第4話 『敵わない相手』
バルネアが次々と料理を作り上げてくれるが、それはすごい速度でキールの胃袋に消えていく。
昼食時を過ぎた『パニヨン』にある人影は、バルネアを除けば、キールただ一人。
キールはこのナイムの街の自警団のメンバーで、レイの一つ下の後輩の十七歳だ。
金髪なことこそレイと同じだが、彼とは違い愛嬌があり、愛想が良く、人当たりの良さから、多くの住人に慕われている自警団員である。
キール自身も、ようやく一人前の自警団の一員になってきたという自負がある。
だが、バルネアにとっては、お腹を空かせて来ては、気持ちよく料理を食べてくれる可愛い子供達の一人に過ぎないようで、キールは少しだけそれが悔しい。
「はい。次はキールちゃんが以前から食べたいと言っていたムニエルよ」
「わっ! これって、もしかして……」
「ええ、そうよ。魚嫌いの人でも食べられる、ナマズのムニエルよ。前に話をしたら、キールちゃん、食べてみたいって言っていたでしょう? だから作ってみたのよ。ただ、今日はそれとは別に、こっちのムニエルと食べ比べをしてみてほしいの」
バルネアはキールに、ナマズのムニエルとは別のムニエルの乗った皿を給仕してくれた。
「ええと、僕はあまり魚が得意でないことを知って出して来るということは、なにか仕掛けがあるということですね」
キールは、バルネアが言わなくても全てを理解する。
「ええ。そうなのよ。ごめんなさいね。近いうちに、キールちゃんと同じように、魚が得意ではないお客様が来られる予定なのよ。だから、味の感想を聞きたくて」
ジェノとメルエーナは魚料理が好きなので、バルネアはキールにこそ、このムニエルを食べて感想を聴かせて欲しいと、さらに詳しく説明してくれた。
「ただ、食べられないと思ったら残してね。遠慮はいらないから」
「ははっ。バルネアさんの料理を残すなんて、ありえないですよ」
キールはにっこり微笑み、まずはナマズのムニエルから口に運ぶ。
「ああっ、美味しい。本当に癖がないんですね。生臭さをまったく感じないので、これならいくらでも食べられそうです!」
キールの感想に、バルネアも笑顔を浮かべる。だが、問題は次の皿だ。
「ええと、こちらのムニエルは……」
もう一方のムニエルも綺麗にナイフでカットし、キールはフォークでそれを口に運ぶ。
「あっ……」
そんな呟きとともに、キールは少しの間動かなくなる。
けれど、それは決して不味かったからではない。あまりに美味しすぎて、絶句してしまったのだ。
「すごい。すごく美味しいですよ、バルネアさん! その、ナマズのムニエルは魚の生臭さを感じずに独特の旨味で美味しいと思いましたけれど、こっちのムニエルは、魚らしい風味はあるのに、魚嫌いの僕にも美味しく食べられます!」
キールは嬉しそうに、二つのムニエルを堪能し続ける。
「うんうん。どちらが上とか下ではなくて、どっちも美味しいです!」
「そう。良かったわ。キールちゃんに喜んでもらえて」
バルネアは笑顔で言い、デザートの準備をしてくれる。
その後、キールはムニエル二皿を綺麗に平らげ、さらにデザートもお腹に収めた。そして、この上なく幸せそうな表情を浮かべる。
「いやぁ~。最高の昼食でした」
キールはそんなお世辞を口にし、まどろんでいたが、ふぅっ、と小さく嘆息すると、愛嬌のある笑みをバルネアに向ける。
「それで、バルネアさん。僕に頼みたいことって何ですか?」
今回の食事は、バルネアがレイ伝えに自分を招いてのものだった。
頼みたいことがあるということも事前に伝え聞いていたので、ここまでだけなら誰でも分かる。だが、キールは頭がよく回る。それが、今のような満腹状態であろうとも。
「魚嫌いの人間でも食べられる料理を出すなら、ナマズのムニエルだけで良かったはずです。でも、もうひと皿別のムニエルを出したということは、そこまでの配慮が必要なお客様ということですよね、きっと。
ここ最近、というか、先日バルネアさんに店に招待されてから、レイさんの様子がおかしいですし、それも関係しているんですか?」
キールの言葉に、バルネアは「やっぱりキールちゃんは頭がいいわね」と彼を褒め、食事を食べてもらう他に、今回店に彼を招いた理由を口にする。
「そうなの。キールちゃんにも頼みたいことがあるのよ。ただ、これはすごく重要で他言してはいけない話なの。ああっ、安心して。団長さんにだけは話してあるから」
バルネアはそう前置きをして、全てを話してくれる。
初めは笑顔で聴いていたキールも、話が進むにつれて顔が引きつり始め、最後には頭を両手で抱えて天を仰いだ。
「……というわけでね、キールちゃん。これはみんなには内緒ね。あっ、レイちゃんにも内緒にしないと駄目よ。レイちゃんに話した内容も重要なことだけれど、キールちゃんのは、トップシークレットだから」
「ははっ、どっちもできれば関わり合いになりたくないんですけれど、話を聞いてしまった以上、断れないですよね。分かりました。そちらは僕にまかせてください。確かにこっちは、レイさんより、僕の方が適任でしょうから」
キールはもう完全に観念し、バルネアの頼みを引き受けることにする。というか、それ以外の選択肢がない。
「バルネアさん。その代わり、この一件が終わったら……」
「ふふっ。私の作るフルコース料理でいいかしら?」
バルネアはキールの言葉を遮り、好条件を提示してくれる。
「それは素晴らしい提案ですね。ぜひそれでお願いします。ただ、自警団の先輩を一人、連れて来てもいいですか?」
キールは申し訳無さそうにバルネアに尋ねてくるが、彼女は初めからそのつもりだったようで、
「ええ、もちろんよ。スティーアさん好みの料理にするわね」
彼が密かに好意を寄せる、二つ年上の女性の名前を口にした。
「……ははっ。参りました」
キールは両手を上げて降参し、まだまだ自分ではこの人に敵わないということを再認識するのであった。
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