仁義ある戦い −王都出張篇−

歴代最強、まさかの涙……いったい何が!?




 ガルディアナ大陸。

 その名は、かつて戦乱と同義であった。

 多くの種族が、自分たちの主とともに覇を競い、争いあう、燃えさかる坩堝と化した戦場が、いたるところに生まれていた場所。

 数えきれぬ骸が、今なお語られる英雄が、嘆きと喝采が、否応なく産み出されていた場所。

 そんな場所に、今からおよそ800年前のある日、その存在は現れた。


 ――天聖ネフル=ベルナス。


 光り輝くその姿に、大陸に住まう者は皆、言い知れぬ畏怖を感じていた。

 その強大な存在は、同じ世界、同じ大陸に一緒に暮らす命ある者たちが争いあっている姿に悲しみ、憂いていた。


 だからこそ決断した、そういうことなのだろう。


 人族領域と魔族領域、その往来を禁じるかのように――ひとつの巨大な壁を生み出したのだ。

 その壁はあまりに広く、高く、険しいものだった。


 天聖ネフル=ベルナスは、その壁を守る者として、世界最強種である竜族を、呼び出し、その存在をくらませた。




 壁は、来訪者を拒む。竜族は、決して譲らない。




 壁と竜族の存在は、人族と魔族の争いを沈静化していく。

 その様子を目の当たりにしていた他の種族は、天聖ネフル=ベルナスの想い――血を流さない平和的な解決策を望んだが故の行動だったのだと理解し、戦意を散らし、和解していくのだった。


 竜種最強の竜族が棲まう、その偉大なる壁の名は――ベルナス神山。




 そして、ガルディアナ大陸に、ネフル天聖教が産声をあげたのだった。




「――おしまいおしまい」


 それはまるで、ガラス細工の綺麗な鈴を、傷がつかないようにそっと揺らしたかのような、静かすぎるほどに静かなはずなのに、なぜか耳にはしっかり届いてるという、いささか人間離れした素晴らしく綺麗な


(これは確かに……素晴らしいな)


 呆然としながらそんなことを考えていた宗茂の、そんな戸惑いにも似た感情を散らすように、パチパチと、小気味よい喝采が周囲で巻き起こる。

 軽く慌てて拍手をする宗茂。その視線の先には、顔を真っ赤にしながら慌てふためき、何度もお辞儀をする、翠髪の少女――ティアナ。

 いつもの馴染みあるその姿を見たことで、軽く微笑んだ宗茂だが、脳裏にいた先ほどの姿に、改めて感心していた。


(なるほど、これが――か)


 ティアナの、先程の素晴らしい朗読を思い返していた宗茂は、同時に――


(まさか、童話に感動する日が来るとはな)


 日本にいた頃、当時、一緒に暮らしていた4歳の姪っ子が、宗茂の誕生日に、とある童話を、つっかえながらも一生懸命に読んでくれた。


 毎日毎日、部屋の隅っこで、宗茂から隠れるようにして練習し、本番ではうまく読めなくて涙目になりながらも、見事に全てを読み切り、読み終わった直後の「おいたん、おたんおうび、おえでとー」という、涙声での祝福の言葉をも贈ってもらった宗茂は、両眼を手で覆い、上を向くことしか出来なかった。

なお、そんな宗茂の様子を心配した姪っ子の「どうしたのー、ポンポンいたいいたい? とんでけとんでけするー?」という、その心優しき配慮には、必死に奥歯を噛み締め、涙がこぼれるのをこらえ、声を押し殺していた宗茂であった。


 そんなことを思い出し、宗茂は、何故かこぼれてくる涙をぬぐっていた。


(それにしても皮肉なものだな)


 宗茂は、今いる場所と童話の内容の皮肉さに、やるせない気持ちが抑えられていなかった。


 ――ネフルさまとオルクメリア。


 それは、ネフル天聖教大陸総本部内に、厳重に保管されてある手記を参考に作られた、童話のタイトル。先ほどティアナが読み上げたものが、まさにそれであり、天聖ネフルに祈りを捧げたことがある者ならば、誰もが知っている有名な話である。

 それはつまり、ガルディアナ大陸において、種族を問わずに語り継がれているという意味である。

 大陸に確かな平和をもたらしたネフル天聖教、その成り立ちが描かれたノンフィクションの童話は、ガルディアナ大陸において絶大な人気を獲得しており、大陸各地に存在する修道院や孤児院などで読まれる、まさに定番の読み物であるということだ。


 今、宗茂達が訪れている場所でも、それは同じこと。


 ナヴァル王国王都の、最も外側に位置する第4居住区である平民街、その向こう側。

 ナヴァル王国で多く産出される純隕鉄アダマンタイトが、経年劣化することで変化した淡隕鉄アダマスを、骨組みとし建てられた城壁の向こう側に追いやられた人々が暮らす、と揶揄される、王都ナヴァリルシアという居住域の


 そこは、ナヴァル王国の土地に、いつのまにか勝手に住み着いた人達が暮らす場所。


(……ひどい話だ)


 かろうじて倒壊せずに立つことができている、孤児院という名の掘っ建て小屋、そのまわりの空き地に、朗読を聴くために集まってきた人達。


 頭に犬や猫、兎の耳を生やした人や、羊っぽい巻貝のような角を生やした人、青い肌の妙に色っぽい格好をしてる人、耳がやたらと細長い人、体格はいいが身長は低い人。


 それら全てが、人族と同じ――人種族の者達である。


(あまりにも皮肉が過ぎるな……)


 宗茂は憐れんでいた、天聖ネフル=ベルナスと初代オルクメリアを。

 今、宗茂の周りにいる人たちは、本来ならば、城壁の内側にいた人達だった。ならば、何故こんなところにいるのか。


 それは5年前、ネフル天聖教のとある役職に、ある男が就いたことに端を発していた。










 その日、ある人物が、何者かに殺害されていたという事件が発生する。


 からの報告を受け、すぐさま事件現場に向かった衛兵達は、慎重に部屋の中へと向かう。部屋奥の机には、机の真ん中に後頭部をピッタリくっ付けながら、部屋の天井を見上げている何者かがいた。その人物は、ノドを貫かれたことで命を落としたのだろう、遺体と机の天板を貫通し、柄だけが見えている鉄製のショートソードが凶器だろうなと、衛兵は考えていた。

 殺されていた人物の周りにも、部屋の中にも、血痕が残されていたことを確認した衛兵は、血痕が扉の外の廊下にまで続いていることに気付き、開け放たれていた窓の前まで、血の跡が伸びていることを知る。

 もしやと思い、すぐさま外へ向かう衛兵達。殺害現場の部屋の真下にある中庭に到着した衛兵達の目に映ったのは、すでに息絶えていたの男の遺体であった。


 部屋で殺された男の名は、ジルグ=


 ネフル天聖教、初代枢機卿ドルグ=オルクメリアの子孫であり、、ネフル天聖教ナヴァル王国本部に所属する枢機卿、バルグ=オルクメリアの父親である。




 そう、殺されていたのは、先代の枢機卿だったのだ。







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