魔導のすヽめ 後編




 長距離空間転移陣の設置作業、その手順自体は難しくはない――繋げたい場所と場所を魔導粉体で繋げる、ただそれだけである。


 但し、要求される魔導の技量は、精緻せいちの極みと呼べるほどに高い。


 例えば王都から大森林へと繋げる場合。

 まず初めに、霊 子 領 域アストラルフィールドと呼ばれる領域へと、魂の位相をずらす。霊子領域を認識できない者はこの時点で不適正者とみなされる。

 その後、霊子領域内から魔導粉体を伸ばしていき、王都の陣から大森林側の陣へと接続する。

 その際、届かせるだけの魔力制御が必要で、その難易度は、針の穴状の曲がりくねったトンネルにリモートコントロールしている糸を何時間も通し続けるようなものである。出来なければ、不適正とみなされる。

 大森林側の陣に接続を完了すれば、王都から大森林へのの転移が、魔導粉体が消えない限り、可能になる。


 そう、今の時点では未完成。


 魔導粉体を生成する魔力が尽きれば失敗となるため、維持を可能とするだけの魔力量が必要不可欠。

 当然、魔力が足りなくなり、維持が不可能になった場合、適性は無いとみなされる。

 そして、長距離空間転移陣を完成させるには、それぞれの魔導粉体を融合させる必要がある。

 今回の場合、王都と大森林それぞれから伸ばした魔導粉体を到着させた後に、2つの魔導粉体を1つに束ねることで、それぞれの地点を行き来する空間転移が可能になる。

 次の瞬間には変動しているのが時空間が備える性質である以上、転移先の座標がリアルタイムで変化することを考慮していない空間転移は本来不可能である。


 だからこそ、魔導粉体で常時繋ぎ合っていることで、転移先の状況や状態を把握、反映させた空間転移が可能になる。




 これが、現在のユグドレアでの空間転移のスタンダードである。




 今回、宗茂達が造ろうとしている長距離空間転移陣は、大森林側の魔導粉体を掴み、王都側の陣まで引っ張る必要がある為、魔導粉体自体の強度を高めつつ維持できる持久力が必要になる。

 それに加えて、精緻な魔力制御と高い魔力量がなければ、成功することはないだろう。

 現在、ナヴァル王国内でこの作業をこなせるのは、ゲイルの妹のリィルを含めた1万人超の魔導師や魔導技術師の中で、たったの4人である。


 但し、これは長距離空間転移陣を造る場合に限った話である。


 短距離、例えば町の端から端くらいの距離ならば、製造難易度はかなり下がる。

 あくまで、長距離空間転移陣の製造難易度がずば抜けて高いということだ。

 とはいえ、負担は大きいものの、単に人々を連れて行くだけならば片道でも構わないのだが、


「大森林側から陣を繋げねえと物資の流通に時間が掛かりすぎちまうぜ、ムネシゲの旦那。その辺り、どう考えてるんで?」


 宗茂を旦那と呼ぶのは、ラーメンハウス 宗茂の経営管理いわゆる経理を担当することになったドルトル。

 そう、あのダグラダマーケットの大幹部にして、王都に店を構えるドルトル商会の会長である。

 現在は、本社にあたるラーメンハウス宗茂に勤務しているという形だ。


 ダグラダマーケットが、ラーメンハウス宗茂との企業提携という形の実質的な傘下入りを決めたのは、ドルトルがラーメンハウス宗茂を訪れた日から3日後。

 ドルトルがダグラダに直訴し、宗茂との対談を成立。ドルトル達は、自分達のを宗茂に語り、宗茂はドルトル達にラーメンを振る舞う。

 宗茂はドルトル達の事情を汲み取り、ダグラダはラーメンを食し、ドルトルと同じようにラーメンハウス宗茂の商業的潜在力を知ることなった。


 宗茂はいくつか条件を出した上で合意し、結果、その場でダグラダマーケットの傘下入りが決定、今現在に至る。


「俺並みに魔力を持ってる奴がいればいい、それだけの簡単な話だろ?」

「いやいや、旦那並みとか、魔法師団長クラスでも足りな、い…………えっ、いや、まさか……」

「アタシも嫌な予感がしたわよ……ムネシゲ、あんたまさか……」

「実はな、この世界に来て、唯一倒しきれなかった奴がいるんだよな……アイツなら不足はないはずだ」


 本多 宗茂は歴代最強の英傑であり、ユグドレア最強の人族である、は。

 その力は、ユグドレア最強生物である竜種の中でも最強である竜族の長――覇竜と同等であり、直仔である七源竜と呼ばれる竜族をも凌駕する、は。

 宗茂は、ユグドレアで目を覚ましてすぐにデラルスハイオークとエンカウントし、瞬殺した。

 問題は、状態のデラルスハイオークであったこと、つまり危険と判断した存在から逃げていたこと。


 だからこそ本多 宗茂は、異世界に来てから30分後に、世界最強の一角と対峙したのである。


 このときの宗茂は、憤怒の権能はおろか、ステータスユニットとスキルボードの恩恵もない、着の身着のままで異世界にやってきた現代地球人だった。

 断言しよう、未接続のただの地球人では、例えや英傑などがもつスキルやスペリオルスキルがあろうと意味を成さず、ユグドレア最弱の魔物であるゴブリンリトルですら殺すことはまず不可能だと。


 それは、今にも折れそうな木の枝で分厚い鉄板を貫けと言われてるに等しいのだ。


 歴代最強の英傑と呼ばれる所以は、ユグドレアという世界の常識すら破戒する、本多 宗茂という男の地力の凄まじさなのである。

 その凄まじさは、 星 銀 ミスリル等級に認定されている魔物と肉弾戦ができるほど……なのだが、ひとつ、訂正と補足をしなければならない。


 傭兵ギルドや冒険者ギルドによる魔物等級認定は、あくまでも驚異度を示すもので、魔物の強さを示すものではない。


 例えば、星銀等級であるデラルス大森林の東の支配者、カイゼルオーク軍。

 リーダーであるカイゼルオークの変異種、通称、デラルスカイゼルオークは星銀等級の下位。主力であるデラルスハイオークは金等級。部下であるデラルスオークは銀等級。これが個体の評価。

 積極的に人族領域へ戦を仕掛ける高い攻撃性と、他種族の雌をさらって母胎にするという残虐性の高い生物特性。最低でも10万体以上の群れを形成する繁殖力。


 個体の評価に、これらの項目を合わせた総合的な評価として、星銀等級の上位という評価になっている。


 例えば、デラルス大森林西の最奥に座す、ある魔物。

 その魔物が魔物領域から離れることはほとんど無く、無闇に生息地域を荒らさなければ危害を加えられることはない。

 その存在が、本来与えられるべきである最上の等級である 神 魔 金 オリハルコン等級ではなく、ひとつ下の星銀等級である理由。

 それは、あえて等級を下げることで割りに合わない討伐報酬へと価値を下げ、いたずらに刺激を与える頻度を抑制し、不要な被害を増やさないようにするためである。


 それはつまり――


「あの青トカゲなら、話せば応じてくれそうだしな」




 覇竜の直仔であり 七源の青 オリジン・ブルーたる蒼竜、いや――蒼穹竜ジ・ブルー ファクシナータが、世界最強の一角であることを疑う者は、ユグドレアにはいないということだ。






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