弍龍会談録 上巻




 弍龍会談録。

 それは、ガルディアナ大陸史において最も重要かつ有名な大戦勃発のきっかけ、その1つとなった会談の記録。

 龍の右腕と称されし伝説の武人にして軍略家であるカイト=シルヴァリーズが著者であり、晩年に書き記したとされる、世に名高き書物である。








 デラルス大森林への引越しの挨拶を済ませた宗茂は、その勢いのまま、悪辣な振る舞いをする国の長に向けて文句のひとつでも言い放つつもり、だったのだが――


「ふむ、客人よ、しばし待っていてくれるか? カイト動けるか…………よし、急ぎ会談の用意をせよ」


 明らかに無礼な侵入者、言い換えれば賊そのものである宗茂を、クリストフ王は客人であると認め、会談の用意をダメージが抜けたカイトに促した。

 その冷静かつ紳士的な対応を眺め、宗茂は、やや困惑しながら、クリストフ王への心象をガラリと変えさせられた。

 ならばと、宗茂はあえて答えづらいであろう事柄をクリストフ王に尋ねた――人族至上主義という、あからさまな差別的政策を行なっているのは何故なのかと。




 そうして、いずれユグドレアの運命を大きく変える結果を生むことになる、世界にとってあまりに重要な会談が、 霊 子 領 域 アストラルフィールドに居処を一時的に移した謁見の間にて、始まりを迎えた。







「ネフル天聖教の長い歴史の中、基本方針である種族融和の姿勢こそ形を崩すことはなかったが、とある人族の信者達――魔道学者と呼ばれる、魔を研究する者達のがひとつの主張をし始めたのだ」

「ふむ……」

「人族は、魔を扱うことに長けている。それはつまり、霊子領域を支配する地位に最も近いことをも意味する。すなわち――」

子領域の――霊長である、ということか」

「うむ……霊長である人族に対し、それ以外の種族は敬意を払い嬉々として従属すべきだと主張する愚かな魔道学者の集まり、それがネフル天聖教――」


 ――霊長派。


「なるほど……ということは枢機卿も――」

「枢機卿であるバルグ=オルクメリアもそうだが、オルクメリア一族自体が、霊長派の古株であり有力者の集まりであるな」


 ガルディアナ大陸において、ネフル天聖教は唯一といっていいほどの信仰を集めている宗教であり、ほぼすべての国が国教と定めている。それはナヴァル王国も同様。


 本来、ナヴァル王国は多種族が穏やかに暮らす国だった。


 かつてガルディアナ大陸の三割を支配していたリルシア帝国の、度を超えた他種族を軽視する政策が民衆達の怒りを買い、国中で反乱が頻発した。

 長く続いた壮絶な内乱の結果、ナヴァル王国、ランベルジュ皇国、アードニード公国の三ヶ国へと分割される。

 そういった経緯により生まれた国が、他種族の排斥や排除を許すわけもない。


「だが、儂が生まれる前……初代国王である曽祖父が没した年、今より117年前に、ネフル天聖教霊長派の聖官長の1人から奴隷制度を採用してほしいという、提案という名の脅迫があったそうだ。憤慨した祖父だったが、断った時の影響を考慮し、止むに止まれず認可をすることとなり……」

「奴隷に絡む既得権益をきっかけとした王侯貴族の腐敗が促され、人族優位の社会へと変わっていった、そういうことか?」

「う、うむ、そのとおりだ……」


 クリストフ王は、宗茂の察しの良さに驚いていた。

 武の力量が計り知れないことはわかっていた。しかし、まつりごとにまで精通しているとは思いもよらなかったのだ。


 だが、クリストフ王は、さらに驚くこととなる。


「そうなると……俺が想定していた以上に厄介なことになっているようだな」

「む、どういう意味だ?」

「そもそも、俺がクリストフ王のもとに来たのは、引越しの挨拶と奪われた幻創器の行方を――」

「幻創器じゃとっ!?」

「――探るのが目的だったが……その様子なら、王は無関係のようだな」


『鑑定 極』スキル持ちの宗茂であれば、『看破』スキルを擬似的に再現することができるため、対面している相手の嘘を見抜ける。

 そして、クリストフ王とカイト=シルヴァリーズの両者は、ただただ純粋に驚いていただけ。宗茂の『鑑定 極』でも虚偽の反応は見られない。


 それはつまり、クリストフ王もカイト=シルヴァリーズも、幻創器を奪った者達とは関係が無いということだ。


「幻創器が奪われ……いや待て、もしや幻創騎士が存在しているのか!?」

「騎士かどうかは知らん。俺に依頼した者は、立派な白い翼を生やした緑色の――」

「白い翼だとっ!? それに緑……まさか、天族の方、なのか?」

「あ、ああ、そうだ……っておい、どうした!?」


 クリストフ王は涙を流していた、声を押し殺し、体を震わせて。その姿にカイトも貰い泣きしていた。


「す、少し……席を外すか?」

「いや……はぁはぁ、大、丈夫だ……済まぬな……少々取り乱してしまった……」

「それはかまわないが……聞かぬ方がいいか?」

「いや、かまわんよ……極々私的な事だからな……」


 カイトから差し出された手 巾ハンカチで涙を拭ったクリストフ王は、慌てた様子で佇まいを取り繕い、一呼吸入れ、想いを語り始める。


「……天聖であられるネフル様に信仰を捧げる者として、人族至上主義などという馬鹿げた考えを排斥できぬ自分を不甲斐なく思っていたのだが……ガルディアナ大陸に住まう人々の為に、その命をかけてお守りくださったネフル様のご同輩が生きていてくださったことが……ただただ嬉しかったのだ。本当に良かった……」


 なるほどなと、宗茂はクリストフ王の想いを汲み取っていた。それは、純粋で真っ直ぐな、天聖ネフルへの信仰心そのもの。

 現代日本、しかも戦場暮らしが長い宗茂の目に、その姿はとても眩しく見えていた。


「そうか……その言葉を聞けば、きっとルフルも喜ぶだろう」

「ほう、ルフル様というの、だ、な……ル、フル様……ま、まさかとは思うのだが、ネフル様との関係は――」

「娘だそうだ」

「……は?」

「俺に依頼をしたルフルは、天聖ネフルの娘だそうだ、って、お、おい平気かっ!?」


 白目を剥いて泡を吹くクリストフ王を見て、これは違うなと、宗茂は苦笑いしていた。


 大国の長であるにも関わらず顔芸も腹芸もしない、素性も知れぬ宗茂の前で涙を流す、あまつさえ素直に驚きすぎて白目を剥くわ、泡も吹く。

 これほど感情豊かで情緒の上げ下げが激しい者は、まず間違いなく善良な心根の持ち主だろう。

 人を欺き、陥れ、蝕み、全てを奪うことに罪悪の意識も無い、そんな悪辣な精神性がクリストフ王にあるとは思えない。


 宗茂はそう感じ、同時に好感情を抱いていた。


 正気を取り戻したクリストフ王に、幻創器の名がラヴィドシュガルム=ラナであることを伝えた宗茂は、それが9番目の姫君という別の名を持つ魔導器であることを知る。


「幻創器に眠る精霊、か……」

「うむ……精霊の姫君の助力を得ることで初めて、その大いなる力が発揮される、らしい」

「精霊……姫君……16の幻創器……」

「なにか気になることでも?」

「……いや、気にしないでくれ」


 怪訝な表情のクリストフ王に、なんでもないと、話の続きを促す宗茂の脳裏では、あるひとつの考えが、半ば妄想じみた考察が浮かんでいた。


(日本語が鍵になるということなのか……もしそうであるなら………………?)


「――るか?」

「……そういうことなのか?」

「聞いているのか?」

「むっ!? ああ、すまん、少し考え込んでいた」

「そうかそうか、かまわんよ、驚くべき情報だらけなのだから仕方ない。それはそれとして、こちらも聞きたいことがあるのだが――」


 クリストフ王が気になるのは、尋常ならざる武と智をもつ人物が、なぜデラルス大森林に暮らすのか、その1点である。

 宗茂は、事の経緯――番外区域、貧民窟からの移民、不当に奴隷に落とされた者達の避難、それら全ての人達をラーメンハウス宗茂が引き取ること、蒼竜ファクシナータが住まう大森林西奥の開拓計画を、クリストフ王に説明した。


「なるほど……のエリザに、翠風のティアナ、雷迅ゲイルに、ダグラダマーケットの大幹部ドルトルとその兄ドルズか……ドルズ商会が解体、商会長のドルズが行方不明だと聞いていたが、まさか御主の元にいるとは……」

「魔薬を売りさばいてしまったことに昔から罪悪感があったらしくてな……とはいえ、元凶は――」

「ダグラスじゃな……あやつの働きかけで魔薬――堕落水フォールンは王国公認になった。民の不安を取り除き、多くの税収も見込めるという名目だった為、儂も仕方なく許可を出したが……」

「宰相ダグラス=ランフィスタ侯爵……そいつからドルズを守るために避難させてるってことだ」


 ナヴァル王国宰相ダグラス=ランフィスタ侯爵は、魔薬製作および販売を若き日のドルズに依頼し、世界の暗部へと引きずり込んだ張本人である。

 つまり、ドルズは、宰相が行なってきた悪事の片棒を担いだ一方で、宰相に致命傷を与え得る、生きていられると困る証拠そのものであるため、狙われる可能性が高い。

 ドルトルはそのことを知っていたため、商人としての育ての親であるダグラダとともに、ドルズの保護を宗茂に懇願。

 その結果、ダグラダマーケットごとラーメンハウス 宗茂の傘下となり、王都にラーメンハウス ダグラダを開店――宗茂からの条件である暖簾のれん分けをしたのである。

 ちなみに、ドルズには四六時中ゲイルを中心とした護衛が付いているため、かなり安全である。


「天聖教霊長派である枢機卿バルグ=オルクメリア、第1騎士団団長と、その父親でもある宰相ダグラス=ランフィスタ侯爵、そして冒険者ギルド……今判明している敵はこの辺り――」

「――アルフリート」

「ん、誰だ?」

「儂の息子だ。王位継承権第2位のアルフリート。今挙がった者達全てに繋がりがある上、表向きの身分も最上、おそらく奴らの旗頭となっているのだろう。ここ数年、あやつは公務の合間にとして活動しておる……さまざまな経験を積ませてはと、あのダグラスからの勧めがあってな」

「なるほど……おそらくは魔薬の素材集めの陣頭指揮。魔薬製作には魔物から取れる素材も必要らしいし、なにより出先で死んだ冒険者からステータスユニットもスキルボードもだ」

「そういうことだろうな……あやつに才があることはわかっていたのだが、性格、いや、性質に難がある。だからこそ兄より優れていても王太子にするわけにはいかなかった……簡単に言えば、あやつは人族至上主義に傾倒し過ぎているのだよ」

「そうか……なら間違いなく第2王子もの信者だな」

「……フ、フォルス、皇神教、だと……そ、それはどういう意味だ!?」

「どういう意味も何も……そうか……」


 それは、異世界に来てようやく3ヶ月になる宗茂ですら簡単に気付けること。


(気づいていなかった……いや、違う…………意図的に気づきを遮断させられていたのか……とすると――)


 曲がりなりにも国主であり決して暗愚ではないクリストフ王が、間違いなく関心があるであろう人族至上主義という考え方、その思考こそ最良と信じている者達の存在に行き着かないことが、あまりに不自然なのだ。

 少なくともエリザやティアナは、その存在を知っていた以上、それはユグドレアではなのだ。


 ――ネフル天聖教ナヴァル王国本部の人族至上主義とフォルス皇神教の教義は、ほぼ同一である。


「クリストフ王よ……提案がある」

「なんだ、ずいぶんと唐、突…………どうやら御主には、なにかが見えているようだな」




 唐突な言葉に合わせるように宗茂から発せられるピリッとした空気感に、クリストフ王は、ただならぬものを感じ取っていた。

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