第3話 それぞれの物語
休日の土曜日だ、目覚ましの音で起こされる天理、時刻、7時。10時間も睡眠を取って準備満タンだ。数学の補修を受けるため、学校へ向かう、琴吹海士という人物に警戒しながら。
学校についたが誤算が生じた。数学の補修を受ける生徒の中に昨日、3年生が引退してから態度が変わったよね、や、嫌いな2年生がいるよね、と真相に迫ってきたその女子生徒がいたからだ。その女子生徒は天理に駆け寄る。
「おはよう、天理」
「部活は…?」
「私も補修なんだよね」
「珍しい…」
9時から始まった補修はだいたい1時間半だろうか、10時30分くらいには終わった。
そしてテニス部の女性は天理に駆け寄る。
「じゃあ部活いこっか」
「…眠い」
「今日の部活が午前だけじゃなくて午後もあることは知ってるよね?もちろん弁当も持ってきてるよね?」
「頭痛い…今日は帰る…」
しかし天理をガシっととらえた。
「先輩には補修が午後まであるって言ったけど本当のこと言っちゃおうかな~?私もわざわざ補習受けたくなかったけどね」
「脅し…?」
「そう、私も今日はさぼっちゃうことになるけど」
「……」
追いつめられた天理。
「とりあえず下校しよっか」
「まあ…うん」
下校しながら女子生徒は問いただす。
「それでテニス部に入ったのは自分の意志?それともその3年の先輩に勧められたから?」
天理は打開策を考えるが素直になることを決めた。
「絶対に他に言わない保証がある…?」
「いいよ、誓う、これから話すことは絶対に言わない」
「ふぅん…まず、同じ状況なのが大道寺さくら」
その名前に女子生徒は驚く。大道寺さくら(だいどうじ さくら)、同じクラスのテニス部員でルーキー。短髪の彼女はいかにもスポーツガールという言葉がふさわしい。
「どうしてさくらさんが」
さくらはテニス部において優れた才能を持ち1年で一番の実力といってもいい、もちろん隣の女子生徒よりも普通にうまい、それに比べて天理は控えめに言って下手だ、ワースト1位といってもいい。
「天理とさくらさんが話してるところなんて見たことないけど」
「いいや…私はさくらと話してる…なら聞けばいい、さくらが本当に入りたかった部活はバスケ部…」
「え、そうなの?じゃあ天理は?帰宅部とか?」
「陸上部…」
その意外過ぎる回答に女子生徒は驚く。
「帰宅部とかあってもインドア系だと思ってた」
「私に帰宅部の選択肢はない…高校になっても同様に…私はハンデを帳消しにするために絶対に部活に入らなければならない…部活に入ることは就職の有利につながると聞いた…」
「ハンデってどういうこと?」
「それだけは教えられない、その3年の先輩にも、たとえさくらさえにもだ…」
さくらさえにも、その言葉から普段は全く話していない大道寺さくらと天野天理は何らかを通して仲が良いというのがうかがえる。
「それに私はスポーツが苦手で下手くそだ…」
まるで気づいているだろうというように女子生徒に言う。
「でも陸上部なら楽しいと思えた、特に長距離が…」
女子生徒は思い返してみる。天理は正直言って運動が上手いとは言えない、陸上に関しても50m、100m走は遅いほうだ、しかし長距離は途中でリタイヤしたこともなければ自分自身より順位は上だったのが体育の時間で思い起こされる。30人いる中でも1桁の順位、最低でも9位圏内だった気がする。
「長距離のような私にしてみればボールも使わずただ考えて走ればいいだけの競技はむしろ好きだ…短距離は考える時間がなさ過ぎて嫌いだけど…」
「確かに天理は長距離に関しては早いほうだよね」
「セカンドウインドにたどり着けば余裕が生まれる…その時にどう体力を維持するか、どう他の人の体力を削るか、どこまでが自分の限界なのかの調整ができる」
「セカンドウインド?小学生陸上関係のことしてた?」
「いや…?陸上部入る気でいたから知識がついた…」
セカンドウインド、一定時間走っていると疲れを忘れてしまうことはないだろうか?初心者はセカンドウインドに行く前のデッドゾーンにより息切れ、酸素不足を引き起こし、リタイヤするケースが多い、このデッドゾーンを乗り越えてしまえば長距離を走り切れる可能性は高くなるといっていいだろう。
「なるほどね、確かに長距離に関してはさくらさんでも天理には勝ててなかったね」
「そして苦手な2年の先輩、それはさくらも同じだ、性格が嫌い、と言っていた…でもさくらには手を出さないからさくらは嫌々行ってるだけ…」
「手を出してるの?」
「私が下手を理由に知らないところでスマッシュを私にぶつけてきてる…さくらは全て知ってる…」
「その先輩は予想つくけどそんなことしてたんだ…」
「それにもう3年の方は来なくなった…受験とかいろいろあるのだろうけど私自身が相談する柄の人間じゃない…」
「8月で引退しちゃったからねぇ」
「それもある…でも明智とさくらと話してるのは同好会だ」
明智先輩、それは3年の引退した先輩、しかも部長で一番上手い先輩である、しかし天理はその先輩を呼び捨てで呼べるほどの仲だったわけだ。
「それが陸上部の同好会?」
「いや…チェスの同好会だ」
またしても以外のワードに戸惑いを隠せない女子生徒。なぜこの状況でチェスがいきなり飛び出すのか。
「もともと小学生から私とさくら、明智は全く知らない他人同士…でもチェス同好会で知り合い仲良くなりテニス部を勧められた…別に私は部活は入れるなら何でもよかった…さくらも同じくだ…欲を言えば陸上、さくらはバスケが良かった…正直に言うとテニス部には興味はない、あの2年の先輩のおかげでさらに私は興味を失いさくらは楽しめていたのにその気持ちも薄れていった…」
「なんとなくわかったけどどこからチェスが出てくるの?」
「私の趣味はチェスだ…」
「でもそこでなんでさくらさんと明智先輩が出てくるの?」
「偏見だ」
「偏見?」
「さくらも明智も運動神経は抜群、でも頭はよくない…私が運動神経が悪くてスポーツ部に入るのを決めたようにさくらと明智は自分の頭を少しでも良くするためにチェス同好会に入った…将棋や囲碁、チェス、オセロなどが強い人は頭が良いという偏見からさくらと明智は近くにあったチェス同好会を見つけた…自慢じゃないけど私は何度かチェスの大会で優勝しているけどそれが強いのか弱いのかは別としてチェスをしているから頭がよくなるのは偏見だ…テストの点数にしてもそう…通知表も私は居眠りがバレていた時期があるし2があれば4も少しあるもののほかは全て3、良いとは言えない…」
「補うために入ったけど結論から言えばそういうのが強いから頭が良いっていうわけじゃないんだね」
「そう…今のクラスも偏見でできている…」
「どういうこと?」
「隠し通せた人間と隠し通せなかった人間…それだけで人生は大きく変わる…持ちたくもないハンデを持たされて…」
女子生徒には天理の言っていることがわからない。
「今も起きている…隠すには度が過ぎた…それだけの事」
「よくわからないけど」
「いつか私を知ったら態度を変える…ただそれだけ…」
意味深な天理の発言。言葉に困る。女子生徒。
「約束しよう、1年後の今の2年が3年になって引退した後、私は補修で部活をさぼらないと」
「現状がわかったから確かに同情はするけど1年もそれが持つとは限らないよ」
「それは私なりに考える…痛い思いはしたくない…」
「頭痛だけじゃもう言い訳にしか聞こえないし信頼性を失うよ」
「そのためにさくらや明智を使う…」
「え?」
「他の人はさくらや明智と私が繋がっているとは気づいていない」
言われてみれば勧誘した明智先輩はさくらさんと天理と近々しい感じはしなかった、それに天理もさくらさんも明智先輩と呼んでいて特別仲が良い感じには見えなかった。
「学校の部活で一番の要になるのは部活の楽しさでも上手さでもない、人間関係…明智は好かない1年年下の人間がいると言っていた、その人間がいずれさくらや私に被害を与える可能性は十分にある、と忠告された」
「それをわかったうえでテニス部に入ったの?」
「学校の部活だけではない、チェスの同好会も同じこと、強い弱いがすべてではない、本当の楽しさを手に入れるためには人間関係を確立していくこと…私はチェスの同好会の人間関係を確立するため、明智との信用度を上げるため勧誘を承諾し陸上部の道を捨てた…さくらはそこまで考えていないのか私と同じ道を選ぶことにした…」
「じゃあなんで明智先輩やさくらさんと仲良くしないの?」
「この一年を乗り切るために条件を提案した、もしその先輩が私やさくらに危害を加えるようなら協力してほしいと、明智先輩に普段学校内では話してない私とさくらが呼ばれました、なので部活に行けないかもです、と言えば明智の圧が発生する。さすがに部長の明智には逆らえない、要するにルークごときがクイーンには逆らえないということだ…それにこの三人は計算的に話すのを避けた…よってグルだと感づかれない…何度同じさくらと私が呼ばれても全く話してないこの二人がなぜ呼ばれたのか…他の部員に残るのは疑問だけ…よって話さなかったのは保険だ…」
「でも3年生が卒業したら?」
「さくらの出番だ、チェスの同好会の時からさくらと明智の運動神経は遊びに行ったときに知る機会があった…自分より上手すぎるからそれに腹を立ててさくらをいじめるか下手すぎる私に腹を立てて私をいじめるかの二択…今は後者…後々前者になる可能性も十分にある…さくらをビショップとしよう…斜めならどこでも進める駒だ、それに比べて私はポーン、初手以外1マスにしか前に勧めない…でも、斜め前に相手の駒があった場合取って斜め前に進むことができる…つまり私がさくら、ビショップの斜め後ろにいることでルークはどちらか一方を取ることで取られてしまう…」
「チェスで説明されてもちょっとわからないんだけど」
「要するに3年生が引退したらどちらかがいじめられていた場合どちらかが顧問に報告する、チクるという言い方が正しいか…」
「でもそれがバレたら…」
「それがバレないために互いに仲良くしていないふりをしている…疑われるのはさくらの場合、さくらと仲がいい人物、私の場合、誰もいないだろう…だがこんなところを見られたらナイトになる選択肢ができてしまう…ただ、ナイトを配置するとしたら、私とさくらは守れてもナイト自身は守れない…私は最後のマスに行くためならどんな駒も利用する、そしてクイーンに返り咲く…私はさくら、明智を含め、この学園の人間すべてを駒としか見ていない…女子生徒A、女子生徒Bとしか認識していない…」
チェスの用語は理解できないものの女子生徒は自分自身すら駒としか見られていないことにショックを受けながらこの天理という人物はこの学園を自分がポーンとして、そしてチェスの世界として楽しんでいることを理解する。言い方を変えれば人間に全く関心を持たない。
「この作戦は天理が考えたの?」
「うん…」
天理のチェスモードは終わった、天理は無感情で何も考えていない人物だと思ったがある特定の分野になると非常に饒舌になる。女子生徒もチェス同好会に行ってみようかなどとも考えてしまうそんな興味を焚きつけられた。近々この作戦が実行されてもおかしくないだろう。
「もちろん言わないと思うけど…ルークと組むならクイーンを呼ぶ…それだけの事…」
天理の防衛策は女子生徒の想像を上回るものだった。
「俺のことを忘れてもらっちゃ困るぜ?」
『覚えてる、それにお前には頼みたいこともあるしな』
それだけ言うと黒龍連、俺はそいつとの電話を切った。
今は電車だ、もう数駅で着くってところか。
到着、こっからそう遠くねぇ。出迎えてくれるらしいが本当かあいつ。
「おう、連」
そこには金髪のギャル風の女、空光(そら ひかり)の姿があった。
「おう、ちゃんと出迎えてくれたようだな」
「先輩に生意気だな」
光は俺の実力を知ってる上でこの態度を取っている。そこらのチンピラなら半殺しにしているだろう。光は未来とは違った何かを持っている。目を見ればそれがわかる。未来、光、アリス、この三人は普通の人間とは違う。異質だ。俺の勘がそう言ってる。
「何時からだ?」
「今は10時だから10時間後くらいに到着してればいいな、ほんとあたしが帰ってきて数日後にな、病気にやられちまったぜ」
「お前昨日から帰ってからとか何言ってんだ?学校から帰ってきて電話が鳴ったのか」
「お前に行っても信じねぇだろ」
「気になるから吐け」
「もし二週間近く闇のゲームしてたって言ったらお前は信じるか?」
確か、未来も二週間近く休んでいたな、それに未来は悟りゲームなんて言っていたが名前はないと言っていたな。
「他のヤツに話したら冗談で終わったけどな」
未来もそのゲームの話をしてきた、詳しくは聞いてないが本性がわかるゲーム、それにアリスとの件もある?まさか。
「未来とかアリスっていたか?」
光は驚くように声を上げた。
「お前会ったことあんのか?」
「知ってるんだな?参加者なんだな?」
「ああ、待て、お前何で知ってる?」
「俺のクラスメイトに横口未来ってやつがいてな、お前とは違った意味で興味深い」
「ならアリスは?」
「あいつは興味深い闇の目をしていた、それにこっちじゃパーカーを着た少女なんて噂になってる、その正体がアリスってことが昨日判明したな」
「未来とアリスは会ってんのか?」
「昨日初めて会ったな、ちょっと聞かせてくれよそのゲーム、信じてなかったが、三人目となると信じざるを得ねぇか」
「まあ車乗れよ」
「おう、詳細聞いてなかったな、冗談が過ぎて」
「まずは5人の参加メンバー、月山礼、琴吹海利、横口未来、花野アリス、そしてあたしだ」
「前の二人は知らねぇな」
「一人なら特定できるかもしれねぇ」
「は?」
「その話はあとだ、説明するぜ、まずは全部の本性を当てられた時点でアウト」
淡々と光の大まかなルールが説明される。負ければ死刑、未来が勝ったのは事実、一致している。しかし実際は誰が勝っても死刑はされない運命だった、実験のようなものだった、光が探りを入れ暴力的、殺人的人物がいない時点で信憑性は高い、後々これに近いゲームが番組で発表されるかもしれない、と光の知りうることはだいたい話した。
「そのゲームは最初はどんな感じだったんだ?」
「前半から後半まですべての局面をアリスが支配していたな」
「あのパーカーのあいつが」
「これは個人情報になっちまうがアリスは独裁的、これはまだ分かる範疇だ、だが次からだ、自殺願望者、障害者、そして主催者だ」
自殺願望者、障害者は分からなくもない、だが。
「あんな子供が主催してるとはな」
「自殺願望者に関しては未来と本当に会っているなら止められるかもしれない」
「未来なら、確かにそうだな」
「あと忠告しておくぜ、アリスは障害者だから優しくするとか特別扱いされることを嫌う、アリスの願いは自分が普通の一人の人間として見てもらうことだ、ここを間違えれば自殺の道が大きく開く」
「わからなくもねぇ、俺も名が知られちまったがたまに思うな、普通の暴君じゃねぇ俺として見てほしいって思うことは」
「それだけは十分注意してくれ、つってもお前がアリスと会って暴力振るわねぇとはな、変わったな、誰かが変えたなんてことはないだろうが」
「ふん、どうだかな」
「それとさっき言った一人特定できるかもしれねぇってやつ、あたしにとっては一石二鳥だ、あたしは強くねぇ、あたしの高校で今日の昼の2時頃、あたしのクラスメイトがぼっこぼこにされるらしい、聞いた話8人らしいからお前なら余裕だろ」
「なんだ目的そっちなんじゃねぇか?だがいい情報が聞けたぜ」
「あたしの高校では最強の高校3年生ってことになってる、そいつのリーダー格の苗字が月山だ」
「なるほどな、そいつから情報吐かせて月山礼を探りだせるってことか」
「そういうことだな、もう一人の琴吹に関しては分からねぇ」
「2時か、にしてもなにやらかしたんだそのいじめられるやつ」
「特に気まぐれで選ばれたんだろ、何とかしてやるって言っちまったしお前が来なかったら終わりだったわ」
「探り出したら焼肉奢れよ、食い放題な」
「先輩だしな、それくらいしてやるよ」
ここが光の高校か、もう少しで2時だな、で、ここでいじめが起きるわけだな?広い校庭だ。一人震えてる女がいるな、あいつがターゲットか?
すると数人の男たちがその女を囲みだした。
「おう、ちゃんと来てくれたようだな、楽しい遊びするか」
まああの集団で間違いねぇだろ、さっさと終わらせて情報吐かせるか。まあこんな離れた地域まで俺の名は響き渡ってねぇだろ?俺は声をかける。
「おう、何してんだお前ら」
「あん、邪魔が入ったな、見つかってもやべぇ、あいつから始末しとくか、やれ」
リーダー格の男っぽいやつが命令する。つーことはあいつが月山か?
とりあえず雑魚どもを蹴散らし月山であろう人物一人だけにした。
「おう、まさか俺の部下を全員やっちまうとはなぁ、見たところ俺より年下かぁ?」
「くっ…なんだこいつの強さ、月山さん、まずいっすよ」
雑魚の一人がリーダー格の男に月山といった、こいつが月山か、面白い目はしてねぇな。
「お前月山っていうのか、で、お前はかかってこねぇのか?ビビってんのか?」
俺は挑発してみた。
「年下っぽいし少し猶予与えてやったが後悔すんなよ」
月山は俺に攻撃してくる。俺は躱し一発月山に腹パンする。月山はまともに食らい、倒れだした。
話せなくならねぇレベルまでやっちまうと情報吐きだせなくなっちまうからな。
俺は倒れた月山の頭を掴み目を見る。まだ懲りてねぇ目だ、それに相当負けず嫌いにも見えた。俺の勘はだいたい当たる。
まだ抗い抵抗する月山。俺は足で背中を力を入れて踏みつけた。
月山はどんどん恐怖の目に染まっていく。だが、まだ懲りてねぇな。どうするか。
「お前、月山っていうのか?月山礼って知ってるか?」
その言葉に反応し月山は震えだした。
「待て、やめてくれ、妹だけには手を出さないでくれ」
「出してほしくねぇならもういじめねぇことだ」
俺が言えた義理じゃねぇがな。
「わ、分かった、もう暴力は振るわねぇから妹にだけは手を出さないでくれ」
「なら俺の質問に答えろ、その妹はどういうやつだ」
「もう妹とは3年近く会ってなくて…」
「なら出身は?どこで別れた?」
聞く限り俺や未来たちの地方やここの地方より遠くかけ離れていた。
「俺は昔から暴力ばかり振るって、それが影響で礼と母親は俺を見捨てた、それでそれにストレスがたまった俺は暴力で快楽を得てたんだ」
「礼にも暴力振るってたのか」
「それはしてない、あの時の礼を性格で表すならお淑やかだった、だが今どこにいるかは分からねぇ、出身地である場所に限りなく近い、それは事実だ」
「お淑やかか、で、お前はこの先暴力振るわない証明できんのか?」
「し、証明のしようがない…」
俺は月山の目を見る。
「まあいいぜ、お前が暴力振るってんのがわかったらお前の妹の命はないと思え」
「は、はい…」
こいつは極度のシスコンだ。妹に会えなくなったことによってストレスが大きく溜まったのだろうな。今のこいつはもう完全に暴力を振るうことはないだろう。
「で、あそこでいじめる予定の女も開放していいのか?」
「も、もちろんだ」
俺から行ってもこの地域では説得力がねぇ、名が知られてないからな。
「ならお前から言え、俺が行っても説得力がないだろう」
「わ、分かった」
月山は、痛そうにしながら立ち上がり震えていた女に話し終え、女は安堵の表情をすると立ち去って行った。
「じゃあな月山、お前の妹の命はお前の行動にかかってるぜ」
それだけ言うと俺はその場から去った。
焼き肉店に5時過ぎに付いた、約束通り光のおごりだ。光には大まかな内容を焼肉を食べながら言う。
「お前のその目を見る勘は当てにしてるが矛盾してるな」
「どういう意味だ?嘘の色はなかったぜ」
「月山礼にお淑やかなんて言う本性はなかった」
だが光は何か思い出したかのように。
「いや、待てよ、月山礼の偽性格はお淑やか、か」
「そういえば言ってたな、そのお題で立ち振る舞いしなけりゃならねぇとかな」
「偽性格なんていうのはただの言葉、実際は過去の自分の線もあるな」
「お前の偽性格は?」
「無気力だ」
「確かに昔はお前何するのもめんどくさがってたよな、電話かけてくるな面倒くさいだの遊びに行くのも面倒くさくて断ってたしな、部屋で何してたんだぁ?」
「昔はゲームも何もする気なくて寝てた」
「面倒くさがり屋、無気力、同じような意味か」
「そうなるとだ、あたしは無気力、礼は前はお淑やかだった、海利は暴力的だったが何かがきっかけでされる側を望むようになった、アリスは確かに不思議な感じがした不思議ちゃんか、おそらくいじめに会う前はそう思われていたんだろう、矛盾はしてないが未来はなんだ?お題なしだぞ」
「性格がなかったなんてのはあり得ねぇ、もともと過去も今も変わりがなかったからつけようがなかったとかじゃねぇか?」
「それが一番しっくりくる、ならお前は未来、アリス、そして間接的にだが礼の過去とも会ったことになるな、となると海利か、海利が過去に暴力的な人間だった場合、偽性格はランダムなんてものじゃなかったわけだ、過去の自分か」
「オレにはSNSで俺が管理してるグループがある、その海利とかいうやつと知り合いのヤツがいるかもしれねぇ」
「人望はある訳か、その暴力でな、ならもう一つ送ってほしいことがある」
それを言い残すと俺たちは葬式に出かける。
それは数か月前、勝気な女性と可憐な女性、中学三年生くらいだろうか。
勝気な女性はその日のターゲットを見つけた。
「あいつにしよーっと」
勝気な女性は赤い髪をした高校生くらいの男性に近づく、可憐な女性は嫌な予感がしたのか止めに入る。
「待て待て待ちたまえ、また君はよからぬことを考えてないかね?」
「あたしに勝てるやつなんていないし、たとえ年上でもね」
「確かに君は中学3年生の中でも男女問わず最強と言えるのは私も認知している。こんなことを続けて何になるというのかね?」
「あんたは離れてなさい」
勝気な少女は赤い髪の男に後ろから殴りかかる。しかし、その男は分かっていたかのようにその手を掴み、捻じ曲げる。力の差は歴然だ。
「な、なんなのあんた」
「俺は男女年齢問わず容赦はしねぇ、お前の目は敗北を知らねぇ目をしているな」
目で判断するその赤い男。
勝気だった女の姿がいつしか恐怖に怯えている。
「一発蹴り入れてやってもいいんだぜ、それとも顔面がいいか」
勝気の少女は顔面蒼白、震えだす。
すると可憐な少女が飛び出して。
「すいませんでした」
と謝る。
「ふん、俺はこいつからその言葉が聞きたいんだけどな」
勝気な少女に目を向けると手を振り上げ脅す。
「す、すいませんでした…」
勝気な少女は分からせたかのように謝る。
「なら、謝ったことを証明するために俺のグループに入ってもらうぜ?なに、大したことない、中学っぽいし情報網はあったほうがいいしな」
勝気な少女と赤い男はSNSのグループに入れられる。管理者あの名前は黒龍連。
「お前もだ、お前のほうが使えそうだしな」
可憐な少女に目を向け彼女もグループに招待する。
「えっと、黒龍さん、ですか?」
「おう、そうだぜ」
この出来事をきっかけにその中学生ではあの最強の勝気な女を倒した黒龍連という存在の名が知ら締められることになる。
時は今に戻る。
「うん?また変な内容だね」
携帯を覗き込むのは以前勝気な女と一緒にいた可憐な少女。
内容は様々だがあまりグループが使われることがなかったが最近よく使われる。パーカーの女を見つけ出せ、など大まかすぎる内容。グループ人数は50人以上。質問するものはいたものの拒否する者はいない。全員が賛同、了解だ。パーカーの女自体に心当たりはあったものの決定的要素がないため下手に伝えて間違っていたことを考える、暴力沙汰になることも考慮しなければならない、この思考はとある人物から引き受けた思考だ。物事は常に最悪のケース前提で動かなければならない…と。しかし今回の内容には決定的要素があった。二つの文。
『琴吹海利という人物と知り合い、知っている人物は名乗り出ろ』
『花野アリスをいじめている人間をつまみ出せ、もし、この文章を読んでいる中に虐めている人間がいるなら中止しろ、俺が潰しに行く』
パーカーの女というのは花野アリスのことを言っていたのだろうか?琴吹海利に関しては分からない。
花野アリスは可憐な少女の中学校では悪い意味で有名だ、障害持ちでいじめられているという噂を耳にする。
「これは私も協力できるかもしれないね、久しぶりに出向いてみようか」
それだけ言い残すと勉強に集中する。
その日の朝、土曜日、いつもよりぬくもりを感じる未来は目を覚ました。昨日のことを思い出す。
私は気づいた。
「アリスちゃんがいない」
水道の音が聞こえるから立ち寄ってみるとアリスちゃんがいた。水道の水を飲んでいた。
「何してるの?」
「すまないね、水を飲ませてもらったよ」
「え、冷蔵庫にたくさんジュースとかあるから」
「僕は泊まらせてもらっている身だ、それは申し訳ない」
「大丈夫だよそれくらい」
私はジュースを取り出しアリスちゃんに渡す。
「豪華だね」
「そう、なのかな?」
アリスちゃんは飲み干してしまった。
そういえば今日は合唱部の部活が、でもアリスちゃんもいる。ただでさえ二週間近く休んでいるのにこれ以上合唱部の部活を休むなんて先輩に合わせる顔がない。アリスちゃんも見学させに行くという方法はあるが、対人恐怖症のアリスちゃんは嫌がるだろう。でも、優しい人たちばかりだからアリスちゃんの希望になるかもしれない。
「アリスちゃん、今日は一緒に私の部活を見学しに行かないかな?」
「僕は人に会いたくないんだ」
やっぱりそうなるよね、この状況をどうすれば。
「そういえばアリスちゃんって音楽の評価5だったよね、私は合唱部だからアリスちゃんにアドバイスをもらいたいな」
「数字など飾りに過ぎない、合唱部か、興味はそそられるが話しかけてくるのは避けられないだろう」
「そこはなんとか私がしてみるから」
アリスちゃんは考える。迷っている。結論が出るより先に私は学校に電話した。見学させたい子がいるのですがよろしいでしょうか?話しかけられるのが苦手なので配慮できないでしょうか?と、承諾を得た。
アリスちゃんは嫌々ではあったけど学校まで着いてきてくれた。
「問題はここからだね…」
パーカーで顔を隠すアリスちゃん。
合唱部の部室に到着する。当然部員達はアリスちゃんに注目している。しかし、顧問と部長によってあまり話しかけないようにと伝わっていたようだ。
アリスちゃんは椅子に座らせて先生からもらったのかお菓子とドリンクを飲みながら、顔を隠しながら見学する。午前は終わったが午後もある。そう、私は心を鬼にしてアリスちゃんを人と慣れさせるために、克服させるために設けた試練でもある。心は痛むけどアリスちゃんにも希望を持ってほしい。
昼食、私なりに頑張って作ったけどそこまでおいしくないであろう弁当箱を二つ取り出した。私とアリスちゃんのだ。いつもの部活友達たちがやってくる。
「久しぶりだね、未来、あれだよね、あまり話さないほうが良かったんだよね」
「久しぶりですね、そうですね、なんかごめんなさいね」
「いいっていいって、未来なんか巻き込まれているような気がしてたけど帰ってきてよかったしまた今度一緒にね」
「はい、もちろんですよ」
アリスちゃんは震えながら後ろを向いたままだったけど友達は気を遣ってくれた。
それから合唱部の部活は終わり、五時過ぎ。
「お疲れ様です、今日は見学を許可してくださってありがとうございました」
アリスちゃんもペコリとお辞儀をして部活は終わった。私の家に迫るにつれアリスちゃんは素に戻り始めた。すると私の携帯が鳴る、見知らぬ番号だ。出てみる。
「はい、もしもし」
『うぉ、マジか』
何かをジュージューと焼く音が聞こえるけどなんだろう。
『お前未来か?』
この声はどこかで。
「光先輩?」
その言葉にアリスちゃんは興味深そうにする。
『おう、連から朱音ってやつに番号教えてもらったらしい、この携帯連のだぜ』
「え?黒龍さんと知り合いなんですか?」
『腐れ縁ってやつだな、事情は聞かせてもらったぜ、お前アリスと会ったんだってな』
「今アリスちゃんいますよ、変わりましょうか?」
『ちゃん付けしてたか?まあいいか、おう、変わってくれ』
アリスちゃんに携帯を渡す。
「大丈夫ですよ、光先輩ですから」
『アリスー、アリスか?』
「…光かい?」
『おう、そうだぜ、ゲーム後では初めましてだな』
「まさか君とも会話することになるとはね、まったく、僕の自殺を食い止めるのは未来だけかと思っていたが」
『元気そうで何よりだぜ、まああたしはお前の地域にはいけねぇけど未来と上手くやっているようなら良かったぜ』
「このまま行くといいのだけれどね」
『おう、また話そうな、やべ、あと30分しかねぇ』
「もちろんだよ、僕が生きていたらね」
それだけ言うとアリスちゃんに電話を渡された。
「えっと、いい感じに話せたんですかね?」
『おう、光か、話せたぜ、まさかお前と連が繋がってたとはな、声聞けただけでも良かったぜ、アリスとあたしの連、よろしく頼むぜ』
それだけ言うと光先輩は通話を切った。黒龍さんと光先輩って付き合ってるのかな、など思いつつ、アリスちゃんは話しかけてくる。
「まさか光とも話せたとはね」
「私も驚きだよ」
「何があるかわからないものだよ、まったく」
アリスちゃんは少しうれしそうだ。
「そういえば未来、声のトーンが若干高いね、もう少し低くした方がいい」
合唱部の合唱は聞いていたようだ。
「そして左から2番目の前列の女、彼女は逆に声が低い、高さを意識したほうがいい」
誰が誰の声かアリスちゃんは完全に掌握していた。
「最後に右端の一番後ろの女、安定感がある、でも他と合わせようとしすぎてずれが大きい」
この3つの内容は以前合唱部の顧問に言われたことと完全に一致している。
「でもそうだね、僕としてはなかなか楽しめた一日だったよ」
アリスちゃんは少し無邪気な笑顔を浮かべた、そんな気がした。
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