きおくのそこ、みずのそこ

いつも通り莉紗に線香をあげたあと、

家に戻ると母さんがお気に入りのドラマの録画を見ていた。

母さんが今の僕と同じ歳くらいの時に流行ったドラマだから、結構古いものだけど、母さんは飽きもせず何周も何周もリピートして見ている。


内容はよくある恋愛ドラマなのだが、主演の俳優が好きらしい。

ちょっと濃い顔で今の時代のイケメンの定義とはかけ離れた人だった。


母さんの邪魔をしないようにさっと麦茶だけとって部屋に戻ろうとしたら、母さんがくるっと顔をこちらに向けて「今ひま?」と小悪魔みたいな表情で聞いてきた。

「まあ、暇かな」

「じゃあ、すいか買ってきてよ!お母さんすいか食べたいなー♡」


スーパーに行くことになった。


家から歩いて15分のスーパーは

まあまあ涼しくて外の気温と比べると少し肌寒かった。

入ってすぐのところにある小玉すいかを手に取り、レジに並ぼうとしたら

見知った顔を見かけた。向こうも僕に気づいたのか手を振って

こちらに向かって来た。

水泳部の清水しみず彩乃あやの先輩だ。


少し昔話をすると、僕は水泳部に所属していた。

その時の先輩が清水先輩だ。

でも莉紗が死んでから退部した。

やる気がなくなったのだ。

それ以上でも、それ以下でもない。


「やあ、とび君じゃないか!」

あいかわらず夏に負けないくらい元気な人だ。

塩素で色の抜けたショートカットの髪を揺らしながらこっちへ来た。

ちなみにとび君というのは僕のあだ名で入部初日に泳ぐ姿が飛び魚みたいという

理由で名付けられた。それ以来、僕を本名で呼ぶのは莉紗くらいだ。

もっとも珍しい名前だからあまり気に入ってるわけでもないけど。


「君はスイカを買いに来たんだ、夏らしいことしてるじゃん!」

そういった先輩の手にはこれでもかという量のアイスが抱えられていた。

僕の言いたいことを察したのか先輩は

「1人で食べるんじゃないからな!?

部活でじゃんけんに負けてパシられてるだけだから!」

と訳の分からないフォローを入れて来た。


「見ればわかりますよ」

「そうかそうか、ところでどうだいとび君、戻ってこないか。

君がいれば県大会突破だって夢じゃないよ」

「すみません、やっぱりもう泳げないんです。すみません」

「だって、あんなに楽しそうに泳いでたじゃんか」

「なんかやる気がなくなっちゃって。勝手ですみません。

それより、アイスとけちゃってませんか?」

「おお!すっかり忘れてたよ。私こそ呼び止めちゃってごめんな。

夏休み楽しめよー」


なんかかっこいいのか底抜けに明るいだけなのかわからない先輩だな。

でも退部した後輩をいまだに気にかけてくれるなんて優しい人だ。

さて、そろそろ帰らないと母さんに小言を言われそうな気がする。。

僕は小玉すいかを抱えてレジに並び直した。


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