記憶【1】

 4月6日金曜日、午後9時25分──。

 CAFE & BAR『Rain Forest』にて。


「……早苗さん」

「っ!? 蛍……ちゃん、どうしてここに」

「ちょっと話したくて」

「……隣、おいで」

「失礼します」

「はあ、本当驚いた。蛍ちゃんが滝野森高校受験してたなんて」

「私もです。まさか担任の先生が早苗さんだったなんて、びっくりしました。元気でしたか?」

「うん。ぼちぼちやってるよ」

「そうですか……」

「…………」

「あ、結婚されたんですよね。苗字変わってたんで最初気付かなかったです。おめでとうございます」

「ふふ、そうなの。去年の3月にね。ありがとう」

「…………」

「……もう、蛍ちゃんも高校生か」

「早いですね。時間が経つのって」

「そうねぇ」

「本当だったら、杉野先輩も……」

「そうだね……。あの子もびっくりしてるかもね。蛍ちゃんがこんなに可愛くなってて」

「な、何言ってるんですかもう!」

「ふふ、あの子が蛍ちゃんを家に連れてきた時は本当にびっくりしたよ。浩輔が彼女連れてきた! って思っちゃって」

「うう……、杉野先輩って何考えてるのか分からないから、あの時だっていつもみたいに図書室で本読んでたらいきなりですよ。いきなり『僕んち来ない?』って言うんですもん」

「あの子は引っ込み思案だったからねぇ。あまり人と会話しないから慣れてないのよ。けど、良い子でしょ?」

「はい、とっても。言葉足らずなだけで、あの時だって、家に面白い本があるからって誘ってくれたんですよね。最初はびっくりしましたけど、だんだん慣れてきました」

「……浩輔が読んでた本が沢山残ってるから、良かったらまた家に遊びにおいで」

「ありがとうございます。また……いつか」

「うん。……ちょっとごめんね。お手洗い行ってくるね」

「はい、ごゆっくり」



 ごめんなさい、早苗さん……。



「お待たせ」

「いえ。あ、お酒気にせず飲んでくださいね」

「あ、あはは。ごめんね、先生やってるとついつい飲みたくなっちゃって。お言葉に甘えて、いただきます」

「大変なんですね、先生って」

「……まあ、けど楽しいんだけどね。生徒達も良い子達ばかりだし。朝芽野君も堂城さんも本当に良い子ね」

「はい。私、あの人達と会えて本当に良かったです」

「もう、なに感傷に浸ってるのよ。高校生活はこれからだよ」

「……その高校生活に早苗さんはいますか?」

「…………え」

「どうするつもりですか」

「……なんのこと?」

「七不思議、あれって早苗さんが考えたものですよね」

「……気付いてたの」

「全部お見通しですよ」

「……そっかぁ。鋭いねぇ。さすが蛍ちゃん!」

「行かせませんから」

「ごめん、それはできない」

「だめです。早苗さんまでいなくなったら……、私は本当にひとりぼっちになる」

「なに言ってるの。あの子達がいるでしょ」

「早苗さんは幸せにならなくちゃいけない人なんです。だから……」

「……あ…れ………? 待って……、ほ……たるちゃん…………このお酒……」

「ごめんなさい、早苗さん。ここでゆっくり眠ってて。あとは私が引き継ぐから。鍵と、この吸入器も持っていきますね。吸入器はどこかに捨てておきます。これは必要ないから」

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