第2話 新しい春
新居に引っ越したばかりの俺に、茶封筒が一つ届いた。
ネット工事の案内かと思ったら「春」を届ける変な広告だった。
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新しい春がやってまいりました。
この春は、ただの春ではありません。
いつもよりも暖かくて、柔らかくて、優しいものです。
布団の中に包まれたような、そんな春をあなたにお届け。
あなたに来るのはどんな春?
あなたが欲しいのは、どんな春?
今までにない春をお届けします。
※この春は、あなたに自動的に送られます。施行は3121年の4月1日からです。よろしくお願いします。
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「なんだこれ」
一通り読んだ俺は、茶封筒をゴミ箱へ持っていって。なんだかめんどくさくなって、ゴミ箱のすぐ右の、書類の山となっている机に置いた。この茶封筒は、同じく書類の山の一部となる。
春、どんな春が来るんだろうか。
風呂を出て、寝る頃には、そんなことはすっかり忘れた。
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駅前の居酒屋で、職場の歓迎会が開かれ、2時間くらい経過した頃。最初はまとまっていた団体も、それぞれが近い人と話すようになっていた。俺の向かいに座る後輩が「思い出した!」と話し始めた。
「……ていう封筒が届いたんですけど、先輩どう思いますか?」
「おぉ、実は俺にも届いた。同じやつ」
やたらでかい胸の後輩が、何杯目かわからないビールに口をつけた。
「おー!! 先輩も」
話すとこのエリア一帯に配られているらしい。後輩が話を続けた。
「春が来るって、なんでしょうね?」
「今までの春と違うって書いてあったな」
「今、お財布が寒いから、財布が暖かくなると嬉しいなぁ」
「冬の反対だね」
「先輩、私、いい女ですよ」
「あぁー、そうだな」
「買い時ですよ」
「あー、春を買うから今か。そういうこともあるのか」
「えへへ」
「俺のセクハラになる。はよ帰れ」
「うえーい」
飲み会はぼちぼちに終わった。
家に帰ると、ドアの前に茶色いバケツが置かれていた。これじゃドアが開けられない、こんなものを目の前に置いたやつ。よくみると、土が入っている。植木鉢なのか。足で植木鉢を押し込み、ドアの脇に移動させたら、置き手紙が一枚落ちた。
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春からの贈り物です。
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次の日、目を覚ますと、書類の山から小さな花が咲いていた。「春からの贈り物です」とプレートがぶら下げられていた。
その次の日、仕事の帰りに、黒い服を着た男が立っていた。俺が気づくよりも先に向こうが気づいて、こちらに歩み寄ってきた。
「こんばんは、初めまして。私は春の遣いです。あなたに特別な春をお届けにあがりました」
「はぁ」
「あなたへの贈り物はいかがでしたか?」
「植木鉢と小さい花、か、家のベランダでぼちぼち育ってるよ」
「ありがとうございます」
「目的は何?」いきなりやってきて送りつけられて、俺はよく分からなかった。
「あなたに春をお届けしたくて」
「それだけじゃないだろう。不法侵入だぞ」
「春は法律よりも先にありますから」
「また来てくれ、仕事が忙しい」
「えぇ、では、また」
次の次の日。
ベロベロ酔っ払った俺は、やたら俺に優しい後輩に引きずられて、家に帰っていた。
朧げな感覚で、昨日の黒いやつがきていることは分かった。後輩とそいつが何かを話してることも分かった。でも、気づいたら、俺は寝ていた。
起きたら、後輩が目の前ですやすや寝ていた。後輩の顔に一枚の花びらが落ちた。
******
カーテンを開けると、大きな桜の木がベランダから出ていた。植木鉢から、はみ出るほどの太い樹が生えていた。桜の木だとすぐに分かった。
もう何年見てないんだろうな。
満開の桜が上の階のベランダにも、飛び出ていいた。道にも桜が咲いており、桜の花びらが街一帯に舞っていた。
近所迷惑か、と思ったが、自分も足元から桜が突き出ていた。どうやら、隣の部屋も同じ有様らしく、桜があちこちから生えているらしい。
外へ出ると、春の遣いがいた。
「結局いつもそう」
「もうよろしいのですか?」
春の遣いが問いかけた。
「何が」
「春、あなたの欲しいもの」
「別に、春は、何もしなくてもやってくる。時間が流れるとは、そういうものだ」
俺は続けた。
「当たり前だろ。春なんて届かなくてもいいんだ、勝手にやってくるから」
「そしてもう一つ。春はいつも違うよ。いつも同じようで、毎年違う春が来る。それは当たり前だろ。俺が気づかなかっただけで」
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