名探偵 エリザ −助手が優秀すぎて困るのよっ!?− 後編




 宗茂の眼に映るのは、明らかに矛盾だらけに見えてしまう、獣人族の遺体現場。


 その矛盾を、宗茂は、解き明かす。


 即死し得ない状況であるにも関わらず、即死したとしか思えない、彼の遺体の状況。

 これは、とある推測ひとつで覆すことができる。

 彼は、窓を飛び降りた時点で既に死んでいた、いや、


 そう、死体であれば、中庭に落とされた後に、地面を荒らすことなどあり得ない。


 そして、先代枢機卿殺害事件の現場映像は、獣人族の彼が殺害されたことを示唆する、証拠に等しきものを写していた。

 彼が、中庭に落ちる前に、既に殺されていることを示唆してくれたのは、


 何故、彼はわざわざ、廊下の窓から出たのだろうか――より近い距離に存在する室内の窓から出ることを選ばずに。


 教会の実質的なトップである枢機卿の部屋には、立派な窓がある。獣人の彼が先代枢機卿の殺害後、迅速な逃走を目論んだのであれば、廊下の窓から飛び降りるよりも部屋の窓から飛び降りた方が、より簡単に逃げられるはず。

 廊下の窓から逃げる合理的な理由が存在しない、それはつまり、自分の意思で廊下の窓を越えてはいない。




 廊下の窓を越えた時、彼は、既に死んでいたのだ。




 納得したようなティアナと満足そうなエリザ。

 獣人族の彼が、何者かに殺されたことを、現場検証をした当時のエリザも確信していた。


 だがここからは、エリザも予想もしていない可能性を宗茂が提示し始める。


「獣人の彼は、間違いなく優秀な武人であり、暗殺者だった。先代枢機卿殺害が発覚したのが、少なくとも彼が死んだ後だったことが、その理由だ。彼という暗殺者は、殺さなければ、その行動を止めることができない。それだけの実力を有していた。殺す以外の選択をさせないほどの強者だったからこそ、彼は殺された。彼に生きていられては――ことができないからだ……ん、わからないか?」


 ティアナとエリザの疑問の声を聞いた宗茂は、2人の疑問を解く為、再び語る。


「明確な殺意をもって、誰かを殺そうとするならば、そこには間違いなく理由がある。そして、今回狙われたのは、先代枢機卿であるジルグ=オルクメリア。ここからは推測になるが、獣人の彼を殺した者の目的は、先代枢機卿の

「そ、そんなわけないっ、ちゃんと確認、あっ!?」

「そうだ、だから必要だったんだ――」

「……


 目撃者がいては暗殺成功とはいえない。で、あるならば、目撃者を消すための闘いに移行するのは、なんら不思議なことではない。


「そう考えた場合、もうひとつわかることがある。獣人の彼を殺した者はおそらく、枢機卿のから侵入したのだろう。だからこそ、闘いが起きたともいえる……そうだ、位置関係だ。お互いの事情が、良くも悪くもハマり過ぎたんだろうな。片や逃走を、片や目的の物を。だが目の前のコイツが邪魔であり、いざっ、となったわけだ。位置関係が逆であったなら、獣人の彼は逃げられた筈……なぜって、建物に囲まれてる中庭に逃げた場合、目撃者が増える可能性が高いが、建物に囲まれていない裏庭なら、目撃される確率が低いからだ。だが、それも無理とわかれば、命を賭けて切り抜けるしかなかったのさ。ん、コイツらの意味か……わからないか?」


 宗茂が言い放った想定外の言葉に、エリザが軽く発狂してしまい、ティアナが宥めながらも話の続きを促す。


「――魔導技術師だよ、いないとその場で外せないだろ?」

「あっ! そっか、そりゃそうよね……」


 教会内の魔導技術師に、死体を見せるわけにはいかない以上は、殺害現場で、ステータスユニットからスキルボードをはずさなければならない。可能な限り手早く、かつ、壊さないように外し、別のステータスユニットとスキルボードを接続する為にも、必ず魔導技術師が必要なのだ。


「――って、ちょっと待って!」

「気づいたか……なら、おさらいだ。魔導技術師ってのはいわゆる技術職、つまりと予想できる。だが、間違いなく一流の戦士であり暗殺者でもある獣人の彼に、撤退の選択を消させるほどのが、事件現場にいた。もし事件現場に、こちらに情報の無い他の誰かがいたら、これまでの推理が全部台無しだが、おそらくそれは無い。エリザはともかく、他の鑑定師や衛兵に、落下死以外の選択肢を想像させなかった遺体の存在は、必要最低限の致命傷で相手を殺しきる、一流の暗殺者の姿を連想させるからだ。それほどまでに無駄を削ぎ落とし、事に臨む者であるならば、仕事に関しても必要最低限の最少人員だと思われる。先代枢機卿を、ひと突きで絶命せしめた獣人族。その獣人族に、無駄な傷を負わせずに殺しきるだけの技量の持ち主。俺の目から見ても、こな両者の技量は同等。であるならば、やはり、その魔導技術師もまた、裏組織に所属もしくは依頼された者だろう」

「ムネシゲさん、それってつまり――」

「ああ、俺たちに今もっとも必要な奴だ」


 その魔導技術師は、教会や修道院の施設を必要とせずに、接続解除ができるほどの技術と手段をもち、なおかつ存在。


 つまり、の魔導技術師。


 もし、その力が本物であれば、番外区域の人々を救うことができると、宗茂達は同じ結論に至っていた。


(なら、やはり動くしかないな……)


 それは、崩壊の始まりである。


 その日、王都の裏勢力が、生存をかけた死闘を始めさせられることが決定した。

 ありとあらゆるものが破壊されることになる闘い、その戦端がこじ開けられてしまった。

 とはいえ、それはただの自業自得。目覚めさせてはならない者を起こした罪。


 いずれ、魔族と魔物を含めた全ての種族、全ての弱き者の王と謳われる者。

 ユグドレアの守護者にして、全ての悲しみを破壊する者。


 いずれ訪れる未来にて、憤怒の破戒獣ベルセルクと呼ばれし者。


 今、彼が見据えるのは、ネフル天聖教ナヴァル王国本部。生涯を賭して平和を望んだ先達の全てを踏みにじった愚か者が住まう巣。


 ――あの子が頑張って作った平和をぐちゃぐちゃにしたバカはあそこなんだね?


 世の中には、怒らせてはいけない者達がいる。


 それは例えば、他者をを心から愛せる人達。

 暖かい陽光のような優しき、その心。そんな尊い想いを、限りなく暗く冷たく、されどなによりも熱く、全てを燃やし尽くす常闇の炎の如き、激しすぎる怒りへと変えてしまうような愚かな行為は控えるべきなのだ。わきまえねばいけなかったのだ。


 力無き者を笑顔にするために、彼は動き始めた。


 ――憤怒の権能が、再び、眼を覚ます。




 破戒獣の尾を踏んだ者の末路や、いかに。








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