潜入! 噂のラーメンハウス宗茂を追え!!




「ヘイ、らっしゃいっ!!」


 威勢良く響くの青年の声が、貧民窟に暮らす者達の耳に届けられる。


 ――そこに行けば格安で美味いメシが腹一杯食える。


 そんな話が住民に広まり、ものは試しと訪れた者から語られては日増しに伸びる客の足。

 訪れた者の全てが、その食べ物を知らなかった。いや、似たような食べ物は知っている。

 しかし、舌に広がり、身体の奥の奥から喜びの感情が湧き出てくるような、その濃厚な感覚を彼ら彼女らは知らない。

 そして、一度その感覚を知れば、ふたたび味わいたいと願ってしまう。


 彼らは、その場所で提供される魅惑の一杯にどハマりしてしまい、ヘビーリピーター中毒者となった。

 その勢いはなんとも凄まじく、貧民窟の住民の間に広まっていた強い常習性のある液状薬(ポーション)――堕落水フォールンという魔薬の愛飲者、いや、中毒者までもが、その至高の一杯にどハマりした。


 感動の一杯を提供する店――ラーメンハウス 宗茂の名は、貧民窟にその名を知らし始めていた。










「エリザのあねさん、あれは――」

「ん、あー、あれね……ムネシゲのよ」

「そ ……そうなんですか?」


 ティアナとともに番外区域の用事をこなして帰ってきたゲイルが初めて目にした、首を傾げてしまうその光景は、ゲイルの口から疑問を生んだ。

 姐さんと呼ばれた、孤児院の子供たちをあやしているエリザが聞かれたこと、それは孤児院の庭にいる大男のこと。


 ――鼻歌をBGMにラーメンの仕込みをしている、ドン引きしてしまうほどに上機嫌、満面笑顔な本多 宗茂、38歳。


 宗茂曰く、特に差し迫っていない時や、趣味であるラーメンを作ってるときは、とてもリラックスしているから、普段のフランクな自分になるそうだ。

 戦っている時やラーメン屋をしている時などは、口調や言動、性格が、適したカタチに無意識に変わる。幼少期から変わらない癖みたいなもんだな、とは宗茂の言。

 落差が大きいため、別人に見られることもあるそうだ。


「戦ってるときのムネシゲもカッコいいのよね」

「私は、一見厳しそうな雰囲気なのですが、瞳はとても優しくて、またどうぞ、って優しい低音の声でお客さんを見送るムネシゲさんも好きですねー……」

「あ、あんたって見た目の割に、ガチで本気マジな年上好きよね」

「カ、カッコいいじゃないですか!」

「いや、否定はしないけどさ」

「姐さん方は、師しょ……ムネシゲ殿をよくみているんですね」


 ゲイルの言葉に反応したティアナとエリザが、宗茂の良いところ悪いところを楽しそうに語り始める。

 そんな2人を眺め、誰かに笑顔で語られる人は悪ではないだろうと、自分の見る目が曇っていないことを喜ぶゲイルは、番外区域から孤児院に運び入れたに想いを馳せる。

 番外区域に暮らす者の中で戦える連中を連れて、ゲイルがティアナと一緒に向かったのは、王都近くにある森の中で、魔物領域に認定されている場所。

 そこに潜んでいたある魔物を、宗茂の指示通りに眼を布で隠しクチバシを紐で縛って、ゲイル達は貧民窟の孤児院まで運んできた。


「……本当に、使うんで?」

「あー……心配かもしれないけど大丈夫よ。アタシとティアナで味見したし、かなり美味しいから、ねぇ?」

「ですねぇ、美味しすぎてびっくりしました……ボンジリさん……はぁ……」

「よくわかりませんが、お二方の様子を見れば問題なさそうですね」


 あのコカトリスで貧民窟の胃袋を掴むと宗茂から伝えられたゲイルは、いやいやいやそんなバカな……といった反応をしていたが、


(まぁ、少しだけ期待して待つか)


 目の前で子供達と賑やかに談笑している2人が、わざわざこちらを謀るとも思えなかったゲイル。

 半ば諦念にも似た心境ながらも、訪れるかもしれない、少し幸せな光景を脳裏に思っていた。


 1週間後、自分が想像していた以上の笑顔あふれる光景に、ゲイルは心の底から感動することになる。










(すごい賑わいだな……噂以上だ)


 孤児院前の路地に続いている行列におとなしく並ぶ、特に注目するところは感じない、1人の男。


(俺達の敵になれるか、見定めてやろう)


 ナヴァル王国のみならず諸外国にまで響き渡る悪名高き、ナヴァリルシア貧民窟の2人――北のダグラダ、東のドルズ。

 大人しく列に並んでいる彼は、北のダグラダ率いるダグラダマーケットに属する大幹部の1人。


 名をドルトル、齢48。商人街に店を構えるドルトル商会の会長だ。


 ドルトルは、ダグラダ直々の命令を受け、貧民窟で今1番ホットな話題で賑わせている、噂の渦中に潜入していた。


(ふむ、箸か……うどんとは違うと聞いていたが……)


 周りで立ち食いしている奴らをドルトルがのぞき見ると、ほぼ全員が箸――異世界の英傑が伝えたといわれる2本の木の棒で麺をすすっていた。

 うどんは、異世界の英傑が伝えたとされる麺料理で、ナヴァル王国で最も食されてるパスタ同様、ポピュラーな食べ物だ。


(このあたりのうどんはお世辞にも美味いとはいえんからな)


 だが実は、うどん、いや、ナヴァルうどんは、意外にも高級料理なのだ、特に内陸の国などでは、王族しか食さない場合もあるくらいだ。

 では、どこでポピュラーかというと、海に面した土地である。

 ナヴァルうどんのつゆに欠かせない出汁だしは、基本的に海の魚や海藻から作られる。

 確かにガルディアナ大陸も、他の大陸同様、長距離空間転移陣という移動手段はあるが、基本的に国事や軍事行為に用いられることが多い。

 民間人が使う場合、かなりの金銭がかかり、費用がかさむ。


 必然、比較的軽い商品である乾燥ダシでも、その金額が高まってしまうというわけだ。


 そして、内陸部に在る王都からナヴァル西海に面する町々の間にはかなりの距離がある。

 利益をあげられる商品は出汁の他にも存在し、採算が取れない可能性が高いことから、陸路を行く商隊が出汁を仕入れることは少ない。

 それ故に、ナヴァルうどん高級料理に含まれているのだ。

 ただし、ナヴァル王国南部には広大な平野部が広がっているため、小麦の生産は盛んである。


 結果として、小麦の加工品であるパスタやうどんの麺大量に出回っている。


(クズ肉で煮込んだうどん……子供の頃はよく食っていたな……)


 今でこそ貧民窟を牛耳る組織の片割れであるダグラダマーケットの幹部となったドルトルだが、元は貧民窟で生まれ育った。

 廃棄物に近い魔物の端肉をタダで手に入れ、近場の森から食べられる野草をつみ、傷んだうどんを貰って、ごった煮で食べる。


 今も昔も、貧民窟では珍しくない食事情である。


(この値段でまともなものが腹一杯食えるなら、そりゃ通いたくもなるだろうな)


 エルフセウユ、塩、どちらも一杯 鉄貨5枚。


 平均的な成人男性が、平民街の大衆食堂で食事した場合、1食あたり約銅貨1枚、鉄貨10枚相当である。

 貧民窟に大衆食堂はなく、酒場がほとんど。それも酒に比重が傾いているため、まとめな食事は提供されない。

 そのうえ、いわゆるボッタクリも横行しているので、実質的に身内専用。


 つまり、ダグラダやドルズの組織に属する者達しか気軽に利用はできない。


 それらに属していない貧民窟の住民が腹を満たすには、彼ら彼女らにとってみれば高級である平民街の食堂に行くか、自分達で材料を調達して劣悪な環境で調理された物を食さなければならない。




 貧民窟とは、そういう場所なのだ。





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