ナヴァル王国にうごめく正義の悪行




 その鋭い眼光で睨まれた瞬間、光が失われ、そのけたたましくも甲高い咆哮を浴びた者は、耳に音が届かなくなる。

 やがて、物言わぬ石人形へと、生まれ変わってしまうことだろう。


 げに恐ろしきよ、蛇鶏コカトリス。



 " 本当は怖い世界の魔物大全 vol.3 〜蛇鶏コカトリスと鶏蛇バジリスク〜 "より一部抜粋。




「イヤアアアアア!?」

「うぉっ、どうした!」

「ホントに苦手なんですねー」

「な、なななんで、ティアナは、へ、平気なのよ……うわぁーん、森に入れなくなるよぉ……」


 ティアナが朗読を終え、笑顔で帰る住人たちを見送ったのちに、宗茂、ティアナ、エリザの3人は、掘っ建て孤児院へと向かう。

 少々時間があったので、延長戦とばかりに宗茂が朗読のリクエストをした、その書物。


 ――本当は怖い世界の魔物大全。


 その第3弾で、これまでに何度も増刷されている大人気シリーズ。

 羊皮紙の材料として有名な、ガルディアナ大陸東部に多く生息、繁殖もされている、アントシープという魔物が絶滅の危機に陥りかねないほどに、今なお新たに刊行され、大陸中で販売されている。

 先程の童話での優しい語り口とは違い、臨場感のあるティアナの演技力が光る、素晴らしい朗読であった。


 ちなみに、宗茂達3人は、この魔物――コカトリスに関する理由を携えて、孤児院にいる人物を訪ねに王都までやってきたのだ。




「養鶏、ですかー?」

「はい、初めは少数からですし、安全に安全を重ねますので」

「あらあら、困ったわー……どうしましょう、ティアナちゃん」


 ティアナをちゃん付けで呼ぶ、ポワポワした女性の名は、ナタリー。


 ティアナと同じ修道院で育ち、およそ8年前に、王都ナヴァリルシアのネフル天聖教本部に着任。その後、王国内の町村に点在する、修道院や孤児院を転々としていた。

 現在は、番外区域と揶揄やゆされている、王都の敷地外の空き地に立てたを、臨時の孤児院として使っているというのが、聖官であるナタリーの現状である。

 なお、聖官――地球の宗教の中で、神を信仰する信者のまとめ役の名称である神官と、同様の役割を与えられた者――として、一定期間の活動と貢献が認められれば、最寄りの教会に申請をすることで、天聖ネフルの保証のもと、修道院や孤児院を運営をする権利が与えられる。

 ナタリーは基準を満たしているため、掘っ建て小屋を自費で建て、協会にとして登録申請書を出した。

 だが、即座に却下されてしまった。


 その理由は――


「うわー、出た出た……ホント最低……」

「本当に、悲しいことですよね……」

「もう、ティアナちゃんったら……よしよし」

「あぅぅ、ナタリーお姉ちゃんの匂いだぁ……ふにゃあ……」

「あ、あのティアナが……なんたる包容力、すんごいボリューム……あ痛っ!?」

「なにやってんだ……」


 ナタリーから語られた、あまりにも残酷すぎる現状を受け止め、悲しみに暮れたティアナ。

 そんなティアナを、客観的に観れば、ただただ巨大といえる胸部へと優しく抱き寄せ、丁寧に慰めるナタリー。

 どちらかといえば大きい側に含まれるであろう胸部であるティアナなのだが、それすら上回るその圧倒的な胸部の存在感に、畏怖と戦慄を覚えたエリザ。


 ……圧・巻!!


 自分の意思とは関係なく伸ばされてゆく両腕、知らず知らずのうちにワキワキしている指、驚くほどに忍ばれているすり足――なんとも奇妙な動きのエリザが、ナタリーの背後へと向かう。

 目を血走らせ、口元をだらしなく緩ませているエリザの脳天に、超絶手加減チョップを叩き込む宗茂。床でのたうちまわる淑女にあるまじき姿に、ため息をつき、苦笑いしながらその醜態しゅうたいを眺める宗茂だが、先ほどナタリーから伝えられた、あまりに胸糞の悪い話について考えていた。


(人種、いや、種族差別か……無関係じゃないな)


 本多 宗茂という異世界人は、ステータスユニットとスキルボードを接続することを決めた。

 それは、本多 宗茂という男が、正式に、異世界であるユグドレアの住人になったことを意味する。

 ステータスユニットとスキルボードというは、ユグドレアにおいて生命維持装置に等しく、新生児が誕生した際には、教会で接続するのが半ば義務化している。

 定期的なメンテナンスも必要で、3年に1回は、各地のもしくはに通う必要があり、故障した場合は、教会の専門部署であるの助けが必要になる。

 教会や修道院には、各国のネフル天聖教教会本部から、魔導技術師が派遣されており、やや間接的ではあるものの、彼ら彼女らの働きによって日々の生活が守られているといって過言ではない。

 希少素材の王と呼ばれる、神魔金オリハルコンを用いて、ステータスユニットとスキルボードは作られている。そのため、一般人が作ることは非常に困難である。また、接続関係の仕事に携わる者達の大半が、教会に所属している。

 もし万が一にでも、教会や修道院で接続を禁止した場合、3年以内にステータスユニットとスキルボードの機能が失われる。

 そして、世界屈指の魔物狩りのスペシャリストである、純隕鉄アダマンタイト等級傭兵や神魔金オリハルコン等級冒険者といった者達でも、銅等級や鉄等級などのに位置する魔物を殺すことすら困難になる。

 さて、魔導技術師が派遣されるのは、教会と修道院だけである。


 孤児院に、それがルール。


 修道院は、教会の下部組織。

 教会の役割を縮小し、必要最低限のことを可能にした小さな教会と呼ぶべき施設であり、聖官育成こそが存在理由。

 魔導技術師候補を探し出す役割も兼ねているため、教官も派遣され、メンテナンスなどの業務もおこなう。

 その一方で、孤児院はあくまでも親のいない子供を集めて素質ある者を見出すことを目的とした居住施設。魔導技術師を必要とする業務が行なわれないので、派遣されることはない。


 そして、それらの施設は基本、万が一に備えて、安全な城壁の中で運営される。現在進行形で魔物の危険に晒されている、城壁の外に建てられることは、基本的にありえない。つまり――


(ここにいる連中は、遅かれ早かれする)


 ガルディアナ大陸にて、人族最強と謳われているナヴァル王国騎士団と魔法師団。そんな者達を、自由に動かせることが出来る、ネフル天聖教ナヴァル王国本部の最高幹部であるバルグ=オルクメリア枢機卿。


 そんな彼が、ナヴァル王国内の教会施設への、の立ち入りを禁止にした。


 つまり、番外区域に暮らさざるを得ないの人達は、自分達が死に絶えるのを、ただ待つことしかできないでいるのだ。


(同じ人間のすることとは思えないな……)


 番外区域に暮らす者達は

 北にある魔族領域に到達するためには、魔物の楽園という別名でも知られるデラルス大森林と、数多く存在する魔物の中でも最強と呼べる竜種、その中でと最強と謳われている竜族が闊歩する、あのベルナス神山を越えなければならない。

 大陸西部にあるナヴァル王国から、大陸東側にある獣人領域や、大陸北東部の亜人領域に到達するためには、人族領域の東側を抜けなければならない。

 人族領域の東側にある2国――ランベルジュ皇国、アードニード公国は、軍事経済同盟を結び、ナヴァル王国と戦争状態にある国である。


 つまり、人族領域内は今現在、戦時中だということだ。


 ナヴァル王国からの難民受け入れを許可する、そんな愚かな判断を、戦時中にするわけもない。


 遠すぎるのだ、彼ら彼女らの安寧の地は。


 教会の中に存在するを使う選択肢もなければ、地上を進んでも、まず辿り着かない。


 完全に手詰まりである。




 人族ではない――ただそれだけの理由で住処を追われた人々は、死の恐怖に怯えながら、緩やかに、今もなお殺されている最中なのだ。




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