キュアノエイデス防衛戦 06

 



 始まりは、どんな者にも等しく訪れる。


 彼の始まりは、暗がり。多くの兄弟姉妹に囲まれながら、屍肉を貪ることを強いられる、そんな穴倉の中。

 彼は、彼の仲間達の中でも小柄で、端的に言えば、か弱い存在だった――からこそ、誰よりも早く、そのことに気づくことが出来たのだろう。


 だから、彼だけが生き残れていた。


 彼と同じ日に生まれた兄も弟も姉も妹も、既に、この世界に存在していない。あの日に生まれた者達の中で、彼だけが、唯一の生存者となったのだ。


 ――恐怖。


 恐れ、怖がること。それは、生存する為に欠かせぬ警戒心や慎重さを生み、故に、彼だけが命を繋ぎ留めることが叶ったのである。


 そして、いつしか彼は、王となった。


 かつて何処とも知れぬ地で始まった者は、足掻くように生き抜いては辿り着いた先で、戴冠するに至った――世界に、強き者であると認められたのだ。

 今の彼が、王たるものが座すその地は、安住が約束された場所。内なる障害は存在せず、外敵に備えるだけで事足りる、聖域にして理想郷と成った。

 そんな場所に――彼や彼の家族にとっての聖なる地に、突如として現れた侵入者達。

 その侵入者達は、王たる彼の家族達を、次々と血祭りに――命を、散らしていった。


 始まりが、どんな者にも等しく訪れるように。

 如何なる者であっても訪れる、等しき終わり。


 つまり、彼を終わらせる何者かが、その日、突如として襲いかかってきたのだ、と。




 少なくとも彼は、そう思っていた。










 キュアノエイデス防衛戦3日目――ナヴァル国境戦役12日目。


 昨日に引き続き、アードニード公国軍前軍が静観している中、キュアノエイデス北方に、その者らが姿を見せる。


 ――カイゼルオーク軍。


 その先駆けたる先遣隊、その内訳は、非常にシンプル――ゴブリンキング率いるゴブリン部隊、約10万の内、生後3ヶ月以内の一般的なゴブリンとそれらを率いるホブと呼ばれるゴブリンの上位種、合わせて7万弱が群れを成し、キュアノエイデスに向けて駆けていた。

 群れ成し列組むゴブリンらの形相は、見るも悍ましく歪んでおり、その原因が、オークら他種族から浴びせられている恐怖であり、それを因とした狂乱状態となっていた結果である。

 ゴブリンは、弱小種族であるが故に、他種族から領域を締め出されることがあり、それが、この事象の発生条件。


 事象の名は、小鬼の行軍ゴブリンズ・マーチ。ユグドレアの各大陸で時折発生する、比較的小規模な災厄――異常繁殖とも呼ばれるプロリフェレイション、その出来損ないである。


 確かに、ゴブリン単体の戦闘力は、二足歩行型の魔物の中でも最底辺に位置し、人族のそれと何ら変わりはしない。

 だがそれでも、群れを成した際の総合的な戦闘力、所謂、数の暴力を侮ることはできず、そこに上位種であるチャンピオンやソーサラー、ジェネラル、そして、キングなどが加わった場合、その脅威度は飛躍的に跳ね上がる。


 今回の場合、星銀ミスリル等級、中位相当であり、小鬼の行軍としては最大規模。




 防衛戦力の乏しい町村などでは、ひとたまりもない、まさに災厄の名にふさわしき事象なのである。




 さて、戦場における魔道、その中で、現在のユグドレア、現在のガルディアナ大陸において、最も影響力があるものといえば、殲滅魔術がその筆頭である。

 次いで、治療用の魔術や魔導器、罠や監視用の魔導器など、基本的には汎用性の高いもの、つまり、誰にでも扱える魔道が重用される傾向にある。

 一握りの才ある者にしか許されない魔法よりも、魔素と繋がれるユグドレアの者であれば誰でも使える魔術や魔導が軍に採用され、隆盛の途を登るのも当然のことである。


 現代式魔法――異世界ではコマンド式、かつては初心者用の魔法技術、即ち、として考案された――魔道の入り口とも揶揄される、そんな魔法しか知らないのであれば、そういった誤った認識に至るのもまた、当然のことである。


 現代に生きる者達は、勘違いしている。


 何故、魔道という言葉が生まれたのか。

 何故、総称としての言葉になったのか。


 本来、魔道という言葉など存在せず、魔法だけが、魔の総てだった。


 己と世界の魔を繋ぎ生まれた、新たなる法則、それを証明する為の見えざる書式――幻想、もしくは、奇跡と同義の事象を、魔を以て現出する為の方法を、式という形で世界に書き起こす――魔法式を編み出す者。


 即ち、魔法師。


 そんな魔法師らの手によって、幾つもの魔法式が生まれては淘汰され、洗練されては併呑し、生き残ったものが、世界に名を――アナスタシア式を、名と実を極めた魔法式が、歴史に名を刻んでいった。

 ただし、ユグドレアという世界では、魔法式にまつわる歴史の大半が巧妙に隠されており、魔法の価値そのものを著しく低下させられている。


 無論、外天の支配者らによる妨害の結果である。




 故に、それは偶然の産物。




「――みんな、いっくよー!!」


 黒服姿の彼女の、良く通る大きな声に合わせて、各々が繋がりし根源に通ずる魔法を、次々と披露していく者達。

 その顔には、仮面が――愛らしいウサギをモチーフとしたと思しき仮面をかぶっており、その全員が、黒一色の軍服じみた服装で統一されていた。


 さしずめ、黒服ウサギ仮面といったところか。


 ともあれ、黒服ウサギ仮面達が生み出したのは、赤、青、黄、緑、白、黒――無の根源を除いた、万を超す魔の点。

 そして、迫り来るゴブリン達の元に、それら幾万もの点が放たれ


 それは、本来、この時代には有り得ない現象。




 群れ成す点、束ねられては線と化し、幾重の連線象りし魔の奔流、その勢いたるや破竹の如く。




 それは、殲滅魔術ではない。

 古代式――アナスタシア式の魔法でもない。


 現代ユグドレアにおいて特異すぎる、この魔法こそが、その部隊が名を挙げるきっかけであり、傍観者らが注目する最大の要因。


 ――同調。


 それが、この魔法、否――この魔法式における、最大にして特筆すべき稀有なる特徴。

 それは、アナスタシア式の流れを汲みながらも、異なる個性を見出し、編まれた魔法式。

 スキル『魔素探知マナサーチ』を基礎にする点は同様。異なるのは、スキルの等級に拘ることなく扱える点。

 この魔法式を偶然にも発見した、者達―― Antipathy Brave Chronicle のプレイヤー達は、凄まじい現象を伴うこの魔法に名を付けた。


 ――集合魔法。


 編み出した者が名付けた名称は同調魔法だが、結果としても意味合いとしても同一であるのだから、問題は無い。

 集合し同調することこそが、この魔法式を発動するに必須な工程なのだから。

 そして、皆々が知ることになる。


 魔の深淵、その先端に触れたことで、魔法という技術の可能性、その奥深さを知らしめられたのだ。


 総勢約四千の黒服ウサギ仮面――傭兵クラン『ラーメンハウス』の傭兵見習い達の魔法が。

 本来なら貧弱が過ぎる筈の――現代式なら初級魔法、古代式なら魔点、それも、学び始めて10日ほどの者達の未熟なそれを含めた――そんな魔法が。


 約1万ものゴブリン部隊、自分達の倍以上の敵を討ち払ったその事実、その現実を無視できる者などいる訳がないのだから。


 大いなる魔の意思たるアナスタシア、彼女を師と仰ぐ、ある少年が編み出した、その魔法式。

 かつて確かにあった歴史にて、その魔法式は、このように呼ばれていた。


 ――グルドゥム式。


 かの少年は、山の民と海の民を、世界で初めて団結させた、王の中の王。

 現代ユグドレアにて名著として知られる書物――グルドゥム山海覇王伝にて描かれし主人公、泣き虫メルの愛称で親しまれた、かつて確かに存在していた特異点。

 多種族からの支持を得た彼は、人族の歴史上、初めて覇を戴きし者、曰く――少年王。

 かの少年王もまた、破天に数えられし英雄。


 名を、メルヴィン=セス=グルドゥム。




『山海覇王』の二つ名を世界より賜りし者である。




 そんな彼が遺した幾つもの伝説、その根幹を支えた魔法技術、グルドゥム式――殲滅魔術の祖にして、完全上位互換たる――魔法を、現代ユグドレアに復活させた部隊の別称こそが、成り上がり魔法大隊。


 のちに、黒ウサギと呼ばれる特殊部隊、その始まりにして初陣、そして、初めての戦果を挙げた瞬間である。


 始まりは、どんな者にも等しく訪れる。




 つまりは、そういうことである。




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