キュアノエイデス防衛戦 02
「――結局、今日は何が原因だったんです?」
「あー、うん……気になる、よね?」
目の前――カウンター席に座り、興味津々といった様子で見上げてくる少女、その問いかけに、若干の気まずさを感じてはいたものの、いつものことだと諦めた赤髪の彼女ニーナは、口を開く。
「えーと、ね……、……ンが原因なの……」
「……え?」
「恥ずかしい話なんだけど、あの2人――」
――ラーメンの好みでケンカしてたの。
ナヴァル王国国境東域にて大規模な戦闘が行なわれている、こんな情勢の最中、大の大人であるアージェスとカルロは、こともあろうか、ラーメンの味付けやトッピング等、当人以外の者達にとっては実にしょうもないことで、本気の頭突き合いをしていたのだ。どっちも美味しいという結論では、どうにも納得がいかなかったのだと思われる。
さて、アージェスとカルロ、それぞれが1番と考えているラーメンは、以下の通りである――
アージェスは、豚骨しょうゆ派――デラルスハイオークのゲンコツを、
それを硬めの細麺でいただくのを基本とし、その日の気分でトッピングを追加することで、彼にとってのラーメンが完成する。替え玉は、最低でも2つ。
カルロは、
トッピングは、コカトリスの煮卵に加え、鳥チャーシューならぬコカトリスチャーシューと、まさにコカトリス尽くしであり、それを一心不乱に
――双方共に、本多 宗茂考案の一杯である。
ちなみに、何故、頭突き合うことを選んだのかというと、これから始まるであろう戦い――近づきつつあるアードニード公国軍との戦いを考慮し、お互いに手出し無用という約束をつい
これが、ナヴァル国境戦役開戦から10日目、朝のキュアノエイデス中央通りで起きた出来事、その内情である。
約3ヶ月ほど前、とある飲食店が、キュアノエイデスで営業を開始する。
当初、その飲食店に懐疑的な視線を送っていたキュアノエイデスの人々だったが、瞬く間に、真逆の反応――惜しみない賞賛を思わず送ってしまうほどに、胃袋をがっちりと掴まれていた。
今現在、その飲食店は、キュアノエイデスに
この数字は、王都ナヴァリルシアのそれをも上回っており、ウィロウ公爵領内における、その食べ物――ラーメンへの関心が、非常に高まっていることを示している。
そんなラーメンブームの火付け役となった飲食店の名は――ラーメンハウス 宗茂。
新たなウィロウ公爵である、ムネシゲ=B=ウィロウがオーナーを務め、料理長を兼任する、ナヴァル王国最高のラーメン屋である。
ちなみに、デラルス開拓村の店舗は、商品開発をメインとした工房としての側面が強い為、キュアノエイデスの店舗こそが、ラーメン屋としての実質的な本店であると、宗茂は定めている。
そんなラーメンハウス 宗茂の現在は、料理長不在を理由とした休業中なのだが、ドグル大平原で臨時営業的な炊き出しをしていることを知ったキュアノエイデス居残り組の領兵や傭兵、冒険者らによる、嫉妬で彩られた
とはいえ、ラーメンハウス 宗茂の別店舗であるラーメンハウス ダクラダを初めとした、暖簾分けが許可された者達の店舗――開拓村での修練をいち早く終えた精鋭らの活躍の甲斐もあり、キュアノエイデスや領内の町村や集落の人々の、ラーメンに対する満足度は、十分に満たされている。
ただ、それでも――
「――店長さんが作るラーメンは、別格ですからねぇ……営業再開が待ち遠しいです」
「いいなぁ……私も、早く食べたーい!」
「ふふっ、
「はーい! でも、ニーナさん……本当に、他のラーメン屋さんと、そこまで違うんですか――」
「あそこのラーメンは段違いだぜ、嬢ちゃん」
「あ、お疲れ様です、アージェスさん」
「はっ、ひよっこ相手に疲れやしねえよ。そんなことよりもだ、嬢ちゃん――」
「……そんなに違うんですか?」
「……
「えぇっ、そんなに!? はぁ、ますます食べたくなってきちゃった……あ、
「うん、中々激しかったよ……ね、
「ああ、全身が痛えのなんの……ただ、それ以上に驚いてんのは――」
「
「ああ、そうだ。そりゃあ、すんげぇ強いってのは知ってたけどよ、あそこまでとは――」
「――いえ、私などまだまだです」
「あ、サーナさん、お疲れ様ー!」
「……はい、ありがとうございます」
レベッカ、エドガー、アレックス――サーナ。この4人は、ナヴァル王国第1騎士団の、とある部隊に
第1騎士団特別選抜連隊、通称、特選隊。
3つの大隊で構成される特選隊の内、隊の人員の大部分が平民で占められる第3大隊に所属する部隊、そのひとつである第18分隊こそが、彼ら彼女らが
そう、彼ら彼女らは確かに、ナヴァル国境戦役開戦から6日目の朝方、つまり、今から4日前に、
それは、第3大隊長であるウェインと現ウィロウ公爵であるムネシゲ=B=ウィロウとの間に交わされた、とある密約の結果。
第3大隊の死体偽装協力――傭兵クラン『ラーメンハウス』派遣の対価として、ウィロウ公爵領軍への編入打診が行なわれた結果、第3大隊に属していたほぼ全ての者が、ウィロウ公爵領兵として採用。その後、秘密裏に、キュアノエイデスへと移動していたのである。
だが、彼ら彼女らの多くが民兵、即戦力になることが有り得ないと知りつつ、第3大隊の者達を領兵として採用した、最たる理由。
将来的な戦力となり得る可能性――これも理由ではあるが、最重要ではない。
兵力不足――現在のキュアノエイデスは、
ムネシゲ=B=ウィロウ、即ち、本多 宗茂らクリストフ陣営が、今回の戦いで重要視しており、欲する物事や事柄とは――大義名分。
第1騎士団の悪辣な振る舞い――作為的な誘導によって、第3大隊の者達をドグル大平原で殺害し、ステータスユニットとスキルボードを奪い、王都ナヴァリルシア内で魔薬に変えていた――この一連の流れは、まごうことなき悪事である。
そして、その生き証人である第3大隊の者達が、クリストフ陣営の手に渡ることで、第1騎士団とその背後に居座っている王国宰相、ダグラス=ランフィスタ侯爵の弾劾をも可能にする切り札となる。
そう、第3大隊の者達は皆が皆、存在自体が大義名分となり、それ故、キュアノエイデスに招かれたとも言える。
しかし、然るべき時と場にて証言をすることだけが、彼ら彼女らの存在意義ではない。
それは始まり。
今は誰も知らぬ、しかし、いつか皆が知ることになる、大いなる始点。
当時のガルディアナ大陸にて、
本当の意味での切り札、
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