広夢の仮説【5】
「彼女が残したメッセージ。それが、石と木の正体なんだな?」
「そう。あれは中内先生に伝える為の暗号だったんだ」
「一体どういう意味があったんだ?」
「中内先生が広島出身だということは覚えてる?」
「もちろん。呉市に住んでいたんだったか」
「そう、それで父親が海上自衛隊だって言ってただろう?」
「言ってた」
「中内先生はカレーの作り方や他にも色んなことを父親から教えてもらった。だから海上自衛隊が用いる暗号も学んでいると思うんだよ」
「海上自衛隊の暗号……」
「海上自衛隊だけとは限らないけれど」
「……モールス信号か」
「正解。短点と長点のふたつの組み合わせで作られた符号、モールス信号。木嶋さんは石と木でそのモールス信号を表したんだ。そして中内先生はそのことに気が付いた。だから木嶋さんがまだ生きていることを知り、彼女を庇うことにしたんだ」
「けど、彼女は元々先生を高校に来させないようにしていたんじゃなかったのか? だったらそもそもメッセージを残す意味があったとは思えない」
「そうだね。だから彼女は全てが終わった後に、そのメッセージを中内先生に伝えるメッセンジャーとなる人物に託したんだよ」
「……メッセンジャー」
「それが、僕達だったんだろうね。僕達ならこの暗号に気が付くと思ったんだよ」
「……そうだったのか」
「さて、僕がさっき言った七不思議をこの高校の中で完成しなければならない理由っていうのがね、これなんだよ」
「モールス信号が?」
「そう。7つのモールス信号でひとつの意味ができるはずなんだ。だから七不思議はこの学校内で完成させる必要があったんだよ。堂城さん、あの時の石と木の組み合わせを覚えているかい?」
「……ああ。
その1『釘を持った男』
特別棟1階の男子トイレ前に、木の枝が2本。
その2『食人植物』
1年2組の弁当箱の傍に、石が2個と木の枝が1本。
その3『水から覗く顔』
特別棟1階男子トイレの個室に、石が3個。
その4『火を噴く老婆』
焼却炉の上に、木の枝と石が交互に2個ずつ。
その5『夜中に流れる放送』
放送室に、石と木の枝が1個ずつ。
その6『死神の人影』
本校舎2階北階段に、2個の石の間に木の枝が1本。
その7『首吊り女』
特別棟屋上に、石が2個」
「つまりは、
『-- ・・- ・・・ -・-・ ・- ・-・ ・・』
こういうモールス信号になる。ちょっと意味をスマホで調べてみるね」
「…………どうだ?」
「和文モールス符号の方は言葉にならなかったけど、欧文の方ではこんな言葉ができたよ。『MUSCARI』と」
「む……す…かり……? これじゃ意味が分からない。もしかしてアナグラムか」
「いいや、合ってるよ。ムスカリで」
「どういう意味なんだ?」
「花の名前だよ」
「……花」
「ぶどうに似た形の花で、チューリップと同じ春に咲く花なんだ」
「けど、どうしてそんな花の名前を」
「きっと彼女が先生に伝えたかった言葉っていうのは、この花の花言葉だったんだよ」
「どんな意味が……」
「『明るい未来』」
「……っ」
「僕達は伝えなくちゃ、先生に。『どうか、明るい未来を生きて』と。彼女の、最期の言葉を」
「復讐などやめて明るい未来を、ということか」
「先生は死ぬつもりだったから、元々自身の未来そのものを描いてはいなかったんだ」
「死ぬつもり? 先生が?」
「なぜ先生が、最後の七不思議の噂を『首吊り女』にしたと思う? 杉野浩輔の自殺を暗示させるのなら『女』ではなく『男』の方がいいに決まってる」
「……自分自身だったからか」
「中内先生の計画は『首吊り女』までを終えることだった。『首吊り女』、つまり自分自身が首を吊って噂となる。そこまでが彼女の七不思議だったんだよ」
「なんでそんな……」
「杉野浩輔をいじめから救えなかった。彼の自殺を止められなかった。そんな思いから先生自身も復讐の対象者にしていたんだよ、きっと。そしてそれは木嶋蛍、彼女も同じだった。だからこの七不思議は、自分が死んでようやく全てが終わる。木嶋さんが最初に死を偽装したのも、最後まで復讐を遂げる為だったんだ。死んだと思わせれば、アリバイなんて気にせず動きやすくなるからね。ブレーカーを事前に落としたのはおそらく先生だろうけど、そのおかげで彼女は更に動きやすくなった。
死者を装い黒い服に身を包んだ彼女は、暗闇に溶け込み陰から僕達の様子を伺っていた。そして『たきもり』で部長に成り済まし、僕達の動きを操作した。プールに向かったタイミングか、それともその前にか、植木先輩と安住先輩の遺体を証拠品と共に焼却炉に入れて火を灯した。
僕達が黒煙に気が付いて焼却炉にやってきたところで、部長を装い『たきもり』、そして防犯ブザーを使って放送室から離れた教室、1年3組へと誘導させる。そして防犯ブザーに気を取られている間に放送室に移動して放送を流した。流れていた音声は彼女がどこかで録音していたものだろう。ノイズで聴こえづらかったのは、鞄やポケットにスマホを忍ばせていたからだと思う。
あとは、僕と堂城さんが放送室に入っている隙を狙い、紗倉先輩の鞄を盗んで毒の入った吸入器と入れ替えた。その足で、彼女は最後の噂の場へと向かった」
「彼女は杉野浩輔と同じ中学に通っていた。そして中学は木造建築だったと言っていた。だから最後の噂の場所が、杉野浩輔が自殺した場所を思わせる特別棟の屋上であると予想したんだな」
「こんな予想は外れて欲しかった。けど、木嶋さんは終えたんだ。復讐を……終えたんだよ」
「……ああ、そうだな」
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