弍龍会談録 中巻




 宗茂からの唐突な提案に、思わず顔を見合わせたクリストフ王とカイト。

 カイトは頷き、クリストフ王自身の判断に委ねる。しばし目を閉じたのちに、おもむろに手を差し出すクリストフ王と、差し出された手をしっかりと握りしめて不敵に微笑む宗茂。


 ここに、宗茂とクリストフ王の間に、が交わされた。




 だが、会談は終わらない。お互いに聞くべき事柄がまだあるのだから。







「俺は、王国の首脳陣全体がフォルス皇神教ゆかりの者かと疑っていた、だが、実際は一部だけ。そうであるならば、なぜ国主であるクリストフ王に子供でもわかるような常識を気づかせなかったのか、その意図とは何か」

「意図……儂には想像がつかんな、わかるかカイト」

「はっ……自分は武と魔にしか興味がないゆえ、どうしてもそちら寄りの考えになりますが……」

「よい、聞かせてみよ」

「はい……おそらくはいくさではないかと」

「俺も同意見だ」

「む、どういうことだ? なぜ儂が人族至上主義とフォルス皇神教を一緒に見ることができぬと、戦が起こる?」

「簡潔にまとめるなら、フォルス皇神教がからだ」

「嫌われ……そうか、東か!」

「そう、東のランベルジュ皇国、アードニード公国はおろか、その先にある獣人や亜人の国々もナヴァル王国を敵視する……掲げられている人族至上主義は、フォルス皇神教を連想させるからな」


 ユグドレアの人々が頭の奥底から引き摺り出される記憶。

 それは幼少の頃より、ネフル天聖教の聖官が教会などで聞かせる常套的な説法のひとつ。

 フォルス皇神教という、人族至上主義に染まりきった狂信者による残虐極まる所業の数々、悪夢と同一視できるほどに危険な、長年言い伝えられてきたお伽話のような――

 それは、ガルディアナ大陸に住まう者達であれば、誰でも知っている常識。

 傲慢に狂い、教えに殉ずる、独りよがりな善を名乗る悪意の塊――フォルス皇神教の狂信者を食い止めるために動き出そうとするのは、ガルディアナ大陸の生物であれば当たり前とすら言い切れる、自明の理である。


 つまり、フォルス皇神教は、天聖ネフルが鎮めた戦乱の時代を、現代のガルディアナ大陸に蘇らせていたということである。


 もしクリストフ王が正常な状態であれば、人族至上主義というガルディアナ大陸における呪いにも等しいフォルス皇神教の教義を思わせる人族至上主義など、即座に撤廃するだろう。

 だからこそ、気づかれぬように調されていたのだ。


「おそらくだが、魔法、魔術、魔導、そのいずれかで洗脳に等しい処置を、クリストフ王、いや、ナヴァル王家に対してが施したのだろう」

「なっ、霊長派の洗脳だと……まさか!?」

「間違いない、ネフル天聖教霊長派とは、フォルス皇神教の手の者だ。そう考えれば腑に落ちる事がある」

「というと?」

「ひとつ、ナヴァル王国に人族以外の聖官がいない理由。ふたつ、片手間に魔薬を撒く理由」


 首を傾げるクリストフ王に、宗茂が補足し始める。


「人族至上主義のナヴァル王国であろうとも、ネフル天聖教の教義が全種族の融和である以上、人族以外の聖官がいるのはむしろ当たり前のことだ。だが事実として、人族の聖官しか見たことがない。というよりも置けるわけがないのだ。ナヴァル王国の人々に、ネフル天聖教の教義を説かせるわけにはいかないからな」

「確かに……なるほど、霊長派がフォルス皇神教の者であるなら、むしろ人族以外の聖官を……待てよ、もしや……」

「秘密裏に始末しているだろうな、間違いなく」

「ぐぬぬ……おのれ……」

「人族至上主義という教義を逸脱した考えがナヴァル王国で掲げられた。そのことを知った他種族領域で活動するネフル天聖教の上層部は聖官を派遣する筈。にも関わらず、一向に改善される気配がない。そうなった場合、ネフル天聖教は次にどう動くか」

「ふむ……それぞれの国への援助要請、いずれは派兵要請、やがて戦端も開かれ……大陸中に戦火が……な、なんということだ……いったい奴らはなにを考えているっ!?」


 霊長派の目的が垣間見えたことで、クリストフ王の怒りに触れる結果となる。至極まともな感性のクリストフ王にしてみれば狂気の沙汰にしか見えない暴挙を、霊長派はしているのだから。

 しかし、暴挙な振る舞いなど容易く上回る霊長派の異常さを、クリストフ王は知ることになる。


「……クリストフ王は、先代枢機卿殺害の件、どの程度理解している?」

「はぁはぁ……り、理解と言われてもな……報告以上のことは知らんが……先代枢機卿の件と戦争に関係があるとでも?」

「先代枢機卿の死は暗殺、だがそれは先代枢機卿自身が殺させた、計画的殺人だ」

「な、なんの話を……」

「目的は、先代枢機卿ジルグ=オルクメリアという古い身体を脱ぎ捨て、別に用意した新しい身体に、自分のステータスユニットとスキルボードを接続することで擬似的な転生をすること、その可能性が非常に高い」

「て、転生、だと……そうか、そのための奴隷、そのための戦争、いや、ガルディアナの戦乱か……ふざけ、おって……人の営みを、命をなんだと思って……」


 他種族の奴隷や自国他国問わぬ死体達からステータスユニットとスキルボードを奪う。

 次いで、不要なステータスユニットから神魔金オリハルコンを取り除く。

 スキルボードは、有用な物をスキルジェムに、不要な物を魔薬の材料へと加工する。

 出来上がったスキルジェムを自陣営の強化に使い、魔薬は戦乱で恐怖する民衆を支配するために使う。


 それは、自分達の身を切ること無く、利益だけを甘受する鬼畜外道の所業。


「……擬似的に転生を繰り返す、つまり擬似的にでも不老不死になることで、永久に地位と権力を保ち、搾取し、繁栄することが、奴らの願いのだろう。おそらくオルクメリア家の実質的な支配者は、長らく変わっていないはずだ」

「なんとおぞまし、い……それは……オルクメリアだけの話なのか?」

「いや……おそらくは、霊長派の中でも上層部の者達が対象なのだろうな、多すぎれば益の分散にしかならないからな」

「やはりか……なんという……」


 霊長派ひいてはフォルス皇神教の支配層に位置する者達が、秘匿している擬似転生技術を利用し、いつの時代も権力中枢に居座り、無辜な民衆から奪えるものを全て奪い続けている。


 これこそが、ネフル天聖教の霊長派を名乗るフォルス皇神教の者達が、ガルディアナ大陸に長年仕掛け続けている策略である――宗茂とクリストフ王は同じ結論に至った。


 ステータスユニットとスキルボード。

 ユグドレアに住まう人々にとって、それは恩寵であり、人生の軌跡を記す――思い出と呼ぶべき大切なものである。

 基本的には、本人と親族以外に使用不可能なステータスユニットは、亡くなった後に遺族にわたされ引き継がれていく。

 スキルボードは、スキルジェムへの加工をするかどうかを選択し、最終的に家族へと引き渡される。


 だがこれは、ナヴァル王国以外の国々だけだ。


 ナヴァル王国の場合、ステータスユニットもスキルボードも、全て回収される。

 ネフル天聖教ナヴァル王国本部が提唱している再利用法が王国公認である以上、民衆は逆らえない。


 そう、霊長派――フォルス皇神教は、ナヴァル王国に住まう人々の権利と侵すべからず尊厳を、自分達の欲望のために踏みにじっているのだ。


 クリストフ王はその忌まわし過ぎる事実に嫌悪し、奸計かんけいに気づけなかった自分と許されざる所業を為した愚者に向けて沸き上がってくる怒りに、身体をふるわせていた。

 そんなクリストフ王を眺めながら、異世界に来てからついてしまった癖――右手首に巻かれたを撫でる宗茂。


 クリストフ王が落ち着くまでのひととき、宗茂は、思考の深き淵へと訪れていた。







 本多 宗茂には、異世界であるユグドレアに来て、違和感を感じた事柄がいくつかある。

 例えば、日本語が世界共通語というのも、違和感のひとつだ。

 だが、それ以上に強烈な違和感を持っていたのは、宗茂の手首に巻かれた――ステータスユニットだ。


(……Parallelinパラレリングg Materialマテリアル Storageストレージ、その劣化品、いや、性能限定品……)


 かつての地球にて、軍に雇われた傭兵として参加した調

 その依頼で提供されたPMS、通称インベントリと呼ばれる特殊な、それと酷似した腕輪のような物をティアナから提供された時、宗茂はかなり動揺していた。

 それは、インベントリのように様々なものを大量に積み込めるような代物ではない。

 手の平大の水晶のような形状のステータスユニットと、PC――使のような見た目をしたスキルボード、このふたつだけを収納しておくためだけの存在。


 それが、接続用魔導器である接続器コネクターと呼ばれる代物である。


 そして接続とは、接続用魔導器であるコネクターを個人用に調整し、本人以外に使えないように認証機能を付与、本人の魔力野――脳でいう感覚運動野に当たる部分――を霊子領域へ繋げることで、ステータスユニットとスキルボードを動作可能にすることである。


 この説明を聞いたことで、宗茂の違和感は更に大きくなり、疑念と憶測を生むことになる。


 ユグドレアでいう接続という工程は、宗茂がいた日本において、軍関係者がに渡る際に用いる、Parallelinパラレリングg Avatarアバター Connectコネクトと呼ばれる技術と同じ工程だったのだ。


 それはつまり、霊子領域のもしくはに、宗茂が気づいた可能性があるということ。




 この気づきこそがユグドレアを救う一因になると宗茂が知るのは、もうしばらく先のこと――との再会までお預けである。

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