第2話 新しい春

 新居に引っ越したばかりの俺に、茶封筒が一つ届いた。

 ネット工事の案内かと思ったら「春」を届ける変な広告だった。



 ******



 新しい春がやってまいりました。

 この春は、ただの春ではありません。

 いつもよりも暖かくて、柔らかくて、優しいものです。


 布団の中に包まれたような、そんな春をあなたにお届け。


 あなたに来るのはどんな春?

 あなたが欲しいのは、どんな春?

 今までにない春をお届けします。


 ※この春は、あなたに自動的に送られます。施行は3121年の4月1日からです。よろしくお願いします。



 ******



「なんだこれ」

 一通り読んだ俺は、茶封筒をゴミ箱へ持っていって。なんだかめんどくさくなって、ゴミ箱のすぐ右の、書類の山となっている机に置いた。この茶封筒は、同じく書類の山の一部となる。

 春、どんな春が来るんだろうか。

 風呂を出て、寝る頃には、そんなことはすっかり忘れた。



   ******



 駅前の居酒屋で、職場の歓迎会が開かれ、2時間くらい経過した頃。最初はまとまっていた団体も、それぞれが近い人と話すようになっていた。俺の向かいに座る後輩が「思い出した!」と話し始めた。

「……ていう封筒が届いたんですけど、先輩どう思いますか?」

「おぉ、実は俺にも届いた。同じやつ」

 やたらでかい胸の後輩が、何杯目かわからないビールに口をつけた。

「おー!! 先輩も」

 話すとこのエリア一帯に配られているらしい。後輩が話を続けた。

「春が来るって、なんでしょうね?」

「今までの春と違うって書いてあったな」

「今、お財布が寒いから、財布が暖かくなると嬉しいなぁ」

「冬の反対だね」

「先輩、私、いい女ですよ」

「あぁー、そうだな」

「買い時ですよ」

「あー、春を買うから今か。そういうこともあるのか」

「えへへ」

「俺のセクハラになる。はよ帰れ」

「うえーい」

 飲み会はぼちぼちに終わった。



 家に帰ると、ドアの前に茶色いバケツが置かれていた。これじゃドアが開けられない、こんなものを目の前に置いたやつ。よくみると、土が入っている。植木鉢なのか。足で植木鉢を押し込み、ドアの脇に移動させたら、置き手紙が一枚落ちた。



   ******



 春からの贈り物です。



   ******



 次の日、目を覚ますと、書類の山から小さな花が咲いていた。「春からの贈り物です」とプレートがぶら下げられていた。


 その次の日、仕事の帰りに、黒い服を着た男が立っていた。俺が気づくよりも先に向こうが気づいて、こちらに歩み寄ってきた。

「こんばんは、初めまして。私は春の遣いです。あなたに特別な春をお届けにあがりました」

「はぁ」

「あなたへの贈り物はいかがでしたか?」

「植木鉢と小さい花、か、家のベランダでぼちぼち育ってるよ」

「ありがとうございます」

「目的は何?」いきなりやってきて送りつけられて、俺はよく分からなかった。

「あなたに春をお届けしたくて」

「それだけじゃないだろう。不法侵入だぞ」

「春は法律よりも先にありますから」

「また来てくれ、仕事が忙しい」

「えぇ、では、また」


 次の次の日。

 ベロベロ酔っ払った俺は、やたら俺に優しい後輩に引きずられて、家に帰っていた。

 朧げな感覚で、昨日の黒いやつがきていることは分かった。後輩とそいつが何かを話してることも分かった。でも、気づいたら、俺は寝ていた。

 起きたら、後輩が目の前ですやすや寝ていた。後輩の顔に一枚の花びらが落ちた。



   ******



 カーテンを開けると、大きな桜の木がベランダから出ていた。植木鉢から、はみ出るほどの太い樹が生えていた。桜の木だとすぐに分かった。

 もう何年見てないんだろうな。


 満開の桜が上の階のベランダにも、飛び出ていいた。道にも桜が咲いており、桜の花びらが街一帯に舞っていた。


 近所迷惑か、と思ったが、自分も足元から桜が突き出ていた。どうやら、隣の部屋も同じ有様らしく、桜があちこちから生えているらしい。



 外へ出ると、春の遣いがいた。

「結局いつもそう」

「もうよろしいのですか?」

 春の遣いが問いかけた。

「何が」

「春、あなたの欲しいもの」

「別に、春は、何もしなくてもやってくる。時間が流れるとは、そういうものだ」

 俺は続けた。

「当たり前だろ。春なんて届かなくてもいいんだ、勝手にやってくるから」

「そしてもう一つ。春はいつも違うよ。いつも同じようで、毎年違う春が来る。それは当たり前だろ。俺が気づかなかっただけで」


 

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