コカトリスを信じる俺を信じろ!!




 その店に初めて訪れた者は、まるで打ち合わせでもしたかのように、そのにおどろく。


 来店した客は、空席に案内され、メニュー表が渡される。それと同時に、1杯のスープがテーブルに置かれる。そのスープは、店側のサービスとして提供される試供品なのだが、ほとんどの客がその見た目におどろき、戸惑ってしまう。それは何故か?


 そのスープが、だからだ。


 ナヴァル王国でスープといえば、デラルス大森林のような魔物領域で採れる野菜や根菜、そこに魔物の肉を加えて煮込んで作る、スープが代表として挙げられる。

 ただそれは、ガルディアナ大陸のみならず、現在のユグドレアという世界において、標準的なスープの作り方である。

 店側からの「まずは一口」という催促の言葉で、スプーンを手に取り、透明なスープに挑んでいく1人の客。おそるおそる口に含んだ瞬間、彼らの常識が、粉々に壊されることになる。


 ――な、なんだ、この味は……。


 塩で味を整えてあるだけの簡素なスープは、店のメニューに載ることはない、単なる試供品である。

 だが、見ためからは想像もできない旨味の奔流に客は抗うことができず、一瞬で虜になってしまう。

 スープのおかわりを求める客も多いが、あくまで試供品だということで断られてしまい、悶々もんもんとしながらメニューを決める新規の客、そんなを眺めてニヤニヤする常連客、という図式は、もはやこの店の当たり前となっている。

 そもそもの話、この店を訪れた客のほとんどに期待感は無きに等しかったのだ。


 なにせ、取り扱う食材が、蛇鶏コカトリスだからだ。


 ナヴァル王国であれば、平民の中でも、貧民と呼ばれる低収入の者たちしか食べることのない魔物が、コカトリスである。可食部も、卵を除けば、もも肉や手羽の先肉だけ。

 それ以外を食すと毒に侵されるといわれており、貴族をはじめ、多くの者に忌避されているのが、コカトリスという鶏型の魔物の実態である。

 そんなコカトリスをあつかう店に、過度な期待をする者は皆無であり、ほぼ全ての客が、コカトリスなのに美味い、という、まことしやかな噂に、好奇心が刺激されやってきた者達。代金がそれほど高くないことも影響している。


 つまり、金をドブに捨てるような心境で、その店に訪れていたのだ。


 だからこそ、出てきたスープの異様な見た目と、その美味しさとのギャップに、それを初めて味わった者はみな、おどろきを隠せないでいたのだ。

 だがしかし、高いクオリティだったからこそ、疑問を覚える者もあらわれる。


 ――本当に、あのコカトリスを使ってるのか?


 そんな当然の疑問に答えるかのように、店主が翌日の仕込みを始めた。目に布を被せ、クチバシを縄で縛ってある、人族の子供ほどのサイズのコカトリス。その首根っこをつかんで、作業台に横たわらせる店主の袖から伸びる腕はふとく、だが極限まで引き締まってるのが一目でわかる。

 だからだろう、それを眺め見ている客は、店主から醸し出される威圧感に、思わず生唾を飲みこみ、同時に、場に静寂が訪れていた――来店している客の全てが口を閉じ、店主をみつめたからだ。


 突如として生まれた空白の時間、それは全て、店主の挙動をうかがうためのものだ。


 人間大のサイズが特徴的な特大剣グレートソード、それを半分に叩き割ったかのような、重厚感のある肉斬り包丁、それこそが店主の相棒。


 そして、店主が相棒を手に取った瞬間、それを認識した者すべてに、それが訪れた。


 ――悪寒にも似た、しかし、明確にちがうとわかる身震い、身体中に鳥肌がたつほどに凄まじいなにかが、身体中を駆けめぐっていた。


 まるで、超一流の楽団の演奏を聴き終えたかのような、そんな凄まじい感動に匹敵するソレを、その場にいたすべての者が感じていた。

 きっとその場にいたほとんどの者が理解できない、不可解すぎる現象であり、その理由を知る者は限られる。

 そんな限られた者の1人である翠髪の女性店員は「カッコいいですね」と微笑み、黄金をたなびかせる店員は「大人気ないわね」とあきれていた――鳥肌がたったことで、彼が本気になったということをしったから。


 ――『料理 極』。


 極まっている、と、ユグドレアに認められているからこそ、スキルボードを接続した瞬間に、そのスキルの名に恥じぬようにと、店主は自らの意思を示した――期待していいぞ、と。


 みなをふるわせた感動の正体、それは、期待感。


 ――包丁を握り、静かに佇む姿。


 店主は、それを見せただけで、客の疑念すべてを、期待感へと変えたのだ。

 そして、を周りの客達に告げながら、店主は、コカトリスの首を根本から一息にはねる。


 ――そんなバカな、と。


 戸惑う客たちはつぶやきながら、同時に、あのスープの味を思い出しては、にやけ顔で店主の言葉を反芻はんすうする。

 やがて、客の胸中には、もしかして、という想いが生まれ始めていた。


 ――コカトリスは、首から下の全ての肉が食べられる、非常に美味な魔物だ。




 店主の言葉は、客の常識を破壊しつつあった。









「……どうだ?」


 言葉をうながされた人は、よくみしめたのちに、思いの内を吐きだすように口をひらく。


「とてもプリプリしていて、噛みしめるたびにジュワーって脂があふれてきて……おかわり、いいですか?」


 おかわりを、控えめながらもしっかりと催促するのは、聖女候補であり、平民の間で翠風の聖女と呼ばれている、翠髪の少女ティアナ。


「アタシはコレが一番ね。この、こりこりサクサク感、やっばいわぁ……エールにも合うわね……んっんっんっ、ぷはぁぁっ、もう一杯っ!! あ、コレもおかわりね」


 おかわりに加えてエールまで要求する金髪少女が、特等級鑑定師にして名探偵の二つ名をもつエリザベート=B=ウィロウ。


「あんたの言葉を疑うわけじゃなかったが、あのコカトリスがこれほどまでに美味いとは……おかわり……いいのか?」

「おう、じゃんじゃん食え!!」


 控えめにおかわりを願うの青年に、満面の笑みと威勢のいい返事でこたえたのは、ラーメン大好きおっさんこと、本多 宗茂。現在は、コカトリスのを調理中。


 そう、宗茂は今、猛烈に調理中である。


 メニューその1、コカトリスレバー肝臓ハツ心臓のネギ炒め。

 主役は、コカトリスのハツとレバーとデラルスネギ。

 宗茂特製の万能ダレ――エルフ謹製の醤油であるエルフセウユと、デラルスオークのゲンコツスープ、細かく刻んだデラルスネギに加えて、地球のものよりも一回り大きい、ニンニクに似たナヴァルガーリケを用いて仕込んだ、合わせ調味料――で以って、デラルスネギをお供としてハツとレバーを炒め、ミディアムとミディアムレアの中間という、絶妙な火加減で仕上げた一品だ。


 メニューその2、焼きコカトリス串。

 メイン食材は、コカトリスの尻まわりの肉であるボンジリと、ニワトリと同じように、歯を持たないコカトリスの胃に繋がる、砂嚢さのうと呼ばれる消化器官である砂肝である。いずれも、ナヴァル王国南西に位置する、ナヴァル西海産の粗塩で味付けし、仕上げに、レモンのような酸味をもつカルコの実を切り分けたものを添えて、完成する。

 その2つの部位を串打ちし、炭火で、じっくりと焼きあげている。


 ちなみに、翠風の聖女をとりこにしたのは、ボンジリ。カルコの果汁を軽く振り、表面の脂がツヤを増したと同時にひろがる、その魅惑的な香りは、もはや暴力的ですらある。

 全体的にあっさりした味わいながらも、海塩が引き出した独特の旨味を、サクサクとした食感で味わえるホルモンの正体は、砂肝。エールとのコンビネーションで、金髪美少女探偵を翻弄ほんろうしていた。


 コカトリスを堪能たんのうし、堪能させている宗茂達がいるのは、王都ナヴァリルシア平民街にて、もっとも治安が悪いといわれている貧民窟、その一角に居をかまえる孤児院の庭である。


 この場所は、コカトリス料理を微笑みながら堪能している、と出会った場所でもある。




 宗茂達が、赤髪の彼と出会ったのは、謎の4人組の噂が流れはじめる、1週間前のことであった。



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