第9話 大炎祭!
―—んぅ……。ん……?
寝返りを打とうとするが、胸から腹にかけてずっしりと重さを感じて動けない。目を開けると、バエル様が僕の上でスヤスヤと寝ていた。
落とさない様にバエル様の頭に手を当て、体をゆっくりと起こす。目を覚ます前とは違って、体に痛みがないのに気が付いた。
――いたく……ない……? まさか、バエル様が僕の傷を直してくれたのか……!? やだ、うちの子素敵っ……!
バエル様にときめいていると、地面に伏していたはずのダリルに声をかけられた。
「目覚めたか、小童よ」
「わぁ! 出たな、じじい!」
「じじいとは、何じゃ! ふぅ。体はどうじゃ?」
ダリルはじいさんのくせに僕よりも若々しく動いて見せ、僕もそれにつられて負傷した部分を動かして見せた。
「痛みもなく、動くようになったけど……」
「ふぉっふぉっ。さすがわしが調合したポーションじゃ」
――アンタのおかげかいっ! いや、ありがたいけどっ!
バエル様の未知の力かと思ったけど、そうではなかったらしい。少し残念に思いながら、なぜそんなことをしたのか理由を問う。ダリルはバエル様を優しく眺めながら言った。
「孫の兄弟であるお主も、孫じゃろうと思うてな」
「あ、まだその設定続けるんですね。ていうか、何で勇者側のアンタが魔王側の僕達を助けるんだよ!」
「魔王など知らん。わしは孫を助けただけじゃ」
そう言った彼はプイっと顔を背ける。そう言ってもらえるのは助かるが、その好意をそのまま受け取れるほど、僕は素直ではない。
「痛みを取り除いてくれたのは感謝するけど……。体も治ったし、僕らはもう出ていくから!」
「なんじゃと!? ここはおじいちゃんの愛情に応えて、ここに留まるのが普通じゃろう!」
「怖いから嫌だよ! それに、しょう……。仲間と逸れたから探しに行かなきゃなんだよ!」
「むう、そうなのか。じゃあ、一週間に一度は顔を見せに来るんじゃぞ」
――スパン短! 行くわけないけど、わかったって言っとこう!
「わかった! 感謝してる、さよなら!」
バエル様を抱っこしてベッドを下り、玄関の前で立ち止まる。そして、片手を頭に手を当て、振り返った。
「勇者の村ってどこですかね……?」
「はぁ、仕方がない孫じゃのう」
◇◆◇◆
ダリルの案内のおかげで、僕達は勇者の村まで一直線で向かう。思っていたよりも近かったらしい。そして、村までの距離で僕ら自身の距離も近くなった。
「やはり。わしはシスターが好きじゃのう。あやつら、必要以上に肌を見せない様にしとるじゃろ? それがたまらなくエロいんじゃ~~♡」
「あ~~、わかる! かなり、わかる! すげぇ、わかる!」
「あの真っ黒な修道服とは対照的に、日焼けを知らない真っ白な肌。そのコントラストがまたいいんじゃ~~♡」
「わかる~~っ! わかりみが深い~~っ! って、……ん? あ、あれは……!? ダリルじい! あれ見て、あれ! あ、あそこに黒のベールに隠された集団がいますっっ!」
「なんじゃとっっ!? 噂をすればなんとやらってやつじゃの!」
只ならぬ黒を纏った集団が目に入り、僕らは目を合わせる。そして、鼻息を荒くし、興奮しながら、彼らにコソコソと近づいていき、衝撃の真実を知った。
「げっ。あれは男!?」
「何じゃ、シスターじゃなかったのか。つまらん」
「なんか、この人達。勇者の村の方角に向かってない?」
「そうじゃのう……」
「怪しいから、このままコッソリ後に続こう……」
僕らは彼らの後ろを、抜き足差し足で付いていった。思った通りその軍団は勇者の村に入っていき、僕達もそれを追いかけ、低木の影に隠れる。
「え、ダリルじい。アレ何? 闇深ローブに刺繍みたいなのがあるよ」
「ん……? あれは……! アインホルン教のマークじゃ……。おかしいのう。何でこんなところに……」
――たしか、勇者もそんな感じの名前だったような……。
「アインホルン教って何?」
「勇者を神格化しているイカレた宗教団体じゃ。まったくぅ。あやつを祀るくらいなら、わしのシャンパン教を作ってほしいわ!」
――イカレた宗教団体!? うっわ、絶対関わりたくない……。てか、地味に自分の宗教も作りたいって言った? この人。
「それはちょっと――。あ、待って! あれ、将冴君じゃん!」
「知り合いなのか?」
「僕の兄……だから……、彼もバエル様の兄弟だね! いや、そんなことより、どうして将冴君がそのアインホルン教の人と話なんか……。聞こえないから、もうちょっと近付こう」
僕らは丁度近くに落ちていた葉が付いた枝を両手に持ち、彼らに近づいていく。八メートルほど近づいたので、十分に彼らの会話を聞き取ることが出来る。
「君がオークを倒したという勇者だな。少し、成長しすぎのようにも見えるが……。まぁ、いいだろう。よくぞ倒した!」
「は、はぁ」
「最近は人員不足で、私達も困っていてな。試しにオークに襲わせ……いや、ゴホン。とりあえず、よくやった。君にはこの勇者の剣を与えよう」
一番偉そうなローブの男から、将冴君がゴテゴテした剣を受取っている。
「これはかの御仁が使用していたという剣のレプリカだ。大切にしなさい」
将冴君は剣を持ち上げ、色々な角度から眺めていた。軽さや手に馴染むかを確認し、鞘に納める。
その姿を見て「うーんうーん」と唸ったダリルじいが、よくわからないと言った風に首を傾げる。
「何じゃ? お前の仲間は勇者なのか? よくわからんのぅ」
「将冴くんは勇者なんかじゃないよ!!」
ガサッ。
ダリルじいの言葉に前のめり気味で反応してしまい、つい僕らの隠れ蓑を揺らしてしまう。その音に気付いたのだろう、マルファスさんがこちらを振り返り、目が合った。そして口元に手を当てて、プルプルしている。
――あ、やだ……。あの人、吹き出しそう……。
僕は必死で「ダメだ!」と首を横に振るが、マルファスさんは「ぶはっ」と吹き出してしまった。何事かと周囲の目が彼に向き、僕達の存在がバレてしまう。
「なんだ! 貴様らは!!」
「ど、どうしよう。ダリルじい! バレちゃったよ!」
僕はダリルじいの肩を掴んで大きく揺らす。彼の首をぶらんぶらんと揺らしている間に、イカれた教徒は僕達を指を刺し、将冴君に命令する。
「勇者よ、その怪しい者達を始末してしまいなさい! それと――」
ローブの男達は建物の陰に隠れるように身を潜めていた子供達をあぶり出し、逃げない様に囲った。
「この村はもう必要ありません。そこのガキも含めて一掃しなさい!」
――え? 僕達はともかく、この村も? 子供達も?
僕がアインホルン教のイカれ具合を認識していると、将冴君は先程手に入れた剣を鞘から取り出す。
「さぁ! 新たなる勇者よ、不要なものを―—」
ブシュッ。
高らかに命令していた司令塔は血飛沫を上げ、将冴くんは振り下ろした剣から血を払う。ピシャリと地面に血が飛び跳ねる。
「何言ってんの? さっきからウザイったらない」
「な……にを……」
司令塔は前のめりに倒れ、力なく蹲っている。微かに動いているので、まだ生きているようだ。将冴くんはローブの男達をどんどん切りつけていく。
「この剣いいな。使いやすいぜ」
殺戮勇者となった将冴くんに対して、ローブの男達は徒党を組む。彼らは詠唱を始め、ものすごく大きなオーク――オークキングを召喚した。
――ええ!? アンタらが魔物召喚するの、なんかおかしくない!? こっちのお株奪われてない!?
バカでかいオークキングに向かって、将冴君が先ほどと同様に切りつけていくが、大して攻撃が効いていないように見える。マルファスさんに応援に向かってもらおうと、視線を彼の方にやると、彼はローブの男達達の詠唱によって動けなくなっていた。
しかし、拘束されているのにも関わらず、彼の表情はこの状況に対してひどく不釣り合いだった。
「和音さん、ぶふっ! そ、それで隠れてた……つもりなんてっぶはっ! あはははっ」
「何でアンタはこの状況で、まだ笑ってんの!?」
笑い茸を食べた疑いがあるほど爆笑するマルファスさんを放置し、僕は将冴君の元に駆け寄る。
「来るな! 和音」
「でも、将冴君!」
「お前は武器を持っていないだろう!」
「……っ」
その通りだ。僕は何も持っていない。素手で戦えるわけでもない。オークキングだってこわい。痛いのも嫌だ。……。だけど、劣勢の将冴君だけを戦わせるなんて、そんなことはできない!
マルファスさんは腹痛(ツボに入っているだけ)のため動けないし、僕は戦力外。ここは―—
「だ、ダリルじい! 僕らを助けて!」
「やれやれ、困った孫じゃて」
いつ指名されるかソワソワしていたダリルじいが、僕の一歩前に出た瞬間――
バコーンッッ!
「じじいいいいいい!」
オークキングの放った剣の一振りで、ダリルじいが後方へぶっ飛んでいく。もう、彼に僕の声が届いているかもわからない。
なんという瞬殺……。やめてよ、おじいちゃんなんだよ!? お年寄りを労われない、弱者を虐げる王様なんて、よくないよ!?
目の前のオークキングに説教したい気持ちはあるが、殺されたくないのでそんなことはしない。しかし、ダリルじいの犠牲のおかげで僕はある可能性に気が付く。
――待てよ……? そういえばこの腕の中にも……?
僕は小さな赤ん坊に希望を託す。
「ば、バエル様! アイツ倒せたり出来ないですか!?」
「ふぇ~?」
くそう! 未だ言葉通じずか! 今は必死に将冴君が足止めしてるけど、あの体格差。絶対にやられてしまう。
こうなったら、マルファスさんしかいない。まだ腹を抱えて笑っているが、頼れるのはこの人しかいない。ったく、いい加減にしろよ、この人!
とりあえず、彼は拘束されてしまっているのだ。それを解くには、ローブの男達達の詠唱を止めるしかない。
僕は彼らに近づき、強いて鍛えてもない体で、情けない声をあげながら右ストレートをお見舞いする。
――おらぁっ。喰らえ! 僕の拳っっ!
「ぐはっ」
思ったよりクリーンヒットし、男はダウンして地面に伏す。
――あれ? もしかして、コイツらそんなに強くない……?
チラリと子供達と目が合う。すごく勇者っぽい見た目だ。彼らはテクテクとこちらに近づいてきた。
「君たちは……?」
「ぼくらは駆け出し勇者でしゅ!」
「ぼくらも、一緒にたたかうでしゅ!」
「よし! じゃあ、このローブの男達を倒すんだ!」
「「「はい!」」」
かわいい小さな生命体が腰にぶら下げていた剣を取り、ローブ男達に向かって切りかかっていく。
「えいやー!」
「やいやい!」
――あ、凄くかわいい……。ずっと見ていたい……。
その行為自体は刃物で他人を傷つけると言う、とてつもなく恐ろしい行為ではあるが、掛け声や姿が可愛くてホッコリしてしまう。
いやしかし、今は彼らに夢中になっている場合ではない。己を律するため、思いきり両手で頬を叩く。隣では恐ろしい戦いが繰り広げられているのだ。気を緩ませている暇はない。
自由になったはずのマルファスさんは、周りとは異なる痛みに震え苦しんでいた。
「ちょっと、いい加減にしてください! マルファスさん!」
「ぶふっ。ちょ、そんな乱暴に! やめてくださいっ……ふふっ」
「早くあのオークキングを倒してください」
肩を震わせながら片手で涙を拭った彼は、目の前の大きな魔物を見て驚きの声をあげる。
「何です? あれ。いつの間に現れたんです?」
「気付いてなかったの!?」
マルファスさんは片手をオークキングに向けて、こともなげに言う。
「あんなの私の魔法ですぐ倒――」
ドンドンドン!!
急にキングオークの頭上に魔法陣が現れ、上から大きな枷が落ちて、首、腹、足と拘束していく。
「大炎祭!」
どこからか聞こえたその声と共に、キングオークが大きな炎に包まれた。
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