エピローグ
あれから
4月16日月曜日、午後4時40分──。
あれから10日が経った。
事件により休校になっていた滝野森高校も無事始業を迎え、いつも通りとはいかないがゆっくりと普段の落ち着きを取り戻しつつあった。木嶋蛍が犯した事件の全容は、生徒達には噂話程度にしか知らされなかった。
警察の調査により、エレベーターの中に血のついた台車、そして焼却炉の中から金槌やペンチなどの凶器に使われたと思われるものの残骸が発見された。
紗倉の吸入器からは毒は検出されなかった。その代わりに、彼女のポシェットから1通の手紙が見つかった。
『あなたがいじめに加わっていないのは知ってる。けれど、杉野先輩を殴ったことは許さない』
そう記されていた。
木嶋は全てを見ていたのだ。紗倉の事情も分かっていたのかもしれない。だから元々彼女は、紗倉を殺すつもりはなかったのだろう。
事件の犯人として名乗りを上げた中内早苗だったが、後に木嶋の着ていたパーカーの内ポケットから、計画に使用した4つの鍵と屋上の鍵、高木のスマホと共に、今回の事件の被害者となった人物とその殺害方法が記された紙が見つかったことで不起訴処分となった。
そして尾木のスマホのカメラロールに、尾木、安住、賀ヶ島と共に金髪姿の木嶋が写った写真が見つかり、賀ヶ島のアパートで見かけた人物と同一であると確証が得られた。その後の捜査により、賀ヶ島を殺害したのは木嶋であると判明した。中内はそのことに薄々気が付いていたから、尾木のスマホを隠していたのだろう。
彼女はまもなく滝野森高校を辞職し、この街を去った。
先日発見された白骨遺体の女性は、7年前に行方不明になった『矢神ゆな』であることが判明した。れい先輩はそれを聞くと、どこか清々しい表情で「ありがとう」と礼を言った。
しかし、きっとれい先輩は複雑な想いを抱いているに違いない。これはつまり、彼女の姉のゆなは何者かに殺害されたことを意味するのだから。
「堂城さんたしか、賀ヶ島のトイレの水が流されていたって言ってたよね」
私の向かいに座る寝癖頭の少年の声が思考を遮った。
「ああ。開きっ放しのトイレの前に倒れていて
「なるほどね」
「これも木嶋さんが流したってことなのかな」
「きっとそうだろうね。彼女は杉野浩輔を自殺に追いやった彼らに復讐する為に殺害したんだ。自身の目でその死を確認する必要があっただろう。けど、確認する為に賀ヶ島の家に入っていざその現場に立ち会うと、気分が悪くなったんじゃないかな。嘔吐の匂いにだけじゃない、彼女はその時初めて人を殺めたんだ。息絶えた人間を前にして耐えられるはずがない」
「それって……」
「彼女も嘔吐したんじゃないかな、トイレの中に」
「だから証拠を残さないように水を流したのか」
「あくまで想像だけどね。だけど、その一度の死を見たからこそ彼女は正気を保てた。植木先輩の顔を剥ぎ取るのだって、余程の執念がなければそんなことできっこない。それほどまでに、彼女は復讐を全て終わらせたかったんだ。彼女の想いは想像することしかできないから、本当のことはもう分からないけれどね」
「……そうだな」
そう、どこまでいこうと彼女のことを全て知ることはもうできないのだ。
彼女の行動に矛盾があった理由も、今となっては何も分からない。
あの夜、彼女が高木を装って『たきもり』で「月が綺麗だ」と送った時、返信が返ってきたのは紗倉と朝芽野だけだった。その際に朝芽野は、紗倉が月を見上げていると送ったのだ。それはつまり、ふたりはトイレの中にいたということ。
だとすれば台車を持ち出すならば私やれい先輩がいた2階よりも、行動の把握ができていた紗倉と朝芽野が担当する3階の方が確実だったはずなのだ。
しかし、彼女はそうはしなかった。それはなぜ?
焦っていて頭が回らなかったというのならそれまでだ。
けれど、もしも彼女が気付いて欲しかったのだとしたら?
迷いがあったのだとしたら?
止めて欲しかったのだとしたら?
だから私がいた2階の台車を持ち出し、わざと倉庫の扉を開けっ放しにしたのだとしたら?
そんなことを考えてしまい、後悔の渦に呑み込まれる感覚を覚えて咄嗟に首を振り思考を振り払う。
今更だ。今更なのだ、もう……。
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