奇妙な少年【後】

 公園前で降車し、屋根のある休憩場所でスクールバスを待つ間も、私は彼女『木嶋きじまほたる』と話をしていた。パーマ少年『朝芽野あさがや広夢ひろむ』も興味深そうに私達の会話に耳を傾けていた。


「バスで来たの私らだけ?」

「多分みんな電車で来るんじゃないかな。ほら、あそこの駅」


 木嶋が、高校へと続く林道とは反対方向を指差す。

 数百メートルほど先に見える滝野森駅と書かれたパネル下の出入り口から、次々と私達と同じ制服を身に付けた男女が出てくるのが見えた。


 ふと、思い出したので彼に訊ねてみる。


「そういえばあんた、さっきのバスで変なこと言ってたよな」


 眠そうに欠伸あくびを洩らす朝芽野が「ふあ?」と腑抜けた声を出す。


「あー、うんあれね。うん、まあ」


 曖昧な返事がもどかしい。


「ていうか、あれの所為で危うく大惨事になるところだったんだからな」


 因みに大惨事とは嘔吐のことである。


「気分悪そうだったよね。申し訳ない」


 またしても頭をぽりぽりと掻く。

 ノミでも湧いているのか。


「それで? 誰と話してたんだ?」

「変な人だよ」


 あんたも相当変な人だ。


「なんだか物騒なお話してたよね?」

 と木嶋。

「まあ……ね。多分さっきの人犯罪者だよ」


 そう言った彼の目は、冗談を言うそれとは違った。


「なんの根拠があってそう言ってるんだ?」


 バス内での会話は大体聞こえていた。内容もちゃんと記憶している。しかし、内容の殆どが根拠としては十分でないものばかりだった。

 朝芽野は淡々と語り出す。


「僕がバスに乗った時、満員に近い状態にも関わらずふたり座りの椅子を占領してた男がいたんだ。最初は迷惑な人だと思ってただけだったけど、だんだんとその人の行動が気になり始めて……」

「行動?」

「まず、その男は妙に周りを頻繁にキョロキョロしてたんだよ。まるで私は人に知られてはいけないことをしてますよ、と言わんばかりに。かと思えば、突然鞄の中をまさぐり始めた。ガタイがいいから余計に鞄が小さく見えて、それが不自然極まりなかった。で、財布と勘違いしたのかピンク色のポーチを取り出して中身を開ければ化粧品の類が入っていた。そこで男は舌打ちをした。それから再び鞄を弄ってふたつ折りの財布を取り出すと、中身を確認した。そこで、偶然内ポケットに入った免許証の上の部分が見えたんだ」


 話を中断して、彼は私を見つめた。話の筋道が見えてきたか、と訊ねたいのか。


「その男の免許証ではなかったと?」


 訊くと、朝芽野は私に人差し指を向けた。


「そうなんだ。明らかに女性だった。しかも年齢は23歳。僕にはその男が40代にしか見えなかったから、鞄そのものが盗まれたものだと確信した。化粧品の入ったポーチまであったんだからね」

「あっ、だからあの時鞄が変だって言ったんだね」


 両手をパンッと叩いて木嶋が言った。


「んだ」


 と、朝芽野は頷く。


「けど、なんであんな不自然な言い方したんだ?」


 朝芽野はあの時「その鞄が不自然なんですよ」と言った。明らかに女性ものの鞄であること以前に、既に免許証を見ているのだからそのことを言えばいいのに、なぜ鞄が変だと回りくどい言い方をしたのか。


「相手の反応を見る為だよ」


 彼はそう答えたが、意味が分からず私も木嶋も首を傾げる。


「先に免許証のことを言えば相手は何かしら言い訳をするに決まってる。例えば『娘に鞄を届けにいく』とかなんとか言われれば、何も言えなくなる。その分、鞄が変だとあえて遠回しに言えば相手も変にボロが出るかもしれないだろう? それこそ女性ものの鞄が好きだとか言い訳すれば、それが嘘だとすぐに分かる。要は多少の切り札は隠しておくものだってことだよ。……とは言ったものの、服装が変だったり首元に傷があったり、色々と気になるところが多くてボロを出させるどころか怒らせてしまったんだけれどね」


 なるほど、それが目的だったのか。

 確かにあの言い方だと不自然なのは鞄だけだと思わせることができる。それによってボロを出させることもできたかもしれない。

 だが、朝芽野の話を聞く限りその男は相当不自然な姿だったことが分かる。とするならば、少なくとも窃盗犯の可能性は十分にある。

 そんな人間が逃走したわけだから、いささか物騒だ。


 それにしても朝芽野広夢、彼は一体何者なんだ……。


 彼に多少の興味を持ち始めたところで、駅から歩いてきた生徒達が集まってきたので話はそこで中断された。

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