第3話 国の歴史は戦の歴史
あれから伊蔵はフィアの家だという森が開けた場所に建てられた木造の建物で暮らしている。
建物には伊蔵が寝ている部屋の他、フィアの個室と居間と台所を兼ねた部屋、それに作業部屋兼書庫がある。
残念ながら風呂は無かったが、井戸があったので体を拭く事は出来た。
この一週間、フィアが食事に付けていた妙な味のする薬のおかげか胸の傷も癒え体の調子は完全に戻っていた。
魔女の襲撃を伊蔵は恐れたが、フィアが言うには人除けの結界がある為、そう簡単には見つからないらしい。
そしてその一週間の間でフィアの事情やこの国で何が起きているのか分かってきた。
事の始まりは数百年前。
一人の女が力を求めた事から始まった。
その頃、現在ルマーダと呼ばれる土地は小国が生まれては消える戦乱の地であった。
そんな小国の一つ現在のルマーダの前身に当たる国でその女は生まれたらしい。
女は民が死に血族が戦によって散っていく世を憂い、魔と交わる事を選んだ。
力を得た女はその力を以って国を平定、国の名を交わった魔の名を取ってルマーダと変えた。
女は王となり善政を布き、国は大いに栄えた。
五十年程、平和な時は続いたそうだ。
しかし彼女の子らは女とは違い残忍で狡猾な者達だった。
王子と王女は結託し女王となった女を殺害、その後、民は彼らに生贄として殺され、魔と交わった者の手で国は大いに乱れた。
そして一部の貴族が首魁である女王の子らを排する為、天使と呼ばれる者を呼出し契約を交わす。
だが神の御使いかと思われた天使も結局人を救う者では無かった。
天使はそのいただきである神なる者を至上とし、それを地上に顕現させる事しか考えてはいなかった。
彼らの言う神は人を下僕とし自身が定めたヒエラルキーの下、この国を支配しようとしていた。
当然そのしもべである天使と契約した者もそれに習い、民を奴隷の様に扱った。
それ以来、国は二つに割れ、悪魔側の黒き魔女と天使側の白き魔女に分かれ現在も戦いを続けているらしい。
ただ、皮肉にもその戦いのおかげで民である人間達の被害は減った。
今は国を東西に分け、東が白、西が黒という形で争っているそうだ。
「伊蔵さん、どうしたんです? ぼーっとして」
声を掛けられた伊蔵は、振り下ろしたままだった斧を薪割り台から引き抜いた。
「なんでもない」
「そうですか?えっと、朝ごはん出来ましたよ」
「さようか。かたじけない」
伊蔵は斧を薪割り台に立て掛け、ヒョコヒョコと前を歩くフィアの後を追い、その頭に目をやった。
あらわになった髪の間から小さな白い角が覗いていた。
声を掛けてきた少女、フィアも魔女だと言うが、彼女は“はぐれ”と呼ばれる黒にも白にも属さない魔女らしい。
聞けば母親も“はぐれ”だったそうだ。
フィアの母は人と夫婦となりフィアを生んだ。
父親は随分前に亡くなったそうだが、残された母親とフィアは国境近くのこの森で、親子二人、近隣の住民と交流しながら静かに暮らしていた。
そこにあのバーダという異形の魔女がやって来たそうだ。
バーダは協力しようとしないフィアの母を彼女の目の前で殺し、フィアを無理矢理連れ去ろうとした。
そこに伊蔵が乱入したという訳だ。
余談だが伊蔵が目覚めた時見た屋根の穴もバーダが開けたものだった。
その屋根の穴は伊蔵の手によって不格好ながら塞がっている。
台所の椅子に座った伊蔵の前にエプロンを着けたフィアが背伸びして皿を並べている。
その皿に盛られた料理を見て伊蔵はげんなりと顔を歪めた。
「今日はお芋とキノコのスープです」
「フィア殿、こんな事は言いたくはないが今日はではなく、今日もではないか?……儂はここ三日、コレしか食っておらぬ」
「仕方が無いのです。食材がお芋と森で採れるキノコしかないのです」
「買いに行けばよいではないか?」
「でも町に行ったら魔女に……」
「ふむ、しかしこのまま芋とキノコばかりというのもな……」
フィアは伊蔵の言葉で視線を天井に向けた。
何やら考えているらしい。
「……そうですね。使い魔である伊蔵さんの栄養状態も主である私の責任です。今日は町に薬を売りに行きましょう」
「薬……フィア殿は薬師であったのか? ではあの薬も……」
「はい、私の家は祖母の代から魔法の薬を売って暮らしています。私もお母さんに仕込まれて……」
お母さんという言葉が引き金になり、フィアの瞳に涙が溢れる。
明るく振舞っていたが、家族であった母を失い悲しくない筈が無い。
伊蔵は席を立ち、うつむいたフィアの前にしゃがむと頭を撫でた。
「フィア殿……儂はお主の母の代わりは出来ぬ。じゃがお主を守ると誓おう……どうせ離れられぬしな」
「……一言よけいです……グスッ……でもありがとう」
フィアはニヤリと笑った伊蔵の顔を見て泣きながら微笑みを見せた。
「さぁ、涙を拭いて飯を食おうぞ……正直、芋は飽きたがな」
「えへへっ……だから一言よけいです」
伊蔵に言葉で涙を拭いたフィアは文句を言いつつ笑顔になった。
■◇■◇■◇■
食事を終えた二人はフィアが言った様に町へ向かう事にした。
伊蔵は装備を整え、背中に薬の入った箱を背負う。
バーダという魔女に貫かれた為、黒い皮鎧には胸と背中に穴が二つ空いていた。
着ていないよりはマシだが、これも早急に修理しなければならないだろう。
そんな事を考えていた伊蔵の横を抜け、フィアは家から離れ一本の森の木に歩み寄った。
木の根元には土が盛られ、その前に花が置かれている。
彼女はその前に跪くと両手を組んで祈りを捧げた。
「フィア殿、これは?」
「お母さんのお墓です」
「御母堂の……儂も参ってよいか?」
「……はい」
伊蔵はフィアの隣にしゃがむと両手を合わせた。
「御母堂、フィア殿には大変世話になっておる。お子は儂が守るゆえ安心して眠られよ」
「伊蔵さん……」
伊蔵を見て少し目を潤ませたフィアを見て、彼は立ち上がると右手を差し出した。
「では町へ向かうとしようぞ」
「はい!」
伊蔵の手を取り立ち上がったフィアは、墓をみて頷くと伊蔵の手を引き町へ向かって駆けだした。
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