調査員ドルトル −人生を変えた一杯− 前編




(それにしても……これは本当なのか?)


 ドルトルは、掘っ建て小屋風の厨房の脇に置いてある、大きな木板に書かれてある文字を信じきれていない。

 トッピングと書かれ、線で囲われた中に、その文言は書いてあった。


 ――デラルスハイオークの煮込み肉


(しかも、この値段で?)


 ドルトルは、メニューを詳しく読みこんでいく。


 最初の1杯にはトッピングとして、デラルスハイオークの煮込み肉を一口サイズに切り分けたものが5枚、コカトリスの1個が付いてくる。

 さらに読み進めると、麺の大盛りは無料、麺の追加――替え玉が1回は無料であると書かれていた。


 ドルトルの思考を、驚愕と疑念が支配していた。


 ドルトルは商売人である。

 彼は、その才覚で、貧民窟というドン底から王都の商人街に店を構えた。

 平民が至れる頂天、其処に実際に辿り着くという、リルシアンドリームを叶えた男、それがドルトル。


 稀代の商才を持つ、ダグラダの懐刀と呼ばれしダグラダマーケットの大幹部である。


 それほどの商人だからこそ、わかることがある。

 オークの中でも最高級品のデラルス産、それもハイオーク。

 平民はおろか貴族でもそう多くは食べる機会のない、宝物に等しいそれが鉄貨5枚で味わえる。

 それは、ドルトルのような商売人からすればお伽話と変わらない、与太話の類いにみられてしまうような、荒唐無稽な話である。

 だからこそメニュー表の文言を見て、その異常すぎる常識外れのやり方に困惑しながらも感心しては動揺するという、本人でも整理のつかない思考状態になったのだ。


(まずは確認だ……それが先決だ)


 提供される商品がメニュー表と差異がないかどうか、つまり、真実であるかどうかを一刻も早く確認しなければならない。

 ドルトルは、それこそが肝要と、なにを頼むかを決め始める。

 金髪の女店員から、初めてならこっちがいいわよ、と言われたので、エルフセウユラーメンを選ぶドルトルの脳裏には、


(ほ……本当にあの令嬢が店員だとは……)


 ドルトルの元に上がってきていた情報には、雷迅ゲイルだけでなく、あのウィロウ公爵の娘に、翠風の聖女が売り子をやっているというタチの悪い冗談のようなものが複数あった。

 そんなまさかと、ドルトルは半信半疑でいたのだが、まさかの真実という現実。

 この場所はまるで新たに発見されたダンジョンのようだなと、なにが出てくるのか予想もつかないラーメンハウス宗茂という店の底知れなさに深くため息をついているドルトルだったが、次の瞬間、目が覚めたような高揚感に襲われることになる。


「お待たせいたしました、エルフセウユラーメンになります。お熱いので気をつけて召し上がりくださいね」

「あ、ありがとうございます……」


(ま、まさか聖女直々とは……)


 ドルトル商会の会長であると同時に、裏の組織の一員でもあるドルトルだが、元々は貧民窟出身。

 身分に関係なく民衆に接すると評判の翠風の聖女は、たとえ年齢に差があろうとも尊敬せざるを得ない存在だ。

 それまで気が張っていた精神が弛緩してしまうのは仕方がない。顔が緩むのも仕方がない。

 ドルトルが、「はっ!?」と、目を覚ましたかのように意識をはっきりとさせたのち、おのれラーメンハウス宗茂め……と、照れを隠すようにつぶやくのも仕方がないことなのだ。


 思わぬ羞恥に軽く動揺するドルトルの前に置かれたのは、エルフセウユラーメン。


 メニューに書かれていた通りの姿に、ドルトルは何度か頷く。

 そして、メニュー表に記載してあった店の通りに、変わった形状の木製スプーン――レンゲを握り、スープを掬い、静かに飲む。


「……な、これ、はっ……」


 思わず、いやドルトル自身も気づかずに、2杯3杯とレンゲで掬い飲んでいた――最中、正気を取り戻したのか、ドルトルは呆然と中空を見ていた。


(な、なんだこれは……違う……違いすぎる!?)


 目を閉じ、呼吸を整えたドルトルは、目の前のエルフセウユラーメンをまるで怪物と対しているかのような心境で見ていた、が、すぐに切り替えた。


(コカトリスを使うと聞いていたが……信じられん……いったいなにをどうすればこうなる……んっ!?)


 うどんを食べるような感覚、しかも考えごとをしていたからだろう、ドルトルは無意識に麺を啜りあげた。

 そして、口内に麺が到着したと同時に、ドルトルは強烈な違和感に襲われる。


(な、なんという麺の……まとわりつくスープと一緒に口の中にスルっと入ってきて、二、三んだら、なんの抵抗もなくそのまま喉に消えていった……なんと軽快な……)


 自分の喉を通り過ぎた物体の正体。それを確かめるように箸を持ち上げたドルトルは目撃した。




 それは王国でもポピュラーなパスタであるスパゲッティよりもやや細く真っ直ぐな、僅かに黄色い麺だった。




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