キュアノエイデス防衛戦 03


 



 アージェスとカルロのしょうもない喧嘩を、ニーナとアイラのキレのあるツッコミで静止からの説教後、サーナらを含めた元第3大隊の希望者を対象とした臨時の戦闘訓練――領軍所属の教官役や星銀ミスリル等級以上の傭兵や冒険者によるアドバイス重視の模擬戦が行なわれていた、朝のキュアノエイデス。




 、キュアノエイデス内の、とある場所でも、似たような模擬戦が行なわれていた――




 ――陽炎のように立ち昇る、赤き砂。


 ソルの光を乱反射することで、赤き砂の一粒一粒が輝き、炎の結晶となるそれは、曰く――炎晶。


 そして、炎晶渦巻うずまきし陽炎の中心に佇む彼女は、その手に握る白銀色の剣に力を込め――


「……行きます」


 相手方の返事を待たずに地を踏み、前方へと勢いよく突進すると同時に、炎の結晶全てが彼女に追従、その形を変えていく。


 炎晶かたどるは、刺突剣レイピアを模した炎刃。

 やいば向かいしは、老剣士。


 地をひとつ踏むごとに30、40の剣が生まれては襲いかかるも、その全てが霧散させられる百も承知だったのだろう、彼女に動揺は無い。

 三つ編みにまとめた赤髪が弾むこと、三度みたび。その都度つど、連撃するに等しい刃の群れが生まれては散らされ、炎の粒へと回帰させられるものの、彼女が意に介すことはない。

 相対している者の武の底を知らずとも、彼我の力量差は理解しているが故に、この程度の攻め手でどうにかなるとは、夢にも思っていないからだ。

 ならば、彼女が攻勢を仕掛けてからの約1秒のは、単なる無駄骨に過ぎないのだろうか――否。


 彼女にとって、今の戦況、劣勢からは程遠い。


 彼女の三つ編みが再度弾むと同時に、象られる。

 次いで、彼女の手に握られている白銀色の剣が、周囲の刃に呼応するかのように、同調するかのように変容していく――刃渡り1m程のロングソード大であったそれが、刃渡り2mを超える特大剣グレートソードサイズの炎の塊へと、姿形と共に色彩を変容していた。


 そして、彼女は大気を斬り裂く――左下段から右中段に向かって真っ直ぐ、炎が凝縮された熱の塊が薙ぎ払われたのである。


 200本超の炎刃に囲まれ、ロングソードの剣速で放たれる炎熱の巨塊きょかいが迫る、そんな状況へと彼女によって追い込まれた場合。

 並大抵の者はおろか、ガルディアナ大陸各国の軍部から圧倒的強者と認められている――特記戦力の名で数えられているような者でも、負傷を免れることは難しく、タイミング次第で死に至ることも十分に有り得る。


 それほどの、それだけの局面を独力で作り出せるからこそ、彼女――リア=ウィンディルは、アードニード七剣に名を連ねている。


 そんなリア=ウィンディルをして、未だ届かないと確信させられている存在が、今相対あいたいしている青髪の老剣士――レイヴン=B=ウィロウ、蒼風の剣翁その人である。

 案の定、リア渾身の薙ぎ払いは、数多の炎刃は、レイヴンに届かなかった。

 ウィンディルの炎姫は、武の頂点で争うには未だ力不足であると、彼女は痛感させられていた。


 だが――


(まだ、ここから――)


 まだ終わらない、終わらせる訳にはいかない――リアにとっても、レイヴンにとっても、ここまでは想定内、予定調和に等しい。


 だが、ここからは双方共に、未知の領域――


(――!!)


 炎姫の火に、何かがべられた――そう理解させるだけの変化が起きる。

 それは、目に映り込むことはない。だが確かに、そこに何かがあると、強制的に感じさせられる。

 言うなればそれは、炎それ自体の変質。より濃く、より深く、より鮮明に、炎から熱が伝わってくることを、その場に在る者、皆が感じ取る。


 そして、準備を終えたのだろう、彼女の意に従いし炎の結晶が再び、数百の刃を形成かたなし、レイヴンへと向かう――そのより、の者が姿を見せる。


 れは、リア=ウィンディルが到達した、新たなる力を象徴する者の形。

 現在のユグドレアに唯一存在する者――召喚士たる彼女によってされた、未だ全容を底に眠らせし力の一端。


 れ即ち、火種――炎狼。


 数多の炎刃、数多の炎狼、付き従えし者の名は、憤怒を代行せし炎姫リア=ウィンディル。


 今の彼女ならば――


「――はっ、いい感じだなぁ!!」


 蒼風の剣翁を、


 目を爛々と輝かせたレイヴンは、実に愉しそうな笑顔を浮かべ、全方位から襲いくる赤を全て、ほぼ同時に迎撃、霧散させては、リアからの次なる攻め手に備える。


 だが――


「――くあっ!?」


 カランカランと硬質な音が鳴ると同時に、全ての赤が消失する、その意味とは――


「――無理はすんなよ、リア嬢ちゃん」

「ふむ……同時に発動するのは、中々に難しいようだな」

「そうですね……ですが――」


 ――あの形こそが、私の理想ですから。


 訪れた痛みに耐えきれず、顔をしかめながら彼女は剣――術式剣ルーンブレイドを手放し、全ての炎が消失。




 模擬戦、終了である。




「――実戦には、まだはええな」

「ですね……これほどまでに、制御が難しいとは思いませんでした」

「理屈の上では、いつのまにか適性外の根源に繋がっていたようなもの。身体にも魂魄にも馴染んでない状態で、根源から魔力を引き出すのが至難であるように、原罪シンの権能という大いなる力を授かって、まだ4日たらず。完全に制御できなくとも、おかしなことではない」


 ウィロウ公爵邸、前庭の端に設けられた教練施設、青柳流刀術道場外にて、模擬戦という名の戦力把握を終え、分析や考察を交えて談じるリアとレイヴンと、更にもう1人――


「あの時は、出来てたんですけどね……」

「権能ってのは、そいつ自身の感情に大きく左右されるらしいからな。あん時のリア嬢ちゃん、相当ブチ切れてたんだろ?」

「かなり、ですね。炎姫殿とは、それまで何度か話したことはありましたが、あそこまで感情的な姿は――」

「ああっ!? どうか、どうかあの時の事には触れないでください、殿!!」


 今より2日前、リアを担いだレイヴンと共に、キュアノエイデスにやってきた男の名が、リグリット――黒を基調とした軽甲冑に身を包む、ランベルジュ皇国に属する騎士の中でも、最高との呼び声高き、影犬の二つ名で知られる凄腕の斥候職である。


「かっかっか! なーにを恥ずかしがることがあんでい。武人たる者、ブチ切れた勢いのまんま突っ走んのも、また一興だろがい!」

「た、確かに私は武人ですが……それ以上に、騎士なんですよぉ……うぅぅ、あんなに取り乱してしまうだなんて……」

「ま、なんにせよ、少しずつ慣れるこったな。それに、勇者のガキどもがりゃあ――」

「はい……おそらくは――」


 当然ながら、騎士である彼女にとって許し難い状況、怒りに打ち震えてしまいそうになる所業などを目にすれば、彼女の中の憤怒が目を覚ますのは間違いないだろう。

 だが、憤怒の権能、その代行者たるリア=ウィンディルが、今その真価を発揮しうるシチュエーションとは、アードニード公国を蝕む害虫である異世界召喚勇者達と相見える時である――と、事情をわかっている者ならば、予想は容易い。


 そして、その時は近い――


「――失礼します!!」

「おう、ご苦労さん――」


 ウィロウ公爵家お抱えの伝令士が、レイヴン宛ての書簡を渡し、あっという間に走り去っていく。その健脚っぷりに、さすがはウィロウ公爵家に仕えし者だ、と、リアもリグリットも感心していた中、書簡を開いたレイヴンの眼が、左右に動き――口を開く。


「喜べ、リア嬢ちゃん――」


 ――やっこさんらの到着だ。


 リアに向けた言葉とレイヴンの笑顔が、全てを物語る――アードニード公国軍が来た、と。


 そして、備え付けの椅子から、3人が立ち上が――


「――し、失礼します!!」

「――っ!? おう、まずは落ち着けや…………で、どうした、何があった――」


 火急的な状況だと理解させる、一切余裕の無い伝令士の姿は、伝達すべき情報の深刻さをも伝える。

 本来ならば、伝令士はある程度の余力を残すように、体力の調整をしながら駆けていく。

 朝方から日暮れ、場合によっては夜駆けすることもある伝令士は、1日に約3000kmを走破するのが基本、能力の高い者なら5000km以上を踏破する。無論、小細工など何一つなく、その両脚でやってのける。


 正に走りのエキスパートである伝令士が、後先考えぬ全力全開の走りをしてまで、レイヴンに伝えなければならない情報とは、何なのだろうか。


 それは、かつての歴史には存在していない。

 それは、新たな事象が確立したが故の結果。


 それを、敢えて言語化するならば――『キュアノエイデス防衛戦 』イベントバトル02――といったところだろうか。


 何故、かつてのキュアノエイデスでの戦いにおいて、レイヴンが敗北を喫したか――【主人公補正メインキャラクター】の全容を知らず、陰刀ヤサカを抜き放ってしまったことが、直接的な要因ではある。

 だが、そもそもの話、何故、レイヴンが異世界召喚勇者全員を相手にしなければならなかったか。

 簡単な話である――レイヴンしかいなかったのだ、異世界召喚勇者を殺せる者が。

 かつてのキュアノエイデス防衛戦において、傭兵ギルドも冒険者ギルドも、主力となるマスターやサブマスターを含めた強者達が、揃って出払っていたのだ――ナヴァル国境戦役9日目に起きた、ある緊急事態、その収拾の為、キュアノエイデスを出立しなければならなかったのだ。

 その緊急事態が形を変えたものこそが、それの正体――新たなる世界線上で起きたそれは、新たなる緊急事態の姿。


 ――プロProリフェレイションliferation

 ――スタンピードStampede


 この2つの言葉は、魔物領域内の魔物の生息数や状態などを、傭兵ギルドと冒険者ギルドが総合的に判断して算出された脅威度を示したものである。

 かつてのキュアノエイデス防衛戦、開戦前において、傭兵ギルド及び冒険者ギルドは、デラルス大森林東域での大規模なスタンピード発生の予兆を捕捉。

 速やかなる事態収拾の為、マスター、サブマスター含めた17名の最精鋭による対処を決定。

 派遣から3日後、スタンピードを主導していたを含めた約二十万の大軍勢を滅ぼす――も、時すでに遅し。

 キュアノエイデスが視認できる距離に到達したと同時に、彼ら彼女らは気付く。


 ――自分達が、何者かにめられたのだと。


 これが、かつてのキュアノエイデス防衛戦の裏事情であり、レイヴンが殺害される間接的な要因であるのは間違いない。

 もし、竜聖の盟約に数えられる傭兵ギルドのマスターとサブマスターが、その2人に引けを取らない実力の冒険者ギルドのマスターやサブマスターが、そんな実力者達が認める高位の傭兵や冒険者達が、キュアノエイデス防衛戦に参戦していたら。

 勿論、これは仮定の話であり、違う表現をするなら、ifもしもの話である。


 そう、『キュアノエイデス防衛戦 Bルート』とは、そんなもしもifを語る物である。


 ところで、あの伝令士は何故、レイヴンの元に伝令を、書簡を届けに来たのだろうか。

 既に理解しているだろうが、あの伝令士は、デラルス大森林東域付近の軍事拠点――東域出入り口に築かれた砦からやってきた者であり、伝令の内容は、当然ながら大森林の状態についてである。


 ――イロージョンErosion


 地球にて侵食、又は、侵蝕を意味する言葉であり、ユグドレアの各大陸に暮らす力無き人々にとって、災害もしくは災厄と同義――プロリフェレイションやスタンピードを凌駕する、最高最大の脅威度を示す言葉である。

 そして、書簡によって届けられた情報、記されていた内容とは、イロージョンの範囲、主導する魔物と従えている魔物の種類と総数の予測である。


 範囲:デラルス大森林東域全域

 主導者:カイゼルオーク

 主要な魔物種:各種オーク、各種ゴブリン、ツインハウンド、ギカントラミア、、他多数  ※ 順不同。オーク、ゴブリン以外の銀等級以下は省略。


 魔物総数予測:約600000


 この書簡は、カイゼルオーク率いる大軍勢が、デラルス大森林東域におこったことを語ったのである。


 東からは、偽龍メルベス従えし異世界召喚勇者と、アードニード公国軍。

 北からは、デラルス大森林東域の王となったカイゼルオーク率いる大軍勢。

 迎え撃つは、レイヴン率いるウィロウ公爵領軍、アージェス率いる傭兵ギルド、カルロ率いる冒険者ギルドという面々。

 単純な戦力比較をするならば、攻め手が、といったところだろうか。

 ただ、この戦においては、勝敗以上に大切なことが幾つか存在している。


 例えば――レイヴンの生存。


 キュアノエイデス防衛戦では、様々な思惑が交錯する、いや、既にそれらの一部は明示されており、その結果として、この戦が行なわれる運びとなっていることを、幾人かの知恵者は理解している。

 故に、その場に現れる者がいる、

 いずれにせよ、時を進めることで、それらの思惑は明示され、理解に至ることだろう。


 こうして、いかなる世界線にも記されていない、新たなキュアノエイデス防衛戦が始まりを迎えた。




 世界に、新たな起源オリジンが刻まれる。















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