名探偵助手 ムネシゲくん! 前編




 彼は、ただただ困惑し、そして、気付かされた。


 ――これはまずい、と。


 兆候はあった。それは、勘違いと呼べるほどに些細ささいなものだったが、それでも、やはり見逃してはならない兆候だったのだ。

 だが、それら全てを含めた上で、今現在の窮地きゅうちを招いたのであれば、やはりそれが全てだったのだろう。

 だからこそ、あまりにも悔しいのだ。


 という情報に、ほんのわずかでも疑問を抱ければ、違った結末になっていたかもしれないからだ。


「こりゃあダメですぜ、完全に――」

「黙ってろっ!!」

「へ、へいっ……」


 彼らの主である彼は、頭をかかえて、ボサボサにさせられた髪ごと肌を掻きむしり、苦悶を感じる音を吐きながら、あの光景のことを考えていた。


 店から勝手に持ち出されたと、涙をながしながら抱き合う

 続いてあらわれたのは、不揃いで不恰好なを持ち、決死の覚悟を感じさせる面構つらがまえで、店の前の道を埋め尽くす奴ら。

 彼からしてみれば、その状況に限ってのみ、まだなんとか取り返しがついた。とはいえ、彼にとっての最悪が、確実に存在しつづけている以上、このままでは破滅することになる。そのことを、十二分に理解している彼は、発狂寸前の心を必死におさえながら、なんとかならないかと思考をめぐらせていた。

 だが、さきほどまで鳴っていた、妙に甲高く忌々しい轟音が止んだことで、彼は察した。


 ――すでに挽回の機は失せた、自分はのだと。


 絶望に脳裏を支配されている彼の耳に、コツコツコツ、という音が届けられる。

 鉄底をしいてあることで聞くことができる、その硬質な靴音は、十中八九、報告にあったが奏でているのだろう、彼は確信とともに視線をむけた。

 そんな彼の予感を裏切ることなく、その場にあらわれた大男は、オーガを模したような黒い仮面をかぶっていた。

 黒仮面の大男はなにも語らず、彼のもとへと向かい、その横を通りぬけ、店正面の扉をぬけ、路地へと到着する。路地に姿をあらわした大男は、視線をめぐらし、静まり返った者達へむけて、一言つぶやいた。


 ――撤退だ。


 路地にひびいた、その一言、その言葉をきいた集団は、王都の出入り口の一つである西門へ、自然と足並みをそろえながら進んでいく。

 その光景をみた彼は、地面へと力なく座りこむ。


 集団を構成している者たち、その大部分は、とてもせさばらえている非常に細身な者たちで、彼や彼の仲間達がと呼ぶ存在である。




 非合法な奴隷売買を生業なりわいとする奴隷商、つまり、彼の身に、これから自業自得な不幸がおとずれることが確定した、その瞬間こそが、今であるということだ。










 ナヴァル王国王都ナヴァリルシア。

 かつての人族領域において、最盛の都市とよばれた美都は、現在、異常という言葉がよく似合う、狂気が蔓延まんえんしている魔都となっている。

 一昔前にはあたりまえだった光景が、今はもう見ることができなくなっていた。


 ネフル天聖教ナヴァル王国本部に所属する、をとなえるバルグ=オルクメリア枢機卿が、王国に存在する人族以外の種族の居住権を、根こそぎ奪い取ったことが原因である。


 現枢機卿バルグ=オルクメリアが、強権を振るってまで暴挙に等しい行動を起こした理由は、先代枢機卿が獣人族の手にかかり命をおとしたことにあると




 ――先代枢機卿である我が父は、ネフル天聖教のもっとも基本的な教義である、全ての種族が愛しあえるように導いていくという、教会に属す者が目指している、全種族融和を実現させようと尽力した、まさに本物の聖職者だった。

 ――模範たるうる指導者を殺した罪は重く、潜在的に危険性のある、人族以外の種族と生活をともにするのは、無辜な民衆に無用のリスクを背負わせてしまう。

 ――よって、ネフル天聖教ナヴァル王国教会本部最高責任者である私、バルグ=オルクメリアの名のもとに、人族以外の種族に対し、ナヴァル王国全都市への立ち入り禁止、および、居住権の強制失効を王国へと要求する。

 ――なお、この要求は、ネフル天聖教で定められた、現地裁定権にもとづくものである。




 これが5年前、先代枢機卿が殺害されたのちに、ナヴァル国王へと伝えられた、現枢機卿の文言であり、要求であり、声明である。







「ね、バカバカしいでしょ?」

「たしかにな。真実をしっていれば、枢機卿が、欺瞞ぎまんにまみれているペテン師にしか見えん」

「私もです……そんな人を信じていた自分がはずかしいです…………ぐすっ……」

「い、いや、ティアナ、あんたを責めてるわけじゃ……ええいっ!」

「ふぇっ!? エリザざまー、わだじ、わだじぃぃ……」

「はいはい、泣きなさい泣きなさい……」


 ――バルグ=オルクメリア現枢機卿は、先代枢機卿ジルグ=オルクメリアを秘密裏に暗殺し、ステータスユニットとスキルボードを奪い、枢機卿の座に就き、人族以外の種族を排斥はいせきした。


 これが事実であるのはまちがいない、だが、すべてでもないな、と、宗茂は思う。

 枢機卿の座、スキルボード奪取、人族以外の種族の排斥。推察の指針にふさわしいのはどれか、宗茂は思考をめぐらせる。


(枢機卿に関しては、基本的にこれ以上の進展をかんがえる必要はないだろう……てっきり枢機卿になるのに必要なスキルがあるからこその、スキルボード奪取かとおもっていたが……)


「んー…………特にないんじゃないかな。枢機卿っていうのは基本、聖官の投票できめられるからね。そりゃ派閥争いは当然あるけど、仮にもオルクメリアの家系だし。実際のクソ野郎な部分はともかく、表向きは敬虔けいけんな聖官だからね。もし、先代が突然ぽっくりったとしても枢機卿になってたと思うわよ」


(――というエリザの言をふまえると、枢機卿の座に関しては、いま考えることではない。本人にでも聞いた方がはやいだろうな)


 では、と。

 最後の、人族以外の種族の排斥はどうかと、宗茂は思考をめぐらしたものの、実際のところ、さまざまな影響と変化を与えているのはであると、最初から理解している。


 ――奴隷。


 強制退去の際、衛兵や聖官の指示におとなしく従った者もいれば、抵抗した者もいたはずだ。そして、抵抗すれば罪に問われる。

 そういった犯罪者は、衛兵詰め所などに一旦は引き取られるであろうが、引き取る相手は壁の外で、しかも中には入れないため、引き取ることは不可能。しかし、犯罪者として逮捕している以上、釈放はできない。

 存在する選択肢は、死罪や強制労働、もしくは奴隷落ちである。だが、彼ら彼女らの場合、軽犯罪相当でしかないため、奴隷落ちが順当である。




 そうして、大量の犯罪奴隷がうまれた。




 奴隷制度は、天聖ネフル=ベルナスが作り上げた、社会的弱者の救済機能である、と、いわれている。

 公に存在する奴隷商のすべてが、国の管理下にあり、国からの認可がなければ営業はできない。

 奴隷の値付けも、奴隷に至った経緯を考慮されるため、法外な金額になることは、基本的にありえない。

 また、一部の奴隷を除き、奴隷の親族に購入優先権がある。

 そのため、もし親族以外からの購入検討が確認された場合は、親族に一報がはいるようになっており、そこで交渉がおこなわれる。

 さらに、すでに売られていた場合でも、親族が買い戻すことが可能。大概が割増しされた価格になるが、割増し分は国が補填するため、トラブルになることは少ない。

 ただし、犯罪奴隷には、これらのすべてが適用されない、なぜか?


 それこそが、犯罪奴隷に与えられる罰だから。




 つまり、犯罪奴隷だけはそのすべてを、奴隷商で決めることが可能になるということだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る