新入部員歓迎会【1】

 高木達がカレーの支度をしていた時に、残りの超研2人もやってきた。

 ひとりは、不健康に痩せ細った金髪の男。中庭で体育教師と揉めていたあの男だ。超研だったことに驚いたが、確かに彼は幽霊に怯えている様子だった。信じていなければこんな部には入らないだろう。

 そしてもうひとりは、彼とは対照的に筋肉質な男だった。刈り上げた髪はほんのりと茶が入り、右耳には軟膏なんこうピアス、首元には鎖型のネックレスが不気味に光っていた。常に眉間に皺が寄っているのか、目つきが悪く見える。


 2人が家庭科室に入ってきた時、紗倉の舌打ちが微かに聞こえた。

 どうやら険悪な関係らしい。


「さて、みんな席に着いたね。それじゃあ、乾杯しようか」


 机を囲む形で椅子に座る私達を見回すと、高木はコーラの入った紙コップを掲げた。それに続き、我々も紙コップを掲げる。


 乾杯の儀が終わると、中内がフライパンを持ってそれぞれ盛り分けたカレーの上に目玉焼きを乗せていく。

 そしてフライパンを流しに置くと、中内は迷彩のエプロンを外した。昨日と同じ、黒の落ち着いたワンピースを身にまとった姿が現れる。しかし昨日とは異なり、腰の辺りに三つ葉のクローバーのような形の刺繍が施されていた。

 エプロンを隣の机に軽く畳んで置くと、彼女も席についた。

 それを見届けてから、私は目玉焼きをスプーンでかき混ぜ、カレーを口に放り込んだ。


 あつあつのご飯ととろとろ煮込まれたカレー、そしてたまごの甘味とが口の中で混ざり合う。隠し味によりコクのある濃厚な旨味を引き立たせ、ほんのり甘い人参にんじんとほくほくのじゃがいも、柔らかい牛肉がとろけ合う。


「んんっ」


 美味しいっ!


 と、思ったのも束の間。


「辛っっっ!?」

「んふふ、辛いでしょう? これが本場の海軍カレーだよ」


 中内はふふんと鼻を鳴らす。

 後からじんじんとくる辛さで舌の感覚がなくなってくる。身体が熱くなり、涙まで出始めた。目玉焼きのおかげでかろうじて食べられているが、これは……完食は厳しそうだ。

 平然と食べる木嶋は汗ひとつ流していない。むしろ見ていて更に美味しそうに思えてきた。朝芽野はなぜか笑っていた。



 しばらくして「ごほん」と咳払いし、高木がその場で立ち上がった。


「では、早速だけど我々超常現象研究部の紹介をしようと思う。ああ、食べながら聞いてくれたらいいよ。

 まずは部長の僕から。3年2組の高木康国やすくにです。子供の頃に未確認飛行物体と遭遇していて、それを見つける為にこの部に入りました。座右の銘は『信じる道をどこまでも』。どうぞよろしく」


 右足を下げ、右手をお腹に、左腕を真横に伸ばしお辞儀をする様は西洋貴族のようだった。しかし、左隣に座る紗倉の頭に左手が当たり、紗倉にみぞおちを殴られる始末。

 みぞおちを抑えながらも、右回りに自己紹介をするむねを伝えると、紗倉がそれに応える。


「2年3組、紗倉かえで。よろしくー」


 コンパクトな挨拶。カレーをひとくち食べる度に、彼女は舌を出し顔をしかめている。


 次は私。


「1年2組、堂城茜です。好きな食べ物は苺。れい先輩……矢神先輩と同じ中学出身です。よろしくお願いします」


 れい先輩がふふふ、と笑う。


「その髪は苺が好きだから?」


 紗倉の問いに、私ではなくれい先輩が答えた。


「ううん、この髪ね、最初は私が染めたの」

「そーなの?」

「ほら、私も青入れてるでしょ。髪を染めるとね、不思議と元気が出るの。だから茜ちゃんも染めてあげたの」


 ……半ば強引に。


「れい、もしかしてあんた強引に染めたんじゃないでしょうね」


 れい先輩は口ごもった。

 私を気遣う紗倉はため息を吐き「あんたも大変ね」と同情してくれた。


「茜ちゃんと昨日久しぶりに逢った時ね、もう髪は黒に戻っているものだと思っていたから本当に嬉しかったのよ」


 彼女は私を見つめて微笑む。ほんのりと目が充血しているように見えた。カレーのせいだろうか。


 この髪は変えられない。たとえ強引にだろうと、私を変えてくれたれい先輩からの贈り物に変わりはないのだから。


 私の通っていた中学同様、滝野森高校も規則については殆ど縛りがない。だからこの髪も、筋肉質な男のアクセサリーも紗倉のメイクも許されている。教師の中内さえも髪を染めているのだから。


「じゃあ次は矢神君だね」


 高木が自己紹介へと話を戻す。


「かえでちゃんと同じ2年3組の矢神れいです。可愛いものが大好きです。一番の宝物はラガディ・アンのお人形。よろしくね」


 お人形と聞いて、ふとあのドールハウスを思い浮かべた。れい先輩の部屋に人形は飾られていなかったと記憶している。ラガディ・アンという人形がどんな人形なのかは分からないが、きっと彼女の隣の部屋のドールハウスにあるのだろう。


「はーい、じゃあ次は私ね! 顧問の──」

「中内先生はみんな知ってますよ」「早苗ちゃんはみんな知ってるって」


 れい先輩の斜め左、いわゆる主役席に座る中内の声に重ねるようにして、高木と紗倉が同時に言う。中内はどん底に落とされたように机に突っ伏してしまった。


「うわぁあああん! 2人がいじめるー」


 どうだろうこの担任時と顧問時との差は。担任の教師とは全く別人のようだ。


「じゃあ次は君だね」


 皆の視線は、中内の隣に座る木嶋に向いた。

 もじもじと身体をくねらせて俯く木嶋は明らかに挙動不審だった。

 私や朝芽野と話していると忘れがちだが、彼女は人と話すのが苦手な性格の少女なのだ。皆の視線が一斉に自身に向いているこの状況は、彼女にとってこの上なく恐ろしい状況そのものだろう。

 ふと私に目を向ける木嶋に対し、私は「頑張れ」と訴えるように頷きかけた。すると、彼女もこくんと力強く頷いた。

 一度深呼吸をして……、


「1年2組の木嶋蛍です。家がお花屋さんです。好きなお花はアイリスです。よ、よろしくお願いします」


 か細くも一言一言に力のこもった自己紹介に皆が拍手をする。木嶋はホッと息を吐いた。

 隣の中内はどこかお母さんのような笑みで木嶋を見つめていた。


「じゃあ次は植木だね」


 木嶋の斜め左、れい先輩の向かいに座る丸い男。


「植木? おーい植木ー」


 植木は俯いたままじっと動かない。隣に座る朝芽野の視線も植木の膝下に向いているところからして、スマホでもいじっているのだろうか。

 紗倉がバンッと机を叩くと、ハッとして顔をあげた。


「聞いてんのあんた」

「ごめん、えっと……何だっけ」

「自己紹介!」

「ああ、そうだった」

「端的にしてよね」


 と紗倉が言うが、植木はそれには反応を示さない。


「2年1組植木武志。僕は深海魚が大好きで、研究をしているんだ。深海魚はね、奥が深いよ。ものすごく深いんだ。まだまだ解明されていない生物の殆どが深海魚といってもいいかもしれない。だからね、深海魚はね、未確認生物、イエティとかツチノコとか河童かっぱとか、そういうものと同じ存在なんだ。特にね、ラブカは面白いよ。ラブカというのは、古代ザメって言われているけど本当のことはまだはっきりと分かっていないんだ。初めて日本で発見されたのは1884年で、動物学者サミュエル・ガーマンが公表した論文でラブカの存在がおおやけになったんだ。当時は生きた化石って呼ばれてたんだけど、技術の発展によってそれは異なる見解だってことが証明されたみたいなんだ。ラブカの特徴的な──」

「はいじゃあ次ー」


 紗倉の割り込みにより、強制的に話は遮断された。

 なるほど、端的にと言うわけが分かった。


 ラブカ、小学生の時に読んだ生き物図鑑に載っていた生物だ。確かにサメのような見た目をしていたが、どことなくウナギのような姿にも思えた。

 深海魚が未確認生物というのはあながち間違ってもいないのかもしれない。


「次はあんたね」


 紗倉が植木の隣に座る朝芽野に目を向ける。

 続きを話したくて仕方がないのか植木が貧乏ゆすりを始めるが、紗倉のひと睨みでピタッと止まった。


「1年2組、朝芽野広夢です。好きなものは虫眼鏡と未解決事件、嫌いなものは寝癖と寝癖直しスプレー。よろしくお願いします」


 ……ちょっと待て。

 ん? もしかして、私は大きな勘違いをしているのではないか?


「あんたのその髪、寝癖……なのか?」

「え、うんそうだけど」


 ぽりぽりと髪を掻くその姿は、思えば掻くというより手櫛てぐしのような手付きだった。てっきりパーマだと思っていたが、まさか寝癖だったとは。


……んん、紛らわしいな。

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