お前はアレだ。要領のいいバカだな

「日向、お前どうして呼び出されたかわかってるか?」

「ええ、まあ……」


 赤月と妙な空気になってしまったその翌日の放課後。


 俺はどういうわけだか、文芸部の顧問をしている倉橋アキラに般若のような形相されながら、お叱りを受けていた。


 わかっているような空気を出しはしたが、実際のところ何が理由で呼び出されたのかははっきりとしていない。


 呼びされる理由が多すぎるんですよね、俺。


 頭の中でいくつかの心当たりを上げていると、その様子に苛立ったのか倉橋先生はトントンと指で自分の机を叩いた。


「ほーん? じゃあ言ってみろよ」

「授業中に寝すぎていることあるいは、人間関係の構築に難があること。もしくは……」

「あー、もういい。あたしが悪かった。そうだったな、お前はそういうやつだったな」


 心底呆れたというように頭を抱えて倉橋先生はため息を吐く。

 まだ図書館の本を十冊ほど一年間返してない話とかあるんだが、どうもそれらも含めて今回呼び出された理由とは関係ないらしい。


 だとしたら、もう思いつくことはそんなにないし、さっさと職員室から退散したのだが……。


 そんなことを考えていると、デコを弾かれる。


「自覚がありすぎるってのも、困りもんだな」

「そりゃあまあ……」


 自分の所業を覚えておかないと、あとで詰められた時に苦労するのは俺だし。


「お前はアレだ。要領のいいバカだな」

「ありがとうございます」

「いや褒めてねえよ」


 倉橋先生が眉をひそめて、こちらを睨む。


「お前、最近部室に部員じゃない女子を連れ込んでるらしいじゃないか」


 その事だったか、と納得した顔を作ると倉橋先生は視線をさらに鋭くした。ただでさえ目付きが悪いうえに、美人なだけあって威圧感がハンパない。めっちゃ怖えよ。


「し、しょれ、んんっ! それは事実ですけど、なんか問題あるんすか?」

「ない」


 いやないのかよ。


「なら別にいいんじゃないですか……」

「待て待て、今のはあたし個人の意見だ」

「……つまり先生以外が何かを言っているってことですか」

「ああ、あたしはお前が女子を連れ込んでどうこうできるような性根を持っていないことを知ってるが、他の先生方はお前にあまり良い印象がないからな。あたしの言葉だけじゃどうにも納得してもらえそうにない」


 俺の小さな性根に全幅の信頼を寄せてくれているところ悪いのだが、正直な話、かなりいかがわしいことはしているというかされているので、少し申し訳なくなる。


「ちなみにそれ、どこからの垂れ込みです?」

「生徒だ。あたしはお前が生徒にも嫌われているみたいで心配だよ」


 そう言って、倉橋先生は残念なものを見るような目をする。


「わかってるんで、言わないでくださいよ。そういうの」

「いやあすまんな、素直で。ま、お前が連れ込んでいる女子が赤月じゃなけりゃここまで目くじらを立てられてなかったとは思うよ」

「相手までわかってるなら本人呼びせばいいじゃないっすか……」


 俺の信用がないなら人望に厚い赤月に話しを聞いた方がいいだろうに。

 あいつ、俺が呼び出されたの知った瞬間、挙動不審になったうえに、先に帰ってるって律儀に手紙を机に入れて、連絡してきたからね。

 羨ましいことこの上ない。


「そこはあたしの気分だよ。にしてもお前があの赤月をねえ……どんな弱味握ったんだ? こそっと教えてくれよ」

「いや、あんたの中でどんだけ俺はせこいやつになってるんですか。弱味なんて知らないっすよ」


 というか、生徒の弱味を知ろうとするなよ。あんた仮にも教師だろうが。


「……帰りますね」

「そうかっかすんなって、からかって悪かったよ。だいぶ脱線したが、ちゃんと本題があんだよ。黙って聞け」


 倉橋先生がこちらをまた睨む。

 茶化したのは先生なのに、流石にそれは理不尽じゃないか。横暴だ! という思いを込めて睨み返すと、何かが顔を掠めた。

 恐る恐る横を見ると、そこにはそれはもうたいそう綺麗な足が伸びていた。


「生意気な生徒でも手は出しちゃいけねえみたいだからな」


 怖えよ。なんで手がダメなら足になるのこの人。どこの世界の住人だよ。

 あまりのことに動けないでいると、倉橋先生はふうと息を吐いて椅子に座り直した。


「聞く気になったみてえだな」

「聞くんで、足技はやめてください」


 ほんと、シャレにならないんで。


「なら心して聞けよ、つっても大したことじゃないけどな」


 倉橋先生は足を組んで、ニヤリと笑う。


「お前、赤月を文芸部に勧誘しろ」

「はい?」


 予想していなかった言葉に思わず俺が聞き返すと、倉橋先生は今ので分からなかったのかとでも言うように、ため息を吐いた。


「面倒事の一切を片付けるにはそれが一番だろ」

「いや、赤月を部室に入れなければいいんじゃ?」

「あのな、そうするとお前にあらぬ噂が立つぞ? 例えば、赤月を脅して無理矢理部室に連れ込んでた、とかな」

「それこそないでしょ。流石にそこまで馬鹿な噂流すような奴いますかね?」


 そもそも誰も信じないだろ。そんなフィクションみたいな話。

 そう考えていると、先生は意地の悪い笑みを浮かべた。


「噂の信憑性なんてどうでもいいんだよ。そういう噂が立つだけで、お前の悪評に繋がるからな。それにあたし、さっき、報告に来たのは生徒だって言ったよな?」

「それがどうかしたん、です、か……」


 言いながらまさか、と思う。


「だから言っただろ、生徒にも嫌われてるお前が心配だって」


 相も変わらずニヤニヤ笑いの倉橋先生に、俺はただただ頭を抱えた。

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