第4話【不死 / Immortality】

思い出したものは、

 


第4話【不死 / Immortality】



 思い出したものは、鮮烈な青。

 めざましくも透き通る青色が、闇の中で火の粉を巻き上げる。


 頭から足先までの感覚は失われ、うつ伏せになった身体は倒壊した柱の下敷になっていた。火の粉と業火の渦の中、立ちこめる黒煙に息を接ぐいとまもない。身体はもう、末端の指先ですら動かない。


 炎は生き物のように荒れ狂い、その古風で美しいアンティーク調の部屋を蹂躙じゅうりんしている。ばちんっ、と頭の上で何かが爆ぜる音が響いた。渦がごうごうと獣のごとく唸り声を上げた。目の前にいっとう明るい光が散った。またたく間に、蒼と黒を混ぜ合わせた大きな火の波が全てを呑み込んでいく。


 何かがガラガラと崩れ落ちた。熱に耐えきれず降り注いだ天井だった。崩れた柱は床の上で黒く重なった残骸の山を貫き、そしてまた、大きな怪物の手のように蒼炎が襲いかかる。


 身体が死を恐れて、声にならない悲鳴を上げ。


 ――刹那、世界が切り替る。


 青い炎が全てを包み込む中で、『彼』に身体を抱えられたまま廊下を進んでいた。

 自分の腹の上に乗った手はまるで子どものように小さい。緩やかに視線を上げると、視界の端で同じ黒髪が揺れている。


『大丈夫、だいじょうぶ。俺が絶対に、俺が命に代えても、たすけるから』


 見つめられていることに気がついたのか、彼は励ますように小さく口角を緩ませる。

 その拍子に、頬から顎に掛けて滴った汗が、手の甲に落ちた。


 ――刹那、世界は切り替わる。


 その青い炎は、まるで人の形をしていた。二足歩行の足を持って、ゆっくりと、扉の隙間を押し開けて、部屋の中を見渡した。


 顔の辺りで揺らめく火が、笑みを浮かべたように歪む。手のあたりを大きく振り、足のあたりを大股で動かして、そいつは部屋に踏み込んだ。


 視界の全てが青い色に覆い尽くされた。彼の姿も、真っ青な海の奥底に消えていく。最後に振り返った彼の、この身体と同じ紫の瞳と視線が合う。


 『――』。名前を呼ばれたような。『生きろ』と、口が形を作る。


 身を引き裂く断末魔と炎の唸り声が耳の奥に鳴り響いた。それは、長く長く何時までも尾を引いて響き、やがて、怪物が口を開けたような蒼い火の海へと呑み込まれていった。


 暗転。

 それからどれほどの時間が経っただろう。

 その身体だけが、再び、灰燼の中からよみがえる。

 それが、彼女のだった。



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