3121年までの1100年間のランデブーに添えるショートショート短編集
水乃 素直
第1話 背中にダークマターが流れている
6年間ずっと背中が痒いのでした。
4年前に皮膚科に行ったら、背中にニキビができていますね、と言われたこともあります。
その後も、癖で背中をぼりぼりと、カサブタが剥がれて血が出るまで掻いてしまうのでした。
みんな同じもんだろ、と思ってました。
意外とそうじゃない、と思わされる出来事が2つありました。
1つ目は、友達とプールに行った時は「え、お前背中ダークマターじゃん」と言われ、かなりショックを受けたことです。
ショックだったため、2、3日はご飯が喉を通らず、大気圏を超えて、地球と宇宙のはざまみたいなところにふわふわと浮きながら、傷ついた心を慰める作業に集中しておりました。
2つ目は、地球と木星を繋ぐ国道、星野大空ロード(注:国民栄誉賞を受賞した人に因んで名付けられた国道90524番。観光道路)をサイクリング中のことです。
ふと通りすがりの宇宙人の背中を見たら、思ったよりも綺麗でびっくりしたのです。たしかに彼らの皮膚は緑色というか毒々しい紫というか、あのなんともいえない色、えぇ、なんともいえないですね、あの色なんです。
彼らの背中は想像よりも綺麗で、つるつるしてました。アクネ菌とかにやられたような赤い腫れもないし、かぶれもない。まるで輝いて見えました。
見ないふりをするように放置していました。
やっぱり友達からダークマターと形容されたので、やっぱり向き合わなくてはならないんだな、と実感した私は、改めて皮膚科に行くことにしました。
4年前通った皮膚科は、評価星4.8の人気な皮膚科のため、予約に三ヶ月かかると言われ、別の皮膚科にしました。
白い診察室。パソコンと私を交互に見比べながら、白衣のお医者さんは告げました。
「背中にダークマターがありますね」
「え?」
「これはダークマターですね、暗黒物質です」
「ハァ」
要領を得ない私のあほヅラを見ながら、先生は怒りました。
「いやぁ、2年間放置してたんですか、ダークマター。もっと早くこればこの場で取れたんですけどね」「流石にかなり大きくなってますよ、3センチだからなぁ」
訥々と語る穏やかな印象ですが、只事でない雰囲気を感じて、私は、
「す、すみません」
と平謝りしました。
背中にダークマターってなんだ、一体なんなんだこれは、と思って、首を思いっきり右に回してみても、自分の背中は見えるはずもありません。
あのプールサイドにて私の心を傷つけた、友達の発言は背中の汚れを例えたのではなく、そのものだったのね、と妙に感心しました。
そんな関心をよそに、お医者さんは言いました。
「まぁ、うちじゃ切れないので、紹介状書くんで、織田内科さんで切ってもらってくださいね」
「内科ですか」
「そこに外科の先生もいるので」
「なるほど」
何がなるほどなのかわかりませんが、なるほどというほかありません。患者にあるのは、なるほどと沈黙のみですから。
「場所分かります?」
「い、いや。教えていただけると…」
「星野大空ロードあるでしょう、あそこのハチ公から右手に行って、ぐるっと回ったところです」
二週間後。
曖昧な地図案内の通りに行くと、そこに織田内科さんがありました。受付の事務員さんに紹介状を渡し、簡単な診察を受け、二週間後手術をすることになりました。
「大丈夫ですよ」を繰り返しながら淡々と説明する先生をぼうっと見ながら、おそらく無事に切れるのだろうと安堵しました。
医者の先生(おそらく織田先生)は、
「とりあえず、今日からこの抗ダークマター物質を寝る前に飲んでください」
と言われ、錠剤をもらいました。
ダークマターに抗生物質とかあったことに驚きましたが、これは薬学界の常識なのかもしれない、と思い、口にはしませんでした。
錠剤を飲み、いつも通り生活をし、手術の日を迎えました。多少緊張していました。流石にダークマター切除手術は、人生一大イベントだろうと。
一般的な手術のイメージといえば、大きな手術室、全身麻酔、何人もの精鋭たちと、仕切る人がいう低い声で切迫した口調、長い沈黙を破るあの「メス」の一言です。
しかし、そんな大掛かりなものではありませんでした。
手術は有り体に言えば「普通」でした。点滴を打つ時に使う普通の黒いベットにうつ伏せになり、言われるがままに上だけ裸になり、部分麻酔で全然ねむくないし、手術する先生は一人だし、隣の部屋から次の診察をしてる子供のギャン泣きが聞こえてくるし、そんな子供の予防接種みたいなノリで手術が始まりました。
手術は15分で終わりました。
先生が取れたダークマターを見せてくれました。
なんだか黒いモワモワで、触るのは憚られました。
一度このダークマターを詳しく検査するそうです。県立の医療センターに送るのだとか。
帰り道、今までにないくらい背中が軽かったです。
2週間後。
ダークマターが無事に良性であることが判明しました。記念にということで、ダークマターを受け取りに行きました。
「お疲れ様でした。調子はどうですか」
「いい感じですね」
「なるほど。はい、どうぞ」
渡されたものは、2センチ四方の小さな土と石の塊でした。0.5ミリくらいの苔があります。
「あれ? ダークマターは?」
私の問いに先生は答えました。
「それがダークマターだったものです。新しい惑星になりました」
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