キュアノエイデス防衛戦 07

 



 予想する、もしくは、想定する。

 それは、先の行動に計画性を持たせることを常とする者であれば、意識せずとも自然に行なわれる基本的な思考パターン。

 それは、どのような世界においても、大なり小なり知恵ある者ならば、当然とも呼んでもおかしくない、半ば常套的な知的行動。

 それが成立することに、老若も男女も種族も関係なく。


 故に、知的行動こそを本分とすべく、永く険しい道を歩み出したその場の全員が、このようなことを思っていた、いや、思わされていた。


 ――ど……どうなってんの、これ?


 彼ら彼女らの目の前で起きたことは予想外の結果であり、間違えようもない想定外、ある意味では偶発的な、しかし、どうしようもないほどに必然だったとしか応えようのない出来事。


 とある黒髪の少年曰く、集合魔法。


 その少年は、集合魔法とはどのようなものなのかと問われ、このように答えた――魔点とか下級魔法で発動できる殲滅魔術の下位互換、かな。そこそこ威力はあるだろうけど、そこまで期待しないように。バラバラに撃つよりはマシ、そんな風に思えばいいよ――である。

 だが実際は、その魔法技術によって生まれた、規格外に過ぎる威力の、殲滅魔術すら凌駕するほどの魔法が――やや遠い場所に見えていた筈のゴブリンの軍勢がいなくなってしまった――その光景を生み出したのだ。

 それを成してしまった彼ら彼女らは、揃いも揃って驚きの表情を浮かべ、ただ呆然と佇むしかなかった。


「あ、はは、は……」


(ちょ、ちょっと待って……ここまでスゴイ魔法だなんて、これっっっっぽっちも、聞いてないんだけどっ!?)


 つまり、指揮を任されたレベッカを含めた傭兵見習い達が放った集合魔法は、当事者ですらひどく困惑させてしまう、とんでもない一撃だったということである。




 元凶は勿論、あの黒髪の少年――










「――いっきしっ!? ぶぇぇ……」

「ふむ……冬季も近づきつつあり、日差しも届かぬこのような場ともなると、やはり冷えるな」

「ですね……ヴェントは平気か?」

「うん! シンの身体、あったかいもーん!」

「そりゃよかった……ま、それはそれとして――」

「些か拍子抜けだな、シン殿」

「そうなんですよね……」


(んー……ガルディアナ戦記と共通してることも、多いは多いんだけど……ここの状況結構違うみたいだな――)


 鬱蒼うっそうとした森の中、隠すように敷いてある獣道を、適宜てきぎひらきながら進むは、黒髪の少年――シンと、質の良さを窺わせる装いの男性――ルスト=ヴァルフリード辺境伯。

 シンの首元には、一見すると黒いマフラーのような――根源龍が一、黒曜龍ジ・アートルムゼルメルヴェントの姿。シンの右肩に頭部を出し、外套のフードの中に身体を納め、首元には尻尾を絡ませ、とても気持ちよさそうに微睡まどろんでおり、時折モゾモゾと身をよじっていた。


 銅等級傭兵の黒髪美少年 with 黒曜龍と、ランベルジュ皇国きっての貴族にして英傑という、なんとも奇妙な組み合わせの彼らが進むのは――


「ドグル大平原に、余計な横槍が入る心配が無いことは、間違いなく朗報なのだが……」

「それは確かに……ただ、そうなると、ここの奴らは、揃いも揃って何処に行ったのか……順当なのは――」

「おそらくは、キュアノエイデスだろうな」

「そうなんですよねぇ……」

「うむ……レイヴン殿が指揮するキュアノエイデスであれば、余程のことがなければ、と……奴らのことを何も知らなければ、そのようなことを口にしてしまうのだろうが……やはり、白の救世主メサイアの動向が気がかりなのかね?」

「そんなところですね。それに、アードニードの奴らも来てますし――」


(そうなんだ……俺の知る限り、アードニード公国の奴らは、このタイミングでは仕掛けてこない。ナヴァルの第二王子の援護として、勇者たちを派遣して帯同させるだけで、この時期に、こんな大々的に動いてないんだよなぁ……しかも、あのメルベスまで来てるとか……ホント――)


 ――あんなデカブツ引っ張ってくるなんて、頭おかしいんじゃねぇのか?


 シンの知るガルディアナ戦記とは、大いなる魔の意思アナスタシアと、彼女の後輩である赤髪の鍛冶師エル、彼女ら2人が Antipathy Brave Chronicle に介入した時点までに描かれた――その時点では間違いなく最新の――少し前に改稿された、かつてのガルディアナ戦記。

 ガルディアナ戦記に限った話ではないが、ありとあらゆる世界に、明確な始まりが存在する時点で、以降に紡がれる歴史とは事実上、無限に存在し、偶然必然に関係なく、数多の世界線が生成され続ける。


 ほんの僅かな誇張も無く、世界線は、無数に存在しているということだ。


 そして、その中から、気に入った世界線を傍観者が掬い、同時に、特別扱いするほど気に入ったからこそ、辿り着いた結末に納得がいかない者が現れ、変化を願う者が現れる。

 傍観者といえど、万能でも全能でもない。

 そのことを理解しているからこそ、それが可能な者に対して、多くの者が畏敬の念を抱く。

 傍観者の中にあって尚、特別な者。


 改稿者アドバイザー、及び、校正者リライター


 大いなる魔の意思アナスタシアは、改稿者でありながら校正者でもあるという、傍観者の中でも特別な立ち位置に就く者であり、だからこそ強い支持を受ける一方、激しすぎる敵意をも招く、そんな存在である。

 さて、いずれかの傍観者が掬い拾われた世界線は、その殆どが改稿者の元へと持ち込まれ、改稿される。

 納得いくまで、何度も、何度も。

 そうした中で生まれ直した新たな世界線は、他の傍観者からも観測され、評価が低ければ廃棄、評価の高いものは然るべき名が与えられ、世界に名を刻む。


 シンが知る、ガルディアナ戦記のように。


 幾度も改稿されることで発生する、新たな世界線。その中でも、特に大きな変化や特殊な事象が起きた場合、名とは別に、特別な番号を与えられる。

 かつて確かに存在していた歴史などとも形容される、多くの傍観者から支持を得た、特別な世界線。


 例えばそれは、ガルディアナ戦記稿――七番目とも呼称される、ユグドレアという世界を始点とし、ガルディアナ大陸を舞台として生まれた世界線の1つを指し、それこそが、シンの知るガルディアナ戦記


 赤髪の鍛冶師エルによって伝えられたガルディアナ大陸存亡の歴史――第七稿と呼ばれる歴史が世界に名を刻むまでに、全ての世界線――第一稿から第六稿までの歴史をも含めた、ありとあらゆる事象、世界の記録にして記憶。

 それらは、好ましい形にへと編纂へんさんされ、ゲーム内イベントという形で Antipathy Brave Chronicle に反映されており、シンは、それらのイベント全てを攻略済みである。


 そして今現在、シンがいる世界線へと、シンの記憶領域という名のストレージを活用して――関係者を除く、全ての傍観者に知られることなく――ガルディアナ戦記第一稿から第七稿までの情報が運び込まれた。




 これが、シンの知らないガルディアナ戦記の事象――ガルディアナ戦記第八稿以降の記録が存在する理由と経緯であり、シンの認識に齟齬そごが発生する原因である。




 ともあれ、妙な組み合わせの2名と1頭は森の中を――デラルス大森林東域の草木をかき分けて、西へ西へと進んでいた。


 その目的地は――


「…………」

「ん、何かありまし……これはまた、なんとも……随分派手にやったなぁ……」


 シンとルストが目撃したのは、クレーターのようにポッカリと大きく――直径はおよそ70m、最深部は地下10mほど――地面が窪む、閑散とした場所。

 森の奥深くに拓かれているには少々不自然なその場所は、木と石の複合建築方式で築かれた、誰かが暮らしていたと思しき住居の跡地が点在していた。


 つまり、定住する為の機能が、その土地から完全に失われていた。


 まとめると、中心に大きなクレーター、その周囲には、木々と瓦礫で造られた見るも虚しいオブジェが点在するこの地が――カイゼルオークの拠点たる大集落が、滅びを迎えていたことを示していた。


 そして、そこに到着する前から、シンとルストが微かに感じていた、その匂いは否応なく、この地の崩壊が、そういった事象にまつわるものなのだと理解させる。


 更に、ルストだけは、そのことに気付く。


「……ここにいたのか」

「え?」

「この光景……大地がくり抜かれたかのように穿たれ、そこに在った何もかもが周囲に吹き飛ばされる。そして、運良く形を残せたとしても、それらに燃え移った特殊な魔炎は三日三晩、消えることなくくすぶり続ける……」

「もしかして、それって――」

「……我らが皇国に属する神魔金オリハルコン等級冒険者パーティ、、最高にして最強の手札――」




 ――壱握の終火ブレイズエンド


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