決心

「私、行くよ」


 バスの後方座席に並んで座る木嶋はそう言った。

 オレンジに輝り出す陽はほんの数分で山奥へ沈み、ねずみ色の空が人を帰路へといざなう。


「本気で言ってる?」

「うん」

「けど木嶋さん、華道部に入るんじゃないのか?」

「これはあくまで体験入部だから、体験してからでもいいかなって。それに、ちょっと気になるんだ。七不思議の真相が」


 予想外の反応に私は戸惑った。



 家庭科室で中内が振舞ったカレーを食しながら、超常現象研究部部長の高木は活動内容を私達に説明した。主に超自然現象を研究する部である、と。しかし、その活動に欠かせないもうひとつの活動として行なっているのが、生徒や学外の人達からそういう現象の情報をかき集めて解明していくという、まるで探偵のようなことだった。

 そんな中、顧問である中内が去年誰かから聞いたという滝野森高校にまつわる七不思議の真相を探る為、超研は夜の学校に忍び込むことを告げたのだ。つまり、超研の部活動体験として七不思議の解明をしようと言ったのである。

 1年生は朝芽野、私、木嶋の3人。朝芽野は参加を決めたが、私と木嶋は不参加を選択した。高木は残念そうではあったものの、不参加に対して文句を言うことも脅しをかけるようなこともしなかった。


 結局、親睦しんぼく会としてお開きになった新入部員歓迎会だったが、私達が帰る直前に高木がスマホの画面を見せて、こう言い残した。


「もしも気が変わったら『』の超研グループに参加してほしい」と。



『たきもり』は、滝野森高校の生徒会が発案して作られたチャットアプリで、自分の学生番号と設定したパスワードを入力すれば自由にチャットを利用できるものらしい。学内の生徒の名前を入力するとその相手とチャットができたり(もちろん承認が必要となる)、部活動や親しいメンバー同士でグループを作れば、そのメンバーのみでチャットができるのだそうだ。因みにグループチャットの場合は、ニックネームを自由に設定できるらしい。

 高校のパンフレットに説明とQRコードが載っていたそうだが、私は見ていなかった。


「堂城さんはやっぱり不安?」


 顔を覗き込む木嶋はどこか寂しげな表情をしていた。


「そりゃあ不安だよ」


 正直私は夜の学校に忍び込むこと自体は全く問題はしていない。むしろあの夜を思い出すから気分がいいくらいだ。おそらく兄は反対するだろうが、そこも大した問題ではない。

 ただ私は、高校生が踏み込むべきではないようなことに興味本位で触れている彼らに不安を感じているのだ。怪奇現象なんて私は信じていない。しかし、そういった不可解な現象を依頼者が持ち込むということは、そこには何かしらの事態が起きている可能性があるということだ。

 もしも、その事態というのが殺人や犯罪が絡んだものだったら?

 ふと、あの時の尾木と紗倉の口論が脳裏に鮮明に再現された。彼らの口論のあった時、中内以外の誰もそれを止めようとはしなかった。2人の口論がいつもの事だからか? それとも……


 私が普段兄の手伝いをしているのは、あくまで日常の中にそのヒントが隠されているかもしれないからというだけで、自分から事件に突っ込むようなことはしない。そういう意味では朝芽野の昨日の言動にも不安はあった。


 私が「参加しない」と言った時、れい先輩は顔を伏せて落ち込んでいた。だが私は、そういった不安要素があるものに自ら触れるような真似はできない。

 そう、思っていた。

 だからこそ、木嶋蛍の言葉には動揺を隠せなかった。


「そもそも帰りはどうするんだ? 最終バスに間に合わなかったら帰れないだろ」


 少し強く言い放つと、彼女は一瞬肩を震わせたが「大丈夫だよ」と微笑んだ。


「自転車で行くから」

「自転車で学校まで何分くらい?」


 訊ねると、の鳴くような声で囁いた。


「……2時間くらい」


 ああ、駄目だこれは……。

 ますます放ってはおけない。


 明日は土曜日、スクールバスも出ているかどうか怪しい。そんな状態で彼女を参加させていいはずがない。しかし彼女は参加を選択した。

 だったら……、


「仕方ない……か」

「堂城さん?」


 首を傾けてきょとんとした目で見つめる彼女を、私は見つめ返す。


「分かった。木嶋さんが行くなら私も行く」


 なぜ私がそこまで彼女に肩入れをするのか、その時は分からなかった。ただ、きっと超常現象研究部という小さな組織には何かがある。だからこそ、彼女をひとりにはさせてはいけない。そんな気がしたのだ。

 これは、私のそんな偏見の上での決心だ。

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