みずのおもかげ

 しばらくベッドの上でぼーっとした後、もうすぐ線香をあげにいく

時間になっていることに気づいた。


拓馬がニューヨーク土産で買ってきた、なぜか日本語で「忝い」かたじけないと書かれている

Tシャツから着替えて、歯を磨いて顔を洗って母さんに

「朝ごはんの前に行ってくるー」と声をかけ、

「お邪魔しまーす」と隣の部屋のドアを開ける。


そうすると、いつもならおばさんから返ってくるはずの「おはよー」が

聞こえない代わりに、莉音が「お母さん町内会の地域清掃行ったよー」

という今にもあくびが出てきそうな伸びた声が聞こえてきた。


「おはよう、莉音」

「ん、おはよー」


姉妹揃って赤点ギリギリなのは変わらないのか、莉音は昨日まで

夏休みにも関わらず、補習のために毎朝制服に着替えて学校に出向いていた。

それもようやく終わったのか莉音は前髪をちょんまげに結んで

寝ぼけた様子でヨーグルトを食べていた。


「ん!そういえばさ、オレオあるんだけど食べてかない?

 好きだったよね?オレオ。」

「せっかくだから呼ばれようかな。それにしても、朝から甘すぎないか?

 おばさんが怒りそうだけど…」

「だから良いんじゃん!お母さんがいない時じゃなきゃ、

 こんな朝ごはん食べられないよ!普段なら、ヨーグルトとオレオで

 済ましたなんて言ったら100%怒られるよー」

「それはそうだな」


甘いものに目がないのも姉妹揃って変わらないのか。

そう言って莉音はスキップというには少々不格好な、否、上機嫌な跳ね方で

キッチンに入っていった。


「そういえばさ、お姉ちゃんの好きな花、あれなんて名前だっけ?

 あのー、月9で主人公がもらっててお姉ちゃんが花屋さんに自分で買いに

 行くのは嫌だから私をパシったやつ、名前が思い出せないんだよねー」


そんなこともあったな。本当に自由奔放なやつだ。


「えーっと、確かシオンじゃないか?ほら、紫色のマーガレットみたいな」

「それそれ!シオンだ!今度のお墓参りでそれをお供えしようと

 思うんだけど、行くでしょ?」

「うん、付いてくよ」

「じゃーお母さんに伝えとく」


 気づけばもう30分が経っていた。

そろそろ帰らないと母さんが俺の分の朝ごはんを

片付けられないといって怒り始めそうだ。


「じゃあ、そろそろ帰るよ。これ、ご馳走さま」

「はーい、じゃあねー」

莉音はオレオを浸した牛乳を幸せそうに飲みながらひらひらと手を振っていた。




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思い出すなら4日後に 染谷絃瀬 @blue-sky0828

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