緊急速報! あの北の支配者ことダグラダマーケットが、まさかの陥落か!?




 その出会いは、本多 宗茂が、異世界でどのように生きるかを決めた、まさに運命と呼べるものだった。


 ――私に力を貸してもらえませんか?


 彼女の言葉に込められている想いに、万感たる想いを抱いた宗茂は、彼女の願いに手を貸すことを決めた。




 を取り戻してほしいという、その願いを。










「ふざっ……けるなっ!!」


 やや薄暗い部屋に響く怒号、その威勢が空間を緊張感で満たしていく。


 彼の名はドルズ。

 貧民窟北の支配者、ダグラダマーケットのダグラダと覇を争う東の暴君――ドルズ商会会長、齢は52。

 ワナワナと身体を震わせるさまは、今にも噴火しそうな活火山を思わせる。それほどまでにドルズは怒っていた。


 その理由は、


「貴様らは能無しなのか……オレの欲しい報告をなぜ持ってこない!!」


いつも通りに彼が望んでいた報告がこないこと。そのことにドルズは憤っていた。

その報告が来ないことには、彼が安心することができないからだ。


「このままじゃが売れ残るだろうがっ!?」


 魔薬――堕落水フォールンと呼ばれるポーションを製造及び販売しているのは、ドルズ商会である。

 総売り上げの実に約4割を占める、に並ぶドルズ商会の主力商品、それが堕落水。

 そのため、売れなければ文字通りの死活問題であり、このままでは貧民窟の巫女姫争奪戦から脱落しかねない。

 だがそれ以上に、慎重極まるダグラダがその重い腰を上げ、ドルズ商会に全面戦争を仕掛けかねない。

 勝てる状況になるまで動かないダグラダが動くという意味、そのことを他の誰よりも知っているドルズは、周りが思っている以上に焦燥していた。


 ドルズ商会は、かつてないほどの危機に見舞われていたのだ。

 その理由、原因、元凶は――


「なぜだ……どうしてあんなメシ屋を潰せないんだよっ!? うちはいつからこんなに弱くなった……なぁオイ!?」


 2週間前、貧民窟にある孤児院の庭で、とある食事処が開店した。

 その店で提供している食事は、今まで味わったこともないほどに美味で、病みつきになる者が続出する。

 ちょうどその頃から、貧民窟のドルズ商会の各支店に訪れる者が減り始める。


 そして5日前、魔薬の売り上げが明らかに鈍っていることがドルズの耳にはいる。


 その理由が、孤児院の食事処が提供する食事だと知ることになり、すぐさまドルズ商会が得意とする便な交渉を開始。

 しかし、交渉は難航し、ドルズは苛立ちを隠すことが出来ないほどに怒りをあらわにしていた。

 トントンと部屋の扉をノックする音に、


「ちっ、なんだっ! とっとと入れ!」


 し、失礼します、と、気圧された返事とともに入ってきた商会員はドルズに伝える。


「お客様がお越しになられました」

「客だと……誰だ?」

「そ、それが……」


 言い淀んでいる商会員に対し、イライラが止まらないドルズ。


「いいから言え、早くしろ!」


 今にも爆発しかねないが、なんとか踏みとどまったドルズ。無駄な時間の浪費が、商売人にとって一番の損失であることを脳裏に残す程度の理性はかろうじて保っていた。




「は、はい……ダグラダマーケットのドルトル様です」










「……なにを考えてやがる」

「さて、なんのことでしょうか?」


 人払いを済ませたドルズ商会会長の部屋で、会長であるドルズとダグラダマーケット幹部の1人であり、ダグラダの懐刀と言われているドルトルが顔を合わせていた。


「タイミングだ……ダグラダのとこの大幹部であり、のオマエが、今、このタイミングで来ることの意味……


 ドルズとドルトルは兄弟である。

 貧民窟で育ち、今はもう商会での下働きから商売人としてのキャリアを積み上げ、それぞれが店を持つまでに至った。

 同じ道を歩んでいたはずの兄弟が、道を完全にたがえたのは、ある商品の存在。


「……悪いな兄貴。話を伝えるには、俺が来るのが確実だったからな」

「ふんっ……それで? 魔薬嫌いのオマエがわざわざ来たのはなんだ?」


 魔薬――堕落水(フォールン)と呼ばれるポーションを、貧民窟の頂天に立つためにドルズが扱うことを決めた時、ドルトルはドルズとの縁を切った。

 それ以降、ドルトルが自主的にドルズに会いに来ることは無くなった。

 そんな彼がわざわざ会いに来たという現実は、ドルズでなくとも只事ではないと理解できる。ましてや今は、ドルズ商会にとって看過できないほどに切迫した状況。


 自ずと浮かび上がる答え――東と北の戦争。


「……ダグラダ会長からの言葉を伝えに来た」

「やはりか……そうか、とうとう戦争か……」


 ドルズの胸中は複雑だ。

 ドルトルとのこじれた関係性は、自らが至らなかったと理解しているからだ。魔薬に手を出したことは若気の至りとも呼べる行為だったと、他ならぬドルズが一番理解していた。

 だが、いまさら手を引くことはない。

 その愚かさを含めて、ドルズは今の立場、東のドルズとまで呼ばれるようになったからだ。


 ドルズは覚悟を決めた。


 かつて世話になったダグラダ、そして今なお愛している弟との決別――どちらかが死すとも、戦うことを心に命じていた。

 そして、疎ましくも待ちわびていた台詞をドルトルの口から告げられたとドルズは、一瞬、我を忘れてしまった。


「俺たちダグラダマーケットは、ラーメンハウス宗茂にくだる」




 自分の知らぬ間に、貧民窟の主導権争いの相手が代わっていた事実に、驚きのあまり動きが固まってしまったドルズがそこにいた。






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