ナヴァリルシアの受難:急




「……カイト」

「はっ……流石にただの戯言と流すには――」

「そうか、やはり御主にも……」

「はい……あの御仁の語ったこと、心当たりがなくもありません」


 謁見の間にいるのは、今はクリストフ王とカイトの2人だけ。宗茂はすでに退散した後。


 クリストフ王は、その実力を十全に発揮できるようにとカイト以外の近衛を側に就けていなかったが、そのことが最良の結果を生んだ。


 カイトが全力を――魔人の本領を発揮するには、ある程度の高さと広さが必要不可欠かつ他者を巻き込みかねない以上、人払いも必須。

 そういった事情を鑑み、謁見の間――白魔法と黒魔法を共鳴行使による空間魔法、無魔法の一部を再現した結界魔術、結界魔術を補助すると同時に強度を増強する結界魔導陣の三魔複合式による領域を構築することで、一時的に霊子領域と重なることが可能になり、現界からの空間乖離を成すことで内外の出入りを不可能にする巨大な魔導器――で侵入者を待ったこと。

 魔律戒法のことわりに基づいて創られた公式のひとつである『 交り御魂 ソウルインタラクト』を行使した結果、永遠の忠誠をクリストフ個人に誓ってくれる近衛衆、その筆頭が傍らにいたこと。


 結果的に、密談をするための最高の環境が整えられたことは、クリストフ王にとって最大の幸運だった。


「……儂と御主だけであの者と言葉を交わせたのは、不幸中の幸いというべきか」

「私もそう思います……まさか幻創器の名を聞くことになるとは――」


 クリストフ王は、宗茂からの提案を快諾。

 その後、互いの情報を共有。秘密裏に協力体制を築いた、そうしなければならない理由が生まれたからだ。


「ラヴィドシュガルム=ラナ……伝承通りであれば、9番目のか……」


 ユグドレアに存在する、16の特殊な魔導器と云われている――幻創器。

 世界に存在する4大陸それぞれに4基ずつ存在すると、古くから在る国々の長に言い伝えられている。

 人族統一国家であるリルシア帝国から別れたナヴァル王国もそのひとつであり、クリストフも先代より聞かされていた。


 曰く、


「――ユグドレアという世界に、理想のを再現し、新たな世界をりだす魔導


 ――ゆえに幻創器。


「そのほとんどが地下深くにまで階層が存在する古代遺跡……ダンジョンに眠るということは陛下より聞かされましたが……」

「うむ……此度のように守護者、いや、幻創騎士によって守られている場合もある……ということらしい。もっとも伝承でしか知らぬことであったし、実際に古き時代から守りし者がいるとは夢にも思わなかったがな。それも……平民街に……暮らしていたとは、な……」

「陛下……あまり気に病むことは――」


 クリストフ王は、貧民という呼称を……常日頃からしていた。


「よいか、カイト……王にとって民は守るべき存在である。身上の分け隔てなく接するべきであり、差をつけわかつようなことがあってはならんのだ……無論、世界に生きる同胞である他の人種族を大した理由もなく迫害するなど……」

「ということは、あの御仁の提案を?」

「うむ……渡りに船とはこういう時に使う言葉なのだろうな」


 クリストフ王に、覇王の如き猛々しい戦才は無い。

 いまだ戦乱の最中にあるガルディアナ大陸では、致命的ともいえる事実である。それは彼自身が自覚している。

 だからこそ彼は、自分にできることを成そうとする。自分の手が届く範囲だけでも民を救うことを止めない。


 だからこそ、そうだったからこそ、が台頭してきた。彼に憧れた者達が、相次いで集まってきたのだ。


 平民街の北東部、通称、貧民窟で暮らしていた彼は、クリストフ王に見出される登用され、齢12の頃、騎士見習いとなった。

 その後、第2騎士団にて訓練を重ね、国内の魔物討伐や東の国境での小競り合いなどで戦功を積み重ね、年に一回行われる王国武闘祭にて好成績を残し続け、第2騎士団にて最年少17歳での団長に就任した年に、ナヴァル武闘祭――近衛選抜部門を優勝。

 その褒賞として、史上最年少で近衛衆の一員になり、貴族位に就くことが決まった者。


 その者の名は、カイト=シルヴァリーズ男爵。現在は子爵となった、ナヴァル王国最強の魔人である。


 現代地球でいうところのシンデレラボーイ的な成り上がりを成し遂げたカイトに憧れ、第2騎士団の門戸を叩く平民が急増。

 昨今、ガルディアナ大陸にて讃えられているナヴァル王国の精強なる武威を示す戦果の多くが、第2騎士団という精鋭中の精鋭――主君の為に命を掛けることができる平民、いや貧民窟出身の騎士達が成し遂げたものだ。


 クリストフ王に、覇王の如き猛々しい戦才は無い。だが、民を慈しみ、守護者たらんとする仁勇の才器持つ主君の心に救われ、惹かれた者達が、クリストフを名君へと押し上げた。


 クリストフ王という人物に対し、本多 宗茂は対談の最中、このように評していた。




 ――ユグドレアの劉備玄徳、と。

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