第5話 しばらく戻ってくんなよ~!



「しばらく戻ってくんなよ~!」


 僕らは今、カツアゲ君に見送られている。彼の言葉を聞いて、なるべく早く戻ろうと

誓い、彼に向けて手を振り返す。


 そう。僕らはこれから人間界に向かうのだ。光を放つ魔法陣の上で、マルファスさんが詠唱を始める。陣は一層輝きを増し、視界全体が光に包まれる。


 僕らは向かう。人間界へ。転送先は――



◆◇◆◇


 

 数時間前、僕達はカツアゲ君の作った料理を前にして、涎を垂らしていた。


「うまいな。それにこの肉の切り口。すげー奇麗だ」

「え? 将冴君。君ってそんな細かいことに気づく繊細な子だっけ……? でも、ほんと普通に美味い! どうして隠してたんだよ!」

「別に隠してない。面倒くさかっただけだ」


 カツアゲ君はフイッと顔を逸らす。少し照れているように見えるのは気のせいだろうか。


 そういえば聞きたいことがあったのだと、僕は口を開く。


「ねぇねぇ。将冴君はバエル様の教育のために、人間界に行こうと言ってたよね? 特に疑問を持たずに賛同して、装備まで準備したけど、具体的には何が教育になるっていうの?」


 すると、口いっぱいに頬張っている将冴君の代わりに、マルファスさんが答えた。


「私達は世界征服を掲げているため、現地の視察では? 私はまず座学からバエル様に教えていましたが、おそらく将冴さんは実技から、と言うことではないかと」

「そうなの? 将冴君」


 将冴君はモグモグしながら頷いている。


――すごいな、マルファスさん。僕には将冴君の考えが分からなかったのに。


「でもさ。人間界といっても、どこに行くの?」

「勇者の村」

「え? なんて?」


 先ほどまでリスのように膨らませていた頬をしぼませた将冴君は、ハッキリと口を開き、繰り返し同じ言葉を口にする。


「勇者の村」

「何で? なんでそんなやばそうな名前のとこに行くの? 将冴君、馬鹿なの?」


 将冴君に一睨みされ、僕は少しビクついた。


「勇者の村は駆け出し勇者がたむろしている場所だと聞いた。そこを潰せば、今後歯向かってくるやつは増えないだろ?」

「こっわ〜〜! 僕、今鳥肌たったよ? やばいよ? ほら見て?」


 さも当然の事と言った風に話す将冴君は、悪魔より悪魔らしい。僕の差し出した腕に興味を示さない将冴君は、再び沈黙のリスに戻っていった。しかし、ウンウンと頷いたマルファスさんが将冴君の代わりに話し始める。


「私もその発想は思いつきませんでした。将冴さんはご慧眼をお持ちですね」

「発想が悪魔のそれだよ。あ、でも、ここ魔界でしたね。僕らダークサイド側でした。忘れてました」


 しかし、勇者の村に向かうとなれば、今の装備は心許ない。だって僕、もっと安全で楽しい場所に行けるかと思ってたもん! 僕用の武器なんか買ってないし、持ってても扱えると思えないし。


 ここはキチンと宣言しておかなければならない。僕は彼らに戦力外報告をする。


「僕は無力だからね? 非力で無価値なデクノボウだからね? 戦闘員として数えないでね?」

「和音は俺が守るから、気にすんな」


 いつの間にか、一人食べ終えた将冴君が胸に手を当て、僕の騎士になると宣言する。


「うっわ~~~、カッコいい~~っっ! さっきのヤバめな発言がぶっ飛ぶほどに、かっこいいよ! 将冴君!」

「それに、和音が戦えなくても問題ない。そこの執事、かなり強いぞ」

「それほどでも。将冴さんは人間であるにも関わらず、悪魔と対峙して倒していたじゃないですか。ご立派です」


 コレはきっと、僕とカツアゲ君がゴキブリ顔負けのひっくり返りを披露していた時のことだろう。


――何だよ。褒め合っちゃって……。ぼ、僕達だって……!


「カツアゲ君、この唐揚げとってもおいしいよ! 頬っぺた落ちちゃいそうだよ」

「そうか」

「……」


 隣に視線をやると、まだ将冴君とマルファスさんが互いを褒め合っていた。


 こんな互いを称え合うようなやりとりがあっていいのだろうか。いやない。僕らは足を引っ張り合うのが定石。僕らは悪いことしてなんぼ。恐れられてなんぼなんだよ! それなのに、何をしているんだね、君達は。


 僕はこの看過することが出来ない状況に、二本の太めの釘を刺す。


「なんか~~、さっきから二人とも互いの事を褒め合ってるけどさ~~。将冴君は少し物理攻撃が強いだけじゃん?? 僕とそんなに身長変わらないんだから、ナイフを弾かれたり、ましてや魔法使われたら何もできないじゃん~~」

「……」


 カツアゲ君が少し気まずそうに、僕に「お、おい……」と言って制止するが、僕の達者なお口は止まらない。


「マルファスさんはちょっと抜けてるところあるし~~、いつか大ポカやらかしそう。困るわ~~。見た目怖いくせに、もしかして天然要素を取り入れて可愛い属性まで付けようとしてる?? その強欲さは流石悪魔だと思うけど、それって悪魔としてどうなの?? 舐めプで挑まれていいんですかぁ??」

「……」


 そう。こういったやり取りが好ましいはず。僕らは足を引っ張り合うべき悪役なのだから。しかし――

 

 僕はあれから、二人に無視されている。


 気まずい状態のまま、人間界に向かうことになった僕達。カツアゲ君に手を振りながら、僕は努めて明るく振舞うが、二人は僕と目を合わせてくれない。


 幸か不幸か、転送された先――勇者の村の近くでは、僕とバエル様、将吾くんとマルファスさんの組み合わせで、別々の場所に転生されてしまった。




◆◇◆◇




――ど、ど、ど、どうしよう……!


 僕の唯一の騎士である将冴君とマルファスさんは行方不明。それに、僕の眼前には舗装されていない道が長く続いており、どう見ても村が近くにあるとは思えない。こちらは非力な僕と赤ちゃん魔王。


――も、もし、敵があらわれたりなんかしたら……。


 僕は一刻も早く、身を隠そうと周囲を見渡す。すると、背後から足音が聞こえ、ゆっくりと振り返る。


「おい! こんなところにガキを連れたあんちゃんがいるぜ!」

「ひゃっはー! 丁度憂さ晴らししたかったんだ! やっちまえ、兄貴!」


――あれ。ここ人間界だよね? なんでこんなに治安が悪いの? 何? 世紀末なの?


「オラ兄ちゃん、大人しく殴られとけやっっ!」

「ちょ。痛いのは勘弁!」


 思ったよりゆるゆるな拳の挨拶に、僕自身予想外にもその拳を避ける。そして、あたりもしない攻撃を仕掛けてくるチンピラ相手に、僕はつい調子に乗ってしまった。


「なんだよ、その程度かよ! びびらせんなし! ざーこっ! ざーこっ!」

「くっそう!」


 ヒラリ、ヒラリと拳のラッシュを避けていく。ここで、一つ言わせてもらう。実は、僕が受けている攻撃はラッシュと呼べる速さではない。しかし、そう言った方がまるで僕が出来るやつみたいに聞こえるから訂正はしない。僕は繰り出される拳のラッシュを華麗によけ――


 カスッ。


 完全に調子に乗っていた僕はつい油断して、突き出された拳をよけきれず、掠ってしまう。そう、掠っただけにもかかわらず、体が宙に浮いて五メートルほど先の木にぶつかり、背中を大きく打つ。


「ぐはっ!……。な、ん……で……」

「へっへ! うちの兄貴はノロノロ拳の使い手だい! しょぼそうに見えるけど、当たれば凄い衝撃だろ!」


 後ろで僕達を見ていた弟が「やったぜ!」と拳を天に掲げて、飛び跳ねている。


「やったね兄貴! 初めて人に当たったね! 当たることもあるんだね!」

「そうだな弟よ。一度当たったから、あんちゃんの動きはさらに鈍るはず。次は一発で当ててやる! よぅし、兄の勇姿をよく見ておけよ」

「うん! 兄貴のかっこいいとこ、もっと見せて!」


 兄弟仲が良いのは大変よろしいが、やっていることはとても褒められたものじゃない。


 バエル様をそっと地面に置き、自分の中で鮮明に残っている兄の姿を思い出す。今のバエル様は、僕の弟のような存在。僕が信じる兄の姿をバエル様にも、この兄弟にも見せてやらねばならない。


――僕が兄とはどんなものかを教えてやる……っ!


 僕は彼らに向かって走り出した。





◆◇◆◇





「おらあっ! はぁはぁ……」

「ぶはっ……」

「ただのサンドバッグかよ、おめぇはよっ! おらっ」

「ぐはっ……」


 全身が痛い。口の中が血の味でいっぱいだ。殴られたせいで顔が腫れて、視界が狭くなっている。それでも、倒れるわけにはいかなかった。背後に弟を残したまま、倒れることは許されない。僕の矜持が許さない。


「何なんだよコイツ……っ! もう立てなくなるくらい、ボコボコのボコにしてるのに、なんで立ち向かってくるんだよ!」


――暴力は嫌いだ。痛いのはもっと嫌い。


「あ、兄貴ぃ。なんか、コイツやばい目してるよぉっ! 早くきめちゃってよ!」

「お、おう! コレで最後だ!」


 襲い来るノロノロ拳を避けることもできないほど、立つだけで精一杯だった身体に、大砲が打たれる。


 グキッ。


「ぐはっ……」


 骨を折ったことなどない。しかし、鈍い音と痛みから折れたのだとわかる。鋭い痛みに耐え切れず、膝が自然と折れて正面にドサリと倒れる。


 意識が朦朧とし、ぼやけた世界で、僕を殴りつけた彼らの後ろ姿が見える。


――あぁ、よかった……。


 安心した僕の元へ、身体に巻いている布全体を汚して、這ってきたバエル様が僕を見つめている。


「あ、……兄貴は、敵に、背中を向けないんだぜ……?」

「あぅう?」

「ははっ……、かっこいいだろ?」


 言葉がわかるわけでもないのに、痛みで息をするのでやっとなのに、僕はバエル様に微笑みかける。


 そう、これが僕の知る兄の姿。バエル様を弟のような存在だと思い始めた僕が、彼に見せたかった姿。


 この状況に満足している僕の視界が、どんどんと暗くなっていく。完全に閉じる前に、年老いた男の声が聞こえた。


「えらいボロボロじゃのう……。野党にでも襲われたか。おや? 赤ん坊までおる」


 老人の手がバエル様に触れそうになり、僕はバエル様に向かって必死に手を伸ばす。しかし、その手が届くことは無く、首元に強い衝撃を受けて、僕の瞼は完全に閉じた。





◆◇◆◇





――あぁ、またこの夢か。


 理不尽な罵声に暴力。


「おい、瀬戸崎! お前の弟を預かった。助けたきゃ、〇〇病院の近くにある廃墟に一人で来い!」


 来るはずない。あんなにひどいことを言ったんだから。そう、来るはずがなかったんだ……。だけど……、将冴君は――



「和音!!」



 壊れかけていた扉を蹴破り、役目を終えた板は地面に大きな音を立て地面に伏す。その板を蹴破った勇ましい姿の青年は、僕が来るはずがないと信じていた将冴君。


「やっと来たかあ、瀬戸崎ぃっ!」


 ナイフを持った不良が、人質である僕に向かってその切っ先を向けようとした時――


「おまえぇえええ!」


 こちらに向かい走り出した将冴君が、ナイフを持った男に殴りかかる。そして、僕に背を向け、こう言うのだ。


「こっから先はいかせねぇ! 俺に倒されろ、クソ野郎ども!」


 傷だらけの将冴君。だけど、決してその背中が見えなくなることはなく、僕に語りけていた。


 『絶対にお前を守る』と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る