星のあなたの空とおく 下
家に帰ると、父が待っていた。
「おかえり」
「うん。ただいま。どうしたん? 待っててくれたんか」
「まあな」
そう言うと父は
父は仏壇前に座る。
その仏壇には、御先祖の名簿と一緒に、僕が生まれる前に死んだ母の写真がある。
父は大きくため息を吐いた。仕事の疲れにしては、
「どうか、したの?」
背後に立つと、彼は言った。
「
「え? ……うん」
「そう、だよな……」
「お父さん?」
やはり様子がおかしい。けれど
「大事な話をしなきゃいけない」
「……」
「お前と、里乃のことだ」
里乃は、隣の部屋で扉を開けっぱなしにして寝ている姉の名前だ。少し不思議に思った。なぜ姉の名前が出てくるのか。
その謎はすぐに
「お前と里乃は同母姉弟じゃ、ないんだ」
この世の音が消え果たような、そんな錯覚に襲われる。
「どうぼきょうだい、じゃない」ということは、母親が、違う?
慌ててその困惑から戻って、父を
「……は? どういうこと」
「そのままの意味だよ」
「そのまま、じゃないよ。じゃ、じゃあ、姉ちゃんの母親は?」
「里乃の母は、
八代は仏間の中心でこちらを見ている母の名前だ。……じゃあ。
「じゃあ……僕は……」
「……」
父は黙ってうなずく。けれどそれじゃわからない。
「僕は、誰の子どもなんだよ」
「お前も、会って来ただろ」
「はあ?」
まさか。
あの人の、あの
「あの人が、お前の母親だ。それだけじゃない。あの人は、俺たち全員の母親なんだ」
南朝では
一人の中流貴族が、この世の者とは思えない、非常な美女のもとに通うようになった。
それが
私はこの星の者ではない。帰らねばならない。ただし、
それから、男は一年に一度の再会を求めて、死ぬまで通い続けた。
本来ならここでその伝説は終わるはずだった。
しかし、そうではなかったのだ。
男と女の間には一人の男の子が生まれていた。幼名を
彼は父親がその女の所に、彼からすれば母親の所に
それからは父親の代わりという名目で彼が通うようになったが、ふと気の迷いが起こったのだろうか、それとも
彼は
それは慣例となった。何百年もそれを繰り返してきたのが僕の家で、その末端にいるのが、まさに僕だった。
つまり、あの人は、
そんな異常な
(僕と父は、親子でも、兄弟でもあるのか……? 祖父も、そう……? 僕は、じゃあ、どこで生まれたんだ……。見たこともない、星なのか?)
僕は洗面所に走った。
たまらず
僕の身体の半分が、あの異星の女の人の血肉からできていたなんて、信じられなかった。……いや違う。半分どころじゃない。父もあの人の子どもで、その父、つまり祖父もあの人の子どもなんだ。半分どころじゃ、ない。
「うっ……うぇっ……」
嘔吐する。嘔吐する。
(押し倒してもよかったのに)
そう言ったあのとき、彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。あれは、僕がまだその事実を知らないことに驚いたから、そんな表情になったのではないか。
(約束よ)
帰り際の、妖しいあの声が蘇る。
すべてを吐き出したはずなのに、背中にぞわりと電気のような寒気が走って、僕はまた、洗面台を汚した。
「朝喜?」
「ぅ……あ、姉、ちゃん」
「ど、どうしたの? そんな吐いて……」
寝ぼけまなこだった彼女は一転、
「ごめん……」
「大丈夫?」
「うん。だからいいよ、汚いから……」
「いや、あたしの弁当でそうなっちゃったんだったら、なんか、申し訳ないし」
姉はそう言うと、
罪悪感がさらに募る。この姉が、純粋な家族ではないなんて。父親は一緒だから、異母姉、同父姉だって言えればまだいいけれど、でも、ここでも父と僕がただの親子でない事実が立ち
……いや、違うのか。父もあの人の血を引いているなら、姉だってそうなのか。……ああ、駄目だ。頭がおかしくなる。同時にまた、震えが駆け上ってくる。
「ちょっと朝喜……本当に大丈夫? もう寝なよ。ここあたしやっとくから」
「……姉ちゃん」
「ん?」
「もう、駄目かもしんない」
「駄目?」
「うん……もう、僕は……」
不意に足の力が抜けて、僕は床にくずおれた。
「ちょっと、どうしたってのよ」
姉は動揺した様子もなく、僕のわきに膝をついて、
「熱はなさそうだけど」
「もう……」
「しっかりしなよ」
ぱしんと軽く頬が弾かれた。
「いいから、寝な、早く。学校あんだから」
優しくない一言。彼女はすぐに背を向けて洗面台に向かった。
このまま目覚めることがなければいいのに、本気で思いながら、瞳を閉じた。
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