送ってくれた。


「和音しゃん、将冴しゃん! 皆しゃん! また、また来てくだしゃいねー!!」

「あぁ! 必ず!」


 未だ何者でもなく、何者にでもなれる小さな彼らに見送られながら、僕達は魔法陣の上で不思議な光に包まれ始める。


「しかし、想像もしておりませんでした。勇者の村、おっと……失礼。何者にでもなれる村を潰しに来たのにもかかわらず、逆に助けることになるなんて」

「当初の予定とは違ってたかもだけど、僕としては良かったと思うよ」

「ふむ。こういう世界征服もあるのですね……。まぁ、植民地化できたみたいなので、良しとしましょう」

「植民地って言うのやめてよ……。まぁ、これが世界征服の一歩になると言うなら、僕の想像を超えているけど……。ま、まさか、将冴君はここまで見越して……!?」


 将冴君は何も答えない。


――いや、でも、まさかねぇ……?


 僕が腕に抱えた魔王様を見ると、彼もこちらを向いていて、キャッキャッと喜んでいる様子。そして、バエル様はその小さなお口を開き――


「しぇかい……、しぇいふくっっ♪」


 初めて喋ったその言葉に、僕達は目を見開き、彼は微笑んだ。包まれていた光が一層強くなり、僕達は魔王城へと戻っていった。



『バエルが二歳になりました』

『転送魔法を覚えました』

『大炎祭を覚えました』



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お礼・お願い


一歳編まで読んでいただきありがとうございました。


もし、


主人公みたいな性格好き!

バエル様可愛い。早く成長したところが見たい!

将冴君やマルファスさんのこともっと知りたい!


と思ってくださいましたら、評価とフォローを頂けたら嬉しいです。

どうぞ、よろしくお願いします。

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