キュアノエイデス防衛戦 08
デラルス大森林東域を統べる者、カイゼルオークが座す大集落が、炎燼の剣によって壊滅させられたかもしれない――その光景は、シンとルストがこの地にやってきた目的及び目標を複雑なものにへと転じさせる。
ルスト=ヴァルフリード辺境伯が、ドグル大平原より失踪してから、6日後。
どれだけ遠回りしようとも、3日もあれば到着しているはずのキュアノエイデスにはおらず、シンとルストが、デラルス大森林東域にいる理由。
それは、今回の戦いにおける憂慮している事柄のいくつかを、今後の異世界生活の為に好ましい方向に持っていくという、シンの目的と目標を達する為の行動方針にも重なる――ルスト=ヴァルフリード辺境伯の身柄を確保することも、その一環。
ドグル大平原とキュアノエイデスへの両面侵攻の可能性があるカイゼルオーク軍への牽制及び雑兵の掃討――後方から奇襲をかけることで、軍の出足を鈍らせつつ、手勢をすり減らす。
これが、シンが今この時、カイゼルオークの大集落を訪れた理由である。
だが、当のカイゼルオーク軍は不在であり、ものの見事に空振りに終わった、などと、そんな気楽な考えに至ることはないシンとルストは、互いに同じことを考えていた。
――イロージョン。
それは、両者が脳裏に浮かべていた言葉であり、狂気に染められし者らによる侵略行為を指す言葉。
即ち、デラルス大森林東域の生物らによる、慈悲なき侵略が発生している可能性が極めて高いことを、滅んだ集落の姿を捉えたそのタイミングに、シンとルストの両名は、殆ど差異なく揃って想起したのである。
では、何故その思考に至ったのか。
シンがルストを連れて、ドグル大平原を出立してからの6日間、その足取りに答えがある――
まず初めに、ドグル大平原最北にしてデラルス大森林最東を、シン達は目指した。
そこには、デラルス大森林東域の魔物達、その侵攻を防ぐことを使命とする、ウィロウ公爵領直轄の大砦が建てられており、そこをスタート地点と定めたからだ。
さて、野にて生を営む魔物には、文明を築く知性は乏しいかもしれない。だが、生存する為の知性と本能に限れば、野生に殉じている魔物のそれこそが最上。
そして、野生の
それはつまり、大砦や防壁の周囲に潜み暮らす魔物など、ほぼ皆無であることを意味する。
そのことを理解しているからこそ、シンは到着するや否や、隠蔽を駆使して大砦を通過し、デラルス大森林東域へ侵入。大砦の索敵範囲外へと歩を進めたのち、魔物達の痕跡を探し始めた。
シンとルストは、東から西に向かってしらみ潰しに索敵――パッシブとしての
その結果として、カイゼルオーク軍の主力であるハイオークらを含めた魔物達の掃討をする
そこには、想定外があった。
予想していた魔物との遭遇戦はほとんど行なわれず、時折出会った魔物も狂乱状態――天敵や強敵と遭遇し、生存本能が優位になったことで起こる、ある種の興奮状態だったこともあり、東域では、既に何かよからぬことが起きているのだと、シンとルストは推察。
その後、カイゼルオークの大集落にて、炎燼の剣の仕業と思しき破壊の傷痕を発見し、今に至る――
「……シン殿、これはもしや――」
「ですね……ここに来たのは多分、行方不明の筈の、炎燼の剣。それに加えて、これだけボロボロなのに――」
完全に崩壊しているカイゼルオークの大集落、そこに無くてはならぬモノが見当たらない、あっておかしくないモノが何一つ見当たらない事実。
その事実こそが、ある存在による関与の証明に足ることを、シンとルスト、双方が理解していた。
「――オークの死体がひとつも見当たらないとなると……間違いなく、あのクソガキの仕業でしょうね」
「ふむ……教えてもらった特徴に、確かに一致しているな……この光景が、節制の祝福を受けた者らの末路ということか……」
白の
――節制のカルス。
使徒には、常軌を逸した戦闘能力の他に、冠する名に則った特殊な力が備わっている。シンが討った希望のフェルメイユもそれは同様である。
そして、カイゼルオークの大集落を襲ったある種の悲劇は、節制のカルスこそが原因であると、シンは断定していた。
曰く、もったいないショタ。
これは、Antipathy Brave Chronicle の女性プレイヤーからの、節制のカルスへの寸評である。
線が細い美少年の無邪気な笑顔には喝采を送るものの、その笑みの理由があまりにもアレすぎて、一部の女性プレイヤーに地団駄を踏ませたことでも有名な、あまりにもったいない言動こそが、節制のカルス、最大の特徴。
ありとあらゆる動物の死体――
節制が造りし形代、その醜悪な容れ物は、世界への在り方を踏まえ、このように分類される。
――ノーライフ、と。
実務を兼ねた趣味として遊ぶように死体をいじり、それに影響された言動が色々と厄介な、白銀髪の美少年。
それが、節制のカルスである。
「ふむ……そうなると、今、カイゼルオーク軍を率いるのは、白の救世主ということか……」
「その可能性は高いですね――」
(――コレがなければね)
ルストからの言葉に頷くように口を開いたシン、その視線が向かうのは、巨大なクレーター。
(……軍を率いるだけなら、ノーライフ化したカイゼルオークをクソガキが操った方が手っ取り早い、んだけど……ここまでする必要、あるかねぇ……んー…………もし、ここまでしなきゃいけなかった理由があるとしたら――)
シンの疑問は、カイゼルオークという魔物を手中に納めるだけならば、節制のカルスだけで事足りた――その一点に集約する。
デラルス大森林という魔素の濃い地域で生活したことで、特殊な成長をしていたとしても、せいぜい
近接戦闘能力ならば希望のフェルメイユに劣るものの、魔導戦闘を得手とする節制のカルスもまた強者の類いであると同時に、全ての魔物の天敵――
少し強いだけの魔物であるカイゼルオークに魔素喰いの知識は存在せず、それ故に、節制のカルスが負ける道理は無い。
だが実際は、集落の中央にクレーターが生まれており、そこから推察するに、
それが意味する可能性、その危険性の高い現象のことを、アンブレプレイヤーであるシンだからこそ、思わず想起してしまう。
「――急ぎましょう」
「うむ……」
(魔物が追い込まれることで起きる特殊な現象……もし、アンブレだけじゃなくて、ここでもそれが起きる、いや、
シンの脳裏に浮かぶ可能性、もし、それが的中していた場合、イロージョンの脅威に
そして、自身の運が――良くも悪くも――強いことをシンは理解しており、判断に迷う展開になった時ほど、十中八九、悪い方にへと傾くことを、身を以て知っている。
(ヴェントのアレは、メルベス用に温存して……辺境伯のヴァルブラストは人型特化っぽいから、勇者狩りを任せたいんだよなぁ……あとは、向こうにどんだけ戦力がいるか、だな……それにしても――)
それは世界が、世界を生きる者ら全てに備わらせた機能、その1つ。
死の淵に追い込まれた魂魄が、急激な負荷を克服しようと活性化し、閾値として設定された境界線を――限界を超えた時に起こる、種族進化にも似た、異なる存在にへと到るための変化。
(――前哨戦に、カイゼルオークの変異種だろ。で、下手すりゃ節制のクソガキとクソったれなお友達に、
――種族変異。
世界の理から無理矢理ズラされ、悪と見做されることを強いられていることすら知らぬ魔物達、そんな不遇を歩みし者らにとっての
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