ナヴァリルシアの受難:序
彼の名はデイビッド、41歳、平民、ナヴァル王国第2騎士団
王国内の治安維持を主目的としている警邏課、その中でも王都ナヴァリルシア平民街を担当する第4分隊の隊長であり、同僚からの信頼厚きベテラン騎士である。
日々誠実に騎士としての職務に励む彼のことを、平民街に暮らす者達はとても頼りにしている。
そんなデイビッドのマイブームは、平民街に最近出店したラーメンハウス
今日も今日とて、愛する妻と娘2人を連れ、素晴らしい夕飯にありつきたいものだと考えていたが、そんな彼のささやかな願いは空しく散ってしまうことになる。
「っっっ!? な、なんだ、今のは!?」
平民街西部に響き渡る轟音は、彼に役割を与える。
(方向からすると西門か……あの凄まじい音、いや、まさかな……)
轟音がもたらした不穏な気配を、住民達は嫌が応にも受け入れざるを得なく、不安に揺れ動く感覚を共有していた。
不安な面立ちの人々に優しく声をかけながら、デイビッドは門へと駆けていく道中、同僚達と合流、共に進んだ先で、デイビッドはその光景を目の当たりにしてしまった。
「そ、そんな……バカな……」
ナヴァル王国にとって最大の敵である人族領域の東側にある2国――ランベルジュ皇国、アードニード公国の連合軍による幾度の挑戦でも成し得なかったこと。
タイミングが悪く、20万超の大軍勢にまで膨れ上がったカイゼルオーク軍ですら不可能だったこと。
難攻不落にして絶対不敗。
ナヴァル王国の象徴にして誇り。
それは、味方を護り、敵を阻む、そのために存在する。
だが今はもう――
(いったい何が……ん?)
意気消沈するデイビッドの視線の先、灰色の軽鎧を着込んだ集団。その灰色――
僅かばかりの安堵とともに、先に到着していた同僚と合流しようとして気づく。
皆が、じりじりと後ずさっていることに。
戸惑うデイビッドの足が止まり、同時に人だかりが割れ、その
その人物は、周囲に漂う緊張感とは正反対の、まるで力みを感じさせないゆったりとした歩みで進んでいた。
だがデイビッドは、その人物を見た瞬間に察した……察してしまった。
(無理、だろ、こんなの……団長どころか近衛の奴らでも……)
ユグドレアでは、ステータスユニットの影響で、加齢に比例した運動能力の低下は皆無に等しい。
そのため、修練の積み重ねが紛れもなく実力の向上に繋がる、戦えば戦うほど強くなる世界である。
それゆえに、老齢だからと油断するような武人は少ない。
そして、ナヴァル王国の騎士、特に平民ゆえに余計なしがらみがない第2騎士団に所属する騎士達は精強で知られている。それは齡40過ぎのデイビッドも同様だ。
だからこそ、ひとかどの武人たるデイビッドだからこそ、察する――目の前を通り過ぎた存在がそうなのだ、と。
王都ナヴァリルシアの誇りたる王都西門を、数多の強敵を
約3分前、王城が揺れると同時に轟音が響いた。
しかし、彼が興味を惹かれたのは、覇気とも闘気とも受け取れるほどの、尋常ならざる凄まじい気配。
その気配の持ち主であろう賊は、明らかにこちらに向かってきている、であるのならば、その目的はひとつだろう。
彼の主君――ナヴァル王国国王。
今現在、他の王族は王城にいない。
もし、賊の狙いがナヴァル王国の宝の数々だとしたら、あれほどの気配を垂れ流しにする意味はない筈。
つまり、自身の存在が露見しても構わない、それが問題にならないだけの強者なのだろうと、彼は結論づけた。
「むぅ……先ほどの音は結局何だったのだ」
「……おそらくは侵入者かと」
「な、なんだと! では御主自ら――」
「……少し遅かったようです」
彼の言葉を証明するかのように、謁見の間の大扉が勢いよく開かれる。
それと同時に、水切りの石が水面を駆けるが如く、数人の騎士が国王と彼のすぐ近くまで吹き転がされていた。
「な、なんなのだ……あれは」
「……賊であり武人、ですな」
強引に開かれた大扉から現れたのは、
その大男から放たれる圧倒的な気配は、武人とは程遠い国王の心を一瞬で恐怖で塗りつぶし、思考を狂わせる。
(なんたる僥倖……久々に愉しめそうだ)
だが、王の側に控えている彼は、変わらぬ表情のその内で、心を喜悦一色に染めていた。
カイト=シルヴァリーズ、齢31。
ナヴァル王国子爵にして、黒刃の異名を持つ最凶の魔法騎士であり、ナヴァル王国近衛衆の
つまり、ナヴァル王国最高の武人、その1人に数えられる強者である。
「……我が主君に何の用だ、侵入者よ」
「…………」
カイトと、侵入者と呼ばれた黒髪の男が向かい合うと、謁見の間全体が軋み始める。
空気も内壁も、ガラスがひび割れているような亀裂音を発していた。
――
今現在の謁見の間を表現するのに、これ以上ふさわしい言葉はないだろう。
あまりに刺々しい空気の中、白く輝く
それは、世の武人が驚嘆せざるをえない魔術の極致、
「強装術――」
――
――
――
「付与術――
そしてカイトは、黒刃の異名にふさわしい黒き刃を顕現させる。
世間では、2種の強装術や付与術を行なうだけでも至難であるという認識である。
それを4種、しかもシャープネス、リジダイズ、エラスティックの強装術にいたっては、上級術式と最上級術式の重ねがけ。
さらに、最上級付与術であるエレメンタルセブンスで剣身を覆うという大盤振る舞い。
成功難易度はかなり高いはずだが、カイトはそれを事も無げに行なう。
ナヴァル王国最強の1人に数えるにふさわしい、精妙な技術と言える。
さらに付け加えるならば、カイトが強装術と付与術に費やした膨大な魔力圧縮に耐える神魔金製の長剣、銘をレイヴォルトと呼ぶ名剣が、彼に握られているのも大きい。
(それにしても、私以外の近衛相手に
ナヴァル王国最強にして人族最強集団の呼び声高き、ナヴァル王国近衛衆。
カイトと対峙している黒髪の男が、本来姿を見せねばならない
たしかに、一人一人はカイトに劣るとはいえ、王国最強の近衛衆を相手にし、手傷を負わずに国王の眼前まで侵入した者は、歴史上、皆無である。
だからこそ、カイトは笑みを――
(すぐに壊れてくれるなよ、侵入者)
嘲りの意がこもった笑顔を浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「――Boot up to skill board. I will command you. Put my skills ready and wait」
それは古き時代より語られし言語のひとつである
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