広夢の仮説【4】

「さて、話を戻そうか。木嶋さんは安住先輩の身体を1年2組の窓から下へ落とした後、1階の倉庫の鍵を掛ける予定だった。けど、そこでさっき言った予想外の事態が起きた。ひとつは堂城さんがたまたま落ちていく遺体を見てしまったこと。悲鳴を聞いた彼女は急いで台車を引いてその場から離れ、エレベーターへと向かった。そして1階に降りたところでもうひとつの予想外の事態、それが倉庫から入ってきた中内先生の存在だった。

 中内先生が杉野浩輔の姉だと知っていて、これから人を殺そうとしていることも知っていたなら、木嶋さんは中内先生を高校に行かせないようにしたはず。だから彼女はどこかに監禁するかして──」

「そういえば、違和感があった」

「違和感?」

「あの夜、私は自転車で高校に向かう途中で木嶋さんと会ったんだ。それでふたりで高校に向かったんだけど、あの時彼女は。彼女はバス登校だから、バス停のある公園よりも駅側の道を歩いているのはおかしかったんだよ」

「先生はたしか、駅近のカフェで時間を潰すって言ってたよね。木嶋さんは事前に先生に会いに行っていたんだ。きっとその時に先生から技術室、放送室、1階の倉庫、そしてエレベーターの鍵を手に入れていたんだね」

「先生がカフェで寝てたっていうのは本当だったのかもな。睡眠薬でも盛られたんだろう。けど、予想以上に早く目が覚めてしまった。即効性のある睡眠薬は効力そのものがあまりないだろうから」

「監禁したわけじゃなかったみたいだね。だからこそ、運悪くあのタイミングで先生が校舎に入ってきてしまった。そして堂城さんの悲鳴を聞いた先生が階段を上がったところで、木嶋さんは倉庫の窓に掛け金と扉に鍵を掛けた。先生が入ってきたことは想定外だっただろうけど、彼女が最も危惧していたのは部長が校舎に入って来てしまうこと。そして、校舎にいる僕達に木嶋さんの遺体が安住先輩のものであることを悟られてしまうことだ。それを避ける為にはいち早く倉庫に鍵を掛ける必要があった。4階の教室から見下ろした時点では安住先輩の遺体だとは気が付きはしなかったけど、もしも倉庫から外に出て近くで遺体を確認すれば木嶋さんの遺体でないことにきっと気が付くだろうからね。

 もっとも、1階のトイレの窓から外に出られはしてもあの状況下で首のない遺体をわざわざ確認しに行く人はいなかっただろうけどね。

 だから中内先生は1年2組の窓から見下ろした時、奇妙に感じたはず。どうして木嶋さんが死んでいるのだ、と」

「先生があの時呟いた『どうして木嶋さんが』という言葉はそういう意味があったのか。だとすると、先生の計画と彼女の計画は完全に同じではなかったんだな」

「先生はなにも計画を紙に書いたりはしていなかっただろうからね。何せひとりでそれを成し遂げようとしていたんだから。だから中内先生があの4人を殺害しようと目論んでいることを、木嶋さんは七不思議を通して気付いたんじゃないかな。杉野浩輔を自殺に追いやった彼らがしてきた罪の数々、そして最後の噂が首吊りであることから。だから木嶋さんが中内先生の計画を阻止し、自らが見立ての計画を実行した。

 思ったんだ。木嶋さんと中内先生とでは七不思議の被害者が異なっているのはなぜかと」

「ん? だから被害者は杉野浩輔を自殺に追いやった人達だろ?」

「七不思議の噂に対しての被害者が違ったんだよ。賀ヶ島は分からないけど、滝野森高校に通っていた4人には、自身が犯した罪を経験させたと中内先生は言っていた。紗倉先輩の弁当箱に虫を入れたり、尾木先輩の家に吸い殻を送ったり、安住先輩の自転車をパンクさせたり、植木先輩の動画を晒したり。これは実際に中内先生がやったことなんだろうね。だから、これは先生が知り得た限りでの杉野浩輔に犯した罪でしかないんだ」

「言いたいことが分からないんだが」

「つまりはね、これは彼らが実際に犯した罪を彼ら自身に仕返ししているんだ。だけど、そうなると紗倉先輩は実際に杉野浩輔の弁当箱に虫を入れたわけではない。ただ入れたと嘘を吐いていただけだ。中内先生はそれを勘違いした。だから弁当箱の中に虫を入れた。

 そう考えると、本当は『食人植物』の被害者が紗倉先輩だったはずなんだ。けど、違った。それは木嶋さん自身が杉野浩輔の弁当箱に虫を入れた人物を知っていたから。賀ヶ島の仕業であると知っていたから。自分の彼女につい口を滑らせたんだろうね。中内先生は、杉野浩輔がいじめられていることを間接的にしか知り得なかった。木嶋さんはきっと同じ中学だったんだ。だからいじめの全てを、本当の罪の対象者を知っていた。だから木嶋さんと中内先生とで計画が異なっていたんだ」

「じゃあ、紗倉先輩が実際に犯した罪は……」

「本当のことは僕にも分からない。紗倉先輩は杉野浩輔に雑草を食べさせようとは思っていなかったのかもしれないし、ただの不運な事故だったのかも。けど、木嶋さんは傍で見ていて紗倉先輩がやったのだと、そう思ったんだろうね。だから紗倉先輩を毒で殺害しようと考えた。おそらく中内先生も紗倉先輩に対しての殺害方法は同じだったんだと思う。『食人植物』の噂を吸入器に入った毒で表現しようとしていた。毒入り吸入器を容易に手に入れることも難しいだろうから、きっと木嶋さんは中内先生からその吸入器も奪っていたんだろう。

 中内先生は最初こそ木嶋さんが誰かに殺されたと思っただろうけど、途中でその計画に気が付いたんだ。彼女が残した

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