キュアノエイデス防衛戦 05
「マスター、コレって……」
「運んでた時から、嫌な予感はしてたが――」
――中身スカスカじゃねえか、この甲冑。
アードニード公国軍前軍の陣へ、カルロが潜入してから約2時間。
青源に繋がりし魔法師でもあるカルロ、彼が生み出した深い霧が、あたかも蓋をするように、前軍の陣全てを覆ったからだ。付け加えると、霧の範囲は、キュアノエイデス東の城壁近くにまで行き渡っていた。
その後、2体の白騎士をカルロが
これらは、これから相対することになる敵の正体がアンデッド――不死種であると判明したからこそ、カルロが即時に打ち込んだ、戦術的一手である。
「アイラ、ジジイと、ジジイんとこの炎姫から聞かされたこと、憶えてんな?」
「そりゃ、まあ…………ねぇ、ちょっと待って……すんごい嫌な想像しちゃったんだけど――」
「だよなぁ……どう考えてもヤバいんだわ……
「……アードニード公国
「ま、そういうこった。実際、千眼のところにいる筈の白騎士が、ここにいるわけだからな。そうなっても何にもおかしくねえ。ただ、もうひとつ……もっとヤバい、最悪な可能性があんだわ」
「そうなの?」
「ああ、炎姫の話が正しいってんなら――」
――大量の神魔金は、どこに消えた?
カルロの言葉を聞いたアイラは、脳裏で反芻し始めて数秒後、ハッとしたように表情を変える。
もしも、アイラが想定した最悪が的中していた場合、生み出された新たな可能性は、あまりに不吉すぎたからだ。
カルロとアイラが気付いた、その可能性とは――
「いや、まさか……そんな――」
「その反応、多分、俺とおんなじ結論だな」
「……大掛かりすぎない?」
「だから、こういう都合のいいタイミングを、わざわざ
――囮かも知れねえ、ってよ。
それは、シンとウェインの気づき――第1騎士団が集めていたステータスユニットとスキルボードの流用転用先が、召喚用の魔導器なのでは、という憶測と同一の予想から導き出せる可能性。
国庫を空にしかねないほどの資金を投入して集めた、大量の
人族領域3カ国間の
いつ、どこで召喚の儀が執り行われるのか――その予測が困難極まる、相当にタチの悪い状況に、いつのまにか追い込まれていたからだ。
ナヴァル国境戦役、11日目――キュアノエイデス防衛戦、開戦から2日目、朝。
霧隠のカルロによる
対するアードニード公国軍は、動かない。
アードニード公国軍の今現在の方針が、カルロとアイラの予想通り、任意で補充可能な白騎士を前軍とし、後軍と合流することを第一とした待機行動――というのは、予想に難くない。
だが、その行動には他意が含まれており、所謂、裏があるのでは、と、カルロは進言し、確かにそれは道理だと、レイヴンは納得していた。
デラルス大森林東域より出立した、カイゼルオークを王に戴く大軍勢。
曰く、侵蝕する者達――イロージョン。
この事象が発生したのは偶然である――そんな甘い認識をする者に、ユグドレアで軍を率いる資格は無い。
それは、決して偶発的ではなく、何者かの手引きで発生したと考えるべき事象。
アードニード公国の侵攻の度合いに連動しているかのような状況を鑑みれば、裏で繋がってると考えるのが自然であり、そのように想定しなければならない。
そして、その想定を正しいと仮定した場合、以降の展開の予想は容易い――状況の推移と戦地の状態が同期する可能性が極めて高いと、レイヴンを含めた公爵領軍上層部も、傭兵ギルドや冒険者ギルドの上層部も、揃って理解している。
アードニード公国軍、並びに、カイゼルオーク軍による同時攻撃。それこそが、敵勢力の思惑であることを。
腰に差された黒鞘に手を添え、遠くを見据える彼女――サーナの視線の先には、
それでも――あの地から、この地に向けて、自身の経験外の、未知に満ちた大軍勢が押し寄せてきている――そんなことを聞かされたのでは、さしものサーナとはいえ、いつもの冷静さをわずかに陰させ、一抹ほどの不安が胸の内に湧いていた。
「――まさか、ビビってねえよな?」
「……ギズさん」
キュアノエイデス北域の城壁で、静かに佇んでいたサーナに話しかけてきた大男、ギズ。
金剛の二つ名を世界より賜りし
あの日――ナヴァル国境戦役開戦前、ドグル大平原にて、第1騎士団団長シルバ=ランフィスタが発した理不尽な指示により、ギズ率いる傭兵クラン『
本来、偵察任務のように痕跡を残してはならない慎重な軍事的行動は、領域調査を活動の主軸とする冒険者が得手とするものであり、闘争こそが本懐たる傭兵向きの仕事ではない。
当然ながら、ギズやその仲間達もそれは同様であり、やはりというべきか、上手くこなすことが出来ずにいた。
ただそれでも、彼らなりに偵察任務を進捗させていた中、それが起きた。
ランベルジュ皇国騎士の装いをした何者か――二百騎越えの集団からの、突然の襲撃である。
何故、襲撃者がランベルジュ皇国騎士であると、ギズが断定しなかったか。
それは、ギズ達『金剛の豪腕』が、ガルディアナ大陸各地を転々とする、放浪型の傭兵クランだったことが影響していた。
放浪型の傭兵やクランの場合、雇い主が必ずしも毎回同じになるとは限らず、定住型の者達に比べて、常に不安定さがつきまとう。
そんな不安定さを解消する方策の1つであり、傭兵自身やクランの評判を良くする方法として、傭兵ギルドが推奨している、ある行動が存在する。
滞在する国の軍が定期的に主催する、軍事演習への自主的な参加である。
勿論、軍事機密の漏洩などを防ぐ為、魔道的な書類に判を押すことが義務付けられてはいるが、機密性の高い演習に、外部の傭兵が参加できること自体が稀であるので、実質的にノーリスク。
むしろ、少ないリスク以上の大きなメリット――自発的に軍の特徴や特色を学ぼうとする姿勢が評価され、実際、参戦の打診が増えることを、歴戦の傭兵達は知っている。
だからこそ、ギズのように多くの戦歴を積んできた傭兵達は、それらの催しに欠かさず参加する――傭兵にとって、営業活動の一環なのである。
そして、『金剛の豪腕』は、ランベルジュ皇国軍が主催した軍事演習へ参加したこともある。
そう、ランベルジュ皇国騎士の特徴や特色、個性――クセを知っており、同時に、ナヴァル王国第1騎士団主催の軍事演習にも参加していたからこそ、ギズは直ぐさま、そのことに気付いた。
現れた襲撃者の正体が、皇国騎士を装った第1騎士団の騎士だということに――自分達が、まんまと嵌められたことに。
そして、ギズやその仲間達を含めた第3大隊の民兵達が、新たなウィロウ公爵子飼いの傭兵クランに救われた――『ラーメンハウス』サブマスターであり、紫電纏いし雷光の武人ゲイル=ガーベイン率いる斥候部隊による救援が成功し、その恩に報いる形で、第3大隊より募った者達が防衛戦力として参戦したのである。
「この俺を完封したおまえが、クソッタレなオーク如きに怯む訳がねえ、だろ?」
「…………」
「……ってこたぁ、やっぱりアレか――」
「……はい。どうして――」
「――キマイラなんてのが、こんなところにいるのか……合ってるか、サーナ」
「……アージェスさん」
「おお、アージェスの兄貴!」
領民兵が周囲にいる中、サーナとギズの元に真っ直ぐ向かってきたのは、傭兵ギルドのマスターでもあるアージェス。
そして、聞こえてきたサーナへの問いかけを代弁した形となったのだが、その答えは正しい。
ちなみに、ギズにとってのアージェスとは、駆け出しの頃――今より5年ほど前、齢18の頃から兄貴と慕っていた存在であり、憧れの対象。
「ナヴァルで、キマイラ種が確認されることなんて、年に二度、三度ってとこだ。そんなキマイラが、何故かイロージョンにしれっと参加してやがる。こんな偶然が、自然に発生した――」
「……考えにくいですね」
「で、人族領域でキマイラといやぁ――」
「――ガルガド大樹海っすね、兄貴」
「おう……だが、ガルガドキマイラが、わざわざデラルス大森林に大掛かりな移動をするとは思えねぇ。まぁ、カイゼルオーク軍なら、ガルガドキマイラの群れでなんとかなるかもだが、そのさらに西には、あの青様――青の根源竜たる
ギズは勿論のこと、感情が表情に現れにくいサーナですら驚き顔を披露するほど、アージェスの放った言葉、その先が気になっている様子。
2人の反応が面白いからだろう、ニヤニヤし始めたアージェスは、しっかりと間を空け、おもむろに口を開く。
「…………実はな、ジジイのところに、影犬の野郎がいるんだが――」
「影犬って……あの影犬っすか!?」
「……確か、ランベルジュ皇国の?」
「ああ、そうだ。人族領域屈指の斥候職、影犬のリグリット……アイツがココにいることは、内緒にしといてくれな。で、アイツの情報が正しけりゃ――」
――白の
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