第4話 魔女の騎士

 森を抜けるとそこには一面の麦畑が広がっていた。

 初夏の風が麦の葉を揺らし、陽光でキラキラと光っていた。


 木の柵で囲われたその麦畑沿いの道を伊蔵とフィアは町へと向かい歩いていた。

 フィアは伊蔵を先導する様に、時たま駆け出し振り返りつつ歩く。


「前を見て歩かぬと足を取られ転ぶぞ」

「もう、子供扱いしないで下さい。転んだりしませんよーだ」


 そう言って伊蔵いぞうを見ながら歩いていたフィアが足元に石に踵を取られた。


「わわっ!?」


 そのまま後ろに倒れそうになったフィアを、ゴツゴツした手が抱き止める。

 十歩ほど離れていた筈だが、伊蔵は一瞬で距離を詰め彼女が転ぶのを防いでいた。

 フィアを抱き起し立たせると苦笑しながら言う。


「だから言ったであろう?」

「はい……すいません」

「守るとは言うたが、お主も出来る限り自身でその身は守れ」

「あう……わかりました」


 少しシュンとしたフィアの頭を、伊蔵はローブの上から撫でた。


「……だから子供扱いしないで下さいよ」

「しかし、フィア殿は子供であろう?」

「……伊蔵さん、今お幾つですか?」


「年か? 二十と七つじゃが?」

「私はもうすぐ三十歳です。私の方が三つお姉さんですね!」

「フッ、何を言うかと思えば……そんな訳があるまい」


 口の端を持ち上げた伊蔵を見上げ、フィアは腰に手を当て言う。


「伊蔵さん、私は魔女ですよ。普通の人とは成長の速度が違います」

「……では誠に儂より年上じゃと?」

「フフンッ、そうです!」


 得意げに胸を張ったフィアだったが、その仕草はやはり子供にしか見えなかった。


「ふむ、ではそういう事にしておこう」

「あっ、信じてませんね!?」

「信じておる。信じておるからちゃんと前を見て歩け」

「ぶー」


 笑みを浮かべ注意を促した伊蔵にフィアは頬を膨らませた。

 やはり子供にしか見えない。


「そんなにむくれるな。それより町はまだ遠いのか?」

「いえ、あの丘を超えれば……」


 フィアが指さした先、丘の向こうの空に黒い煙が上がっている。

 その煙は伊蔵の記憶を刺激した。


「町が……燃えておるのか?」

「伊蔵さん?」

「フィア殿……お主はここで待っておれ」

「えっ?」


 伊蔵は背負っていた荷をフィアの傍らに降ろすと、丘の向こう、町だというその場所を目指し駆け出した。


「はっ、早い!?」


 一瞬で丘の向こうに消えた伊蔵にフィアは思わず声を上げる。

 丘の上まで二百メートル以上、その距離を伊蔵は二十秒程で移動した。

 信じられない速さだ。


「…………あっ!? 伊蔵さぁん!! 置いて行かないで下さいよぉ!!!」


 一人残されたフィアは薬の入った箱と丘を交互に見ながら苦情の叫びを上げた。



 ■◇■◇■◇■



 丘を越えた伊蔵の目に町の姿が映る。

 石と木で作られた建物が立ち並ぶ、小規模な町だった。

 煙が上がっているのは町の中心、通り沿いにある一軒のみの様だ。

 その周囲では住人と思われる人々が遠巻きに燃えた家を見つめている。


「火事では無いのか……民は何を……?」


 住民の様子を奇異に感じながら伊蔵は足を速めた。


 程なく現場に辿り着いた伊蔵の耳に耳障りの悪い声が聞こえて来る。


「お前の店に薬を卸してる親子は何処だって聞いてんだ!! 次は店じゃ無くてガキを焼くぞ!!」


 黒く焼け焦げた建物の前で、赤と白の甲殻に覆われた四肢を持つ炎の様な赤い髪の巨人が、中年の男の胸倉をつかみ恫喝していた。

 巨人の大きさは掴まれた男が子供に見える程だ。

 その周囲では男の妻と思われる女性が項垂れ、その後ろで二人の男の子が大声で泣いている。


「わっ、分からないんです!! 本当です!! 信じて下さい!!」

「ああ!? バーダがいなくなってもう一週間だ!! その間、ここら辺の町や村は全部回った!! 残ってんのはここだけなんだよ!!」

「たっ、確かに薬を売りに来る親子はいます! でもあの二人は時々ふらりと現れて薬を卸すだけで……」

「……分かった。まずは小さい方からだな」


 巨人の殻に覆われた手が男の息子と思しき少年に向けられる。


「やっ、止めて下さい!! ほんとうに知らないんです!!」

「取引相手も確認しねぇお前自身を恨むんだな」


 巨人が何やら呟くと突き出された左手の先に渦巻く炎が出現する。。

 炎の光に照らされて巨人の顔が残虐な笑みを浮かべた。


「あ?」


 その一瞬後、炎は消え、巨人の顔は疑問に変わった。


 見ればいつの間にか巨人の傍らにいた黒髪の男が、手にした剣を天に向かい振り上げていた。

 黒髪の男が巨人から間合いを取ると、一拍おいて突き出した巨人の腕は肘の先、その中程からが地面にズルリと落ちる。

 と同時に断ち切られたその断面から勢いよく青黒い血がほとばしった。


「グァアアアア!!!」

「はう……」

「母ちゃん!? かあちゃん……うええええ」


 思い切り血を被った男の妻は気を失い。

 それを見た二人の子は彼女にしがみ付き、更に大きく泣き声を上げた。


「ぐうう……テメェ……俺が騎士だって分かっての事だろうな?」

「騎士……お主が貴族の戦士じゃと? フンッ、聞いて呆れるわ。民を虐げる者が貴族を名乗るなど片腹痛い!」


 黒髪の男の声には明らかな怒りが滲んでいた。

 巨人も怒りに顔を歪めると掴んでいた男を放り投げる。


「グッ!?」

「とっ、とうちゃん!?」


 投げ出され焼け残った建物の壁に激突した男を見て、少年の一人が駆け寄った。


「そこな子供、父親を連れて後ろに下がれ!」

「えっ!? う、うん!」


 少年は父親を抱え、家族の下へ急いだ。

 それを無視して巨人は足元に落ちた自分の腕を拾い上げると、断ち切られた断面に押し付ける。

 すると切断面がにわかに泡立ち数秒で継ぎ目さえ見えなくなった。


「ほう……便利な体じゃ。そういえばあの女も首が離れても口を利いたのう」

「あの女……まさかテメェがバーダをやったのか?」

「バーダ……確かそんな名であったな」

「そうか、テメェが……」


 巨人は繋がった左手を確かめると、黒髪の男を睨みつけた。


「丁度いい、この国で貴族に逆らうとどうなるか教えてやるぜ!!」


 騎士だという赤い髪の巨人は何か呟き黒髪の男に向けて右手を突き出す。

 その右手の先には先ほどよりも大きな塊が紅蓮の炎を上げていた。


「それが魔法か……いかほどの物か試してやろうぞ」


 黒髪の男、佐々木伊蔵ささきいぞうはそう言うと腰を落とし切っ先を巨人に向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る