第7話 俺は勇者じゃねえ!
一方、和音とはぐれた俺と執事は、なぜか勇者の村で祀り上げられていた。
「将冴さん! 貴方は次の勇者になるべきお方でしゅ!」
「いや、俺は勇者になるつもりは……」
「お連れの方はご家族か何かでしゅか?」
「いいえ、私は――」
「さぁさぁ、こちらへ!」
なぜ、俺らがこんなにも村の住人に歓迎されているかって? それは数時間前のこと。
◇◆◇◆
「おい、執事。和音と魔王はどこだ?」
周りを見渡しても和音と魔王がいない。側にいるのは執事だけだ。
「見つかりませんね……」
「和音の言う通り、早速ミスをかましたってことか」
俺は苛立っていたため、つい思っていたことを口に出してしまう。
「な! 失敬な。僕の転送は完璧でした。しかし、私の魔法は私に歯向かう意思を感じ取ると、その方を弾いてしまう作用があります。つまり、和音さんは私に反抗的だったということです。むむっ。認識を改めなければ……」
「くそぅ! 和音!」
――一刻も早く、和音を見つけなければ……。
焦燥感に駆られながら、自分達とは離れた場所で砂煙が上がっているのに気が付く。執事と目を合わせ、俺たちがそこに向かうと―—
「うわぁぁあ」
「っくう! 誰か、別の勇者を呼んでくだしゃい! お、オークなんて、僕らだけで倒せるわけないでしゅ!!」
「だめでしゅ! ここには駆け出し勇者しかいまちぇん! レベルが一番高いのは僕達でしゅ」
「うわぁぁああああああああああ!!!」
目の前の小勇者達が、彼らの二、三倍程の大きさがある、オークに立ち向かっている。立ち向かっては転がされ、立ち向かっては転がされている。さながら、父と子が戯れているようだ。
「あれは一体なんだ?」
「彼らはおそらく駆け出し勇者でしょう。どうやら、ここが勇者の村みたいですね。しかし――」
執事は顎に手を当て、首を傾げる。
「この辺りにオークは住んでいないはず……。勇者の村では、精々スライム達が襲ってくる程度だと認識していたのですが……」
「ふぅん。まぁ、俺らには関係ないな。早く、和音を探しに行こう」
踵を返した俺に、執事は面食らったように驚いていた。
「貴方、思ったより酷いこと言いますよねえ……。ですが、どうやら私達は目を付けられたようですよ」
背後から聞こえる足音には振り返らず、俺は執事に問う。
「魔物を殺すってのは同族殺しになるのか?」
「え? えぇ、そうですね。えっと、そうではなく。こちらに向かっているのは駆け出し勇者達です」
「は―—?」
マルファスの言葉に、自然と体が振り返る。そして、こちらに向かって走ってくる小勇者達が視界に入った。
「た、たしゅけてええええ!!」
「ぼ、僕達には無理でしゅううう!!」
――何なんだあの顔は……。
情けなく泣きっ面でこちらに近づいてくる姿は、どことなく和音に似ていた。俺はため息をついて、仕方なく剣を取る。
「執事。好きに暴れて問題ないよな?」
「どうぞ、お好きに」
小勇者なんて助ける義理はない。だが、その姿が和音と重なった。ただそれだけだった。
俺は子勇者たちと入れ替わる様に、槍を持つオークに向かっていく。大きな一撃を放つため、疾風のごとく駆け抜け斬り込んだ。
カキーン。
刃が重なり、高音が耳に届く。押されている感触から、力は向こうの方が上だと判断すると同時に、今の衝撃で少し刃こぼれしたのが分かった。ならば――
交わる刃を左に受け流し、体制を崩したオークの背後に滑り込むように周り、足首を斬りつける。足の腱を斬ればオークはガクンと膝を折った。そのままもう一方も切りつけようとすると、目の前で刃が砕ける。
「チッ……」
「ウォオォォオオ!!」
痛みで暴れ狂い、槍を振り回すオークから一旦距離を取る。オークからは決して目を離さずに、手を後ろに回す。
「おい、早く剣を貸せ」
「え? あ、はい」
子勇者から剣を受け取り、感触を確かめる。やたらゴテゴテとした装飾が施された剣だが、軽くて手に馴染みやすい。
再びオークに向かって走り出し、暴れている槍を封じながら、オークの体を少しずつ斬りつけていく。
――いいな、これ!
この剣は自分のために作られたのではないかと錯覚しまうほどに、身体の一部のように同調し、オークの体を斬り崩していく。
オークは敵わないと悟ったのか、傷ついた足で逃走を始める。俺は、足を引きずりながら逃げるオークの背後から心臓を一突きした。
「逃げようとすんなよ、なぁ?」
バタンと音を立てて、オークは地面に伏す。そして、ずっとこちらを見ていた子勇者達が騒ぎ始めた。
「しゅ、しゅごい!!」
「お、オークを倒しちゃった……!」
子勇者達に囲われ、わーいわーいと騒がしい。彼らに剣を返すと、子勇者達に服を掴まれた。
「す、すごいでしゅ! お礼をするでしゅ!」
「お、おい。離せ。そんなものは必要ない。俺は和音を探しに行かないと……」
「まぁまぁ! たしゅけてもらったんで! あ、そこの人も一緒に!」
「おやおや」
服を引っ張られながら、建物の中に連行される。そうして冒頭のように、彼らに持て囃されていたと言うわけだ。
「ゆうしゃさまー!」
「俺は勇者じゃねえ! 勇者はお前らだろうが」
「それは、そうでしゅが、貴方の方が強いでしゅ!」
周りの子勇者も「そーだ! そーだ!」と騒ぎ立てる。
「僕達、実は困ってて……。僕ら戦いは苦手なんでしゅ……」
「じゃあ、何で勇者なんかやってんだよ」
「だっ、だって! この村で生きていくためには、勇者にならないと……っ。僕らが存在する意味がありましぇん!」
目の前の子勇者は目に涙を浮かべ、その涙はユラユラと揺れて今にも落ちそうだ。
この村を潰そうと言い出した俺だが、目の前の子勇者は少し哀れに見える。なけなしの気遣いを使って、子勇者が言った言葉を否定してやった。
「そんなわけないだろ?」
「いいえ! そうなんでしゅ。ここは勇者の村。早く強い勇者を排出しないと……。 しないと……。ううっ、うわーん!」
子勇者が一人泣き出すと、呼応するように皆がわんわんと泣き始める。
「何なんだ、こいつら……」
「さぁ、何だか怯えていらっしゃるみたいですね。しかし、一体何を恐れているんでしょう?」
大きな声で泣き喚いているくせに、俺たちの話をしっかりと聞いていたようで、子勇者は返事をする。
「アインホルン教がぁ! うっうっ。アインホルン教が怖いよー!」
――アインホルン教……?
聞き覚えがない言葉に首を傾げていると、執事が答えてくれた。
「あぁ、伝説の勇者を祀っているタチの悪い宗教です」
「何だそれ?」
「怖いよー! アインホルン教、怖いよー!」
「うるさいな、コイツら……。俺は和音を探さないといけないんだよ!」
子勇者共は俺の服を掴んで離さない。
「あぁ、待ってくだしゃいっ! 明日、せめて明日までいてくだしゃい!」
「なんでだよ!」
彼らを振り払って一応理由を聞くと、子勇者達は下を向きながら、ボソボソと答え始めた。
「アインホル教は一年に一度、この村にやってくるんでしゅ。それが明日なんでしゅ! 去年の勇者は出来損ないだと言われ、今年も弱かったらこの村を一掃して一から作り直すって……! うぇーん!」
再び泣き声が、瞬く間に広がっていく。
「アインホルン教……。悪魔みたいな奴らだな……」
「悪魔よりよっぽど恐ろしいですよ」
「なぁ、執事。和音がどこにいるか分かんねえのか? せめて、危険な目にあっていないっかどうか、知りたいんだけど」
「バエル様の位置ならわかりますが、危険かどうかはちょっと……。まぁ、勇者の村ですし、強い敵はいないはずですよ」
「でも、オークはいたんだろ?」
「……確かに。では使い魔を放ちましょう」
執事は手の上に現れたトカゲに話しかける。
「バエル様を探していただけますか?」
「ギュウギュウ!」
執事の声に応えたトカゲは地を這って外に向かう。それをぼんやりと眺めていると、服を引っ張られる感覚がして、視線を下げる。
「じゃあ、勇者さん達の部屋はこちらでしゅ」
「おい、離せ。うおっ。思ったより力強いな、コイツら」
「強制連行なんですね。まぁ、将冴さんもアインホルン教がどんな方々か知っておいた方がいいと思います。彼らは私たちの事を良く思っていませんから」
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