広夢の仮説【3】

「この時点で既に紗倉先輩以外を殺害していたのか。けど、私はたまたま教室の窓から木嶋さんが落ちたところを見たから気付いたけど、もしも見ていなかったら私達は弁当箱の存在自体気が付かなかったんじゃないか?」

「おそらく元々は防犯ブザーを鳴らすかして1年2組に誘導させる予定だったんだよ。彼女は事前に防犯ブザーを用意しておくと『たきもり』で言っていたし、部長も防犯ブザーを皆に渡していたから、少なくとも彼女はふたつ防犯ブザーを持っていたはず」

「なるほどな。それで? 食人植物の弁当箱に入っていた顔……いや、は結局誰のものだったんだ? 朝芽野のでは『水から覗く顔』と『食人植物』のふたつの噂の犠牲者が安住ひとりだったということだろ? だったらあの顔の部位は誰のだ? 髪の毛は間違いなく彼女のだった。だからこそ、私はあの顔を彼女のものだと勘違いしたんだから」

「それは消去法で絞ることができるはずだよ。それと堂城さん、これは推理じゃなくてあくまで仮説だからね」

「ああ、そうだったな。けど消去法って言ったって、一体どうやって絞ればいいんだよ。顔がない人物なんてどこにも……。

 …………いや、もしかして植木、なのか?」

「うん。彼は頭部のみが焼却炉に入れられて燃やされていた。堂城さんは頭部が焼却炉から抜けないように彼女(実際は安住先輩)の遺体を詰めたって言ったけど、それなら遺体を使うよりもゴミ捨て場のゴミ袋を詰めた方が時間も労力も少なくて済むはずだ。なのに敢えて遺体を使い、そして頭部のみを焼却炉に入れた。この奇妙な状況が、ただ植木先輩の体重が重かったからだけで作られたものなんてことはない。

 なぜ頭部のみを入れたのか。それはあの弁当箱に入れられた顔が植木先輩のもので、それを彼女のものであると思わせる為の工作、つまりは証拠を消す為の焼却だったということさ」

「じゃあ安住の遺体を一緒に燃やしたのも、その遺体が彼女本人のものではないということを私達に気付かせない為か」

「そういうことだね。おそらくこの時に、遺体を入れた袋やピアノ線、金槌などの凶器も一緒に焼却炉に入れて証拠隠滅したはずだ。安住先輩の自転車以外にはどこにもそういった類のものは見当たらなかったし、彼女自身も持ってはいなかった。証拠を消したとすれば焼却炉の中が最適だと思う。まあ、それは警察の調査で後々分かるだろうね。

『水から覗く顔』をできるだけ最後に見つけさせる必要があったのも、これで分かるんじゃないかな?」

「顔の部位の入った弁当箱を見つける前に頭部のみの安住を見つけてしまえば、誰かしらが気付くかもしれないからだな。『食人植物』と『水から覗く顔』が同一人物であることに。結果、それは彼女が死んでいない証拠になってしまう」

「そういうこと。さて、彼女が安住先輩の遺体を落とした直後、堂城さんが悲鳴をあげるという予想外の展開に彼女自身も驚きを隠せなかったはずだ。彼女はすぐにその場を離れた。1年2組の教室に彼女の鞄は置いたままだったから、この時に中身を取り出して鞄だけを置いておいたんだろうね」

「そして、その時にちょうど先生が倉庫の窓から本校舎に入った」

「そうだね。中内先生はおそらく偶然あのタイミングで中に入ったんだ」

「偶然? あのふたりは協力していたんじゃなかったのか?」

「違うと思う。中内先生と彼女の目的がたまたま同じだっただけで協力関係はなかったんだよ、きっと」

「けど、七不思議を考えたのは先生だろ? 尾木達が実の弟にしてきた罪を七不思議に見立てたと言ったあれが作り話なんて思えない。彼らを殺害するには充分すぎる動機だとも思うから」

「うん、たしかにあの七不思議を考えたのも、殺害そのものを計画していたのも中内先生で間違いないと思う。だから、多分中内先生は予想外の展開だったと思うんだ。彼女……木嶋蛍と出逢ったのは。いや、

「たしかに、人見知りの彼女が先生に対しては普通に話していたのも、以前から知り合いだったと考えれば頷ける」

「ふたりがどういう知り合いなのかは知らないけど、担任の教師と新入生が同じ目的を持っているのは以前から知り合いだったと考えなければ不自然でしかない。木嶋さんは中内先生の弟である杉野すぎの浩輔こうすけと親しかったんだと思う。だから、そんな彼がいじめられている事実を知った彼女は、いじめの実行犯のひとり、賀ヶ島かがしまと交際し、杉野浩輔に犯してきた罪を暴こうとしていたんじゃないかな」

「……そうか、そういうことか。今気付いたよ」

「……?」

「私の兄が捜査していたある事件の被害者が実は賀ヶ島鉄平てっぺいだったんだ」

「そうだったの?」

「ああ。それで賀ヶ島が亡くなる直前に恋人らしき人物が彼のアパートに出入りしていたっていう目撃証言があったんだ」

「もしかして、それって……」

「その人物は金髪で派手な格好をしていたらしいけど、それは変装すればなんとでもなるし、紗倉先輩は木嶋さんのことを最初は気が付かなかったって言っていたから、以前とは相当印象が違っていたんだと思う。現に尾木や安住は彼女の存在に全く気付いていない様子だったからな」

「あの頃からずっと交際は続いていて、賀ヶ島を殺害するタイミングを見計らっていたのかもしれないね」

「恋人が作った料理の中に、まさか毒が入っているとは彼も思わなかっただろうからな。その可能性は充分にある」

「食中毒だったのか。だとすると、この時から既に七不思議は始まっていたのかもしれない」

「毒という点では『死神の人影』か」

「いや、これは『食人植物』だね」

「食人植物?」

「食中毒の原因は何だった?」

水仙すいせんによるものだったって」

「水仙か。代表的な毒のある植物だね。ニラと間違えて食べてしまった例はいくつもあるからね。けど、それが事実なら彼は食べ物の中に混ざった植物を食べて毒死した、ということになる。まさに人の命をむしばむ『食人植物』にぴったりじゃないかな」

「ちょっと待て。朝芽野のその仮説通りに考えると、賀ヶ島を食中毒で殺害した件と、1年2組に弁当箱を置き安住の身体を落とした件、『食人植物』だけが重複することにならないか?」

「例えば、あの七不思議がひとつの噂にひとりの犠牲者というルールがあったと仮定すればどうかな? 少なくとも、安住先輩の頭部と身体で表現していた『水から覗く顔』と『食人植物』、そして過去の記憶を投影する為に流した『夜中に流れる放送』の3つの噂以外はそのルールにのっとっていた。『夜中に流れる放送』はあくまでも中内先生が杉野浩輔の学校へ行き、いじめていた3人を呼び出したあの場面のことを指している。これは例外とすると、ひとりの犠牲者で形成されている『水から覗く顔』と『食人植物』ふたつの噂だけがイレギュラーになってしまっている。だから『食人植物』の本当の犠牲者が賀ヶ島だと考えられはしないかな」

「元々は賀ヶ島をこの高校で、七不思議に見立てて殺すはずだった。けど、彼は受験に落ちて滝野森高校に行けなかった。だから彼だけは別で殺すことにした。そういうことか?」

「ということだね。これでひとつの噂にひとりの犠牲者のルールに則ることができる」

「じゃあ『食人植物』に見立てて安住の身体を落としたのも、弁当箱を置いたのも、これは全てフェイクだったのか」

「フェイクというよりも、代わりという方が正しいかもしれない」

「代わり?」

「七不思議自体は賀ヶ島も含めて完成するはずのものだった。ただそれだけじゃなくて、この高校の中で完成しなければならないものでもやっぱりあったんだよ。だから本来賀ヶ島が受けるべき罪の代わりを別で作る必要があった」

「……んん。賀ヶ島は七不思議の噂に見立てて殺害されたんだったら、わざわざ代わりを作る必要がどこにあるんだ? そもそもこの高校の中で完成しなければならない理由って何なんだ?」

「これも追い追い順序立てて説明するよ」

「……頼む」

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