Ep.25 入浴

 マテリは村人の大衆から離れ一人、この先のことを考えていた。


 「あぁ……儀式か。そんなのやったことねぇしなぁ……何か痛ぇことされたら嫌だなぁ」


 〈言葉のせいかかなりの抵抗感がある。❝儀式❞。この単語を聞いて想像するのは堅苦しい雰囲気と苦痛を味わう人間だ。苦痛は痛みを伴うもので体に傷を付けられる。しかも一生取ることは出来ないものだ。〉


 〈チゴペネでも昔はそういった風習存在したらしい。資料を見たことがあるが見ているだけでこっちにも痛みが伝わってくる。そんなことをされないことを祈るばかりだ。〉


 考えれば考えるほど儀式への恐怖感が募るマテリ。ここで水を汲みに行ったデナキュガが戻ってきてマテリに声をかけた。


 「おい、そろそろ風呂入ろうぜ?疲れが取れるぞ」


 「風呂?水の中に浸かるのか?体が冷えてきたのに水になんか入ったら風邪引いちまうよ。俺の状態見えてるか?」


 〈デナキュガには俺が肌寒くて手で抑えてる様子が見えないのだろうか?ましてや水の中に入ろうだなんて……。ここの村では我慢大会でも行われているのだろうか?〉


 「何言ってんだよ。逆だよ逆。体を暖めるために入るんだろうが。まさかお前、風呂に入る風習がなかったのか?」


 「そんな冷たい水に入って体を暖めるなんて風習はないよ。寒いところにいると血流が良くなって体が暖まるってのは聞いたことがあるけど、まさか本当にやるところがあるとはねぇ……とにかく俺はそんな冷たい水に浸かるなんてお断りだよ」


 「さっきから何を想像してんだ?俺が言ってんのは風呂に入ろうってことだぜ?風呂って言ったら温かいに決まってんだろ。そんな修行みたいなことはしないよ。だからどうだ?風呂、入ろうぜ?」


 「分かった、取り敢えず着いていくよ」


 〈温かい水に浸かる?昼間に海岸や川岸でシートを敷き、そこに水を入れて熱水にするゲームならやったことがあるがあれに近いのだろうか。デナキュガからはこれからイタズラをするぞという雰囲気は感じないし、水に浸かることを喜んでいるようにも見えた。〉


 〈ひとまず彼の表情を見る限り慣れている行動なのだと思う。それに表情を見る限り罰ゲームだとも思えない。まだ想像は出来ないが取り敢えず行くしかない。〉


 2人は水を汲んだ場所まで歩いた。マテリは風呂がどんなものなのかイマイチ想像できていない。気候の暖かいチゴペネでは1日1回シャワーを浴びる代わりに水に浸かる習慣はないからだ。頭の中が?だらけになりながらマテリはデナキュガについていった。


 「何だ?あの缶みたいな容器は」


 「あれが風呂だよ。水を火で温めてお湯にするんだよ。入ったら気持ち良いぞ」


 「て、おい!そんな缶なんて火にかけて溶けたりしないのかよ。すぐに火消さないと」


 「おいおいおいおい!何してんだって、お前本当に危なっかしいことしてくれるなぁ……大丈夫だよ。ほら、水入ってるだろ。だから底の温度は上がらないから安心しろ。濡らした藁を火に近づけても燃えないだろ?それと一緒のことだよ」


 「悪い……あんまりにも露骨に火に近付けてるもんだから周りが見えなくなるくらい焦っちまって……とにかく大丈夫なんだな。このままにしておくぞ?」


 「そうしてくれ。水に触ってみな。そんなに熱くはないぞ?」


 マテリは恐る恐る人差し指をゆっくりと水の中へと近付けた。小刻みに震える指の先にはどうせ火傷するほどに熱いに決まっていると考えているマテリがいる。


 ❝ポチャ❞マテリの指先が水に触れた。


 「ひっ!って……そうでもないな。温かい」


 〈ビビって損した。ただ、中に熱水が入っていると思っていたのでホッとした部分もある。手を火傷しなくて良かった。罰ゲームを行うにしても温度が低い。確かに浸かるには熱くも冷たくもない温度だ。これならいける。〉


 「だろ?分かっただろ。このお湯の中に入るんだぞ?話が理解できたら服脱いで入りな。ほら、これ置いとくぞ。髪毛と体を洗うための種だよ」


 〈デナキュガは指の幅に収まるほどの小さな種を大きな缶の隣にある木で出来た小さな桶の中に入れた後、どこかへ去っていった。きっと俺が服を脱いで裸になることを考慮してのことだろう。多分他の村人も俺が入浴することは理解しているはずだ。〉


 「誰も来ないうちに入っちまうか。何だこれ?消して良いのか?」


 〈近付くだけで熱気を感じる。このままだと火傷しかねないので火を消すことにした。両手で水をすくい燃えている薪のもとにかけた。水の温度は高いがそれでも火は消えた。これで安心してお湯の中へ入れる。〉


 「よし、誰もいないな。よいしょっと」


 〈まずは上を脱ぎ上半身裸に。……寒い。この間にも空は暗くなり始め気温も下がる。風が吹くとなおさらである。今までは罰ゲームだと思っていた湯であるが今の状況ではとても輝いて見える。早く入りたくて続けて下半身も脱ぐことに。〉


 〈全身が風に当たってスースーする。あまりこの状態でいると体が冷えるし変人にも見られかねない。早く缶の中に入り体を隠そう。〉


 ❝ザブ〜ン❞つま先からゆっくりとお湯に入り水温を感じるマテリ。


 「熱っ!熱っ!ひゃあ〜……手で触った時より全然熱いなぁ。これで罰ゲームじゃないって……ここの人達凄ぇなぁ」


 〈熱い。冷たかった体が一気に火で炙られたような感覚に目が開いた。そして反射的に右足を素早くお湯の中から出して冷やす。しかしそうするとまるで氷を押し付けられたように冷たくなるので温度の調節が難しい。〉


 「あっ!でも今度は丁度良いな。うん、こっちもだ」


 〈体が水温に慣れたためか今度は丁度良く感じた。この調子で先程は入れることの出来なかった腹から上もお湯に浸かることに成功した。最初は火で炙られるような熱さだが少し待てば温度が下がり次第に丁度良い温度となった。〉


 「ふぅ……お湯なんて罰ゲームだと思ってたけどこれならシャワーと同じだな。いやぁ〜それにしても気持ち良いなぁ」


 〈深呼吸して吐く時が一番気持ち良い。全身に暖かさが伝わってくるのだ。気分が良くなってくると自然と前向きになれるのが人間だ。さっき、チゴペネに戻って喜んだ夢を見たことを反省して気分が下向きだったが風呂のおかげでそれが直った。〉


 〈今は不思議と反省したからやり直せると前向きな気持ちになっている。もしかしたら儀式も案外すんなり通るかもしれないと。そう思いながら両手にお湯をかけた。〉


 「さてと、頭洗わなくちゃな。これ……だよな。この種でどうやって洗うんだよ」


 〈さて問題なのはこの種だ。これでどうやって頭や体を洗えというのだろう?全く想像できない。いつもだったら容器の上から押せばヌルヌルした液体シャンプーが出てくるがここではそんなものはない。となるとこの種が体を洗うのに必要なものだと考えるのが自然であるがどうすれば……?〉


 「うわ……何か石鹸みたいになってるなぁ」


 〈桶の中に満たされた水の表面には石鹸や油を垂らした時に見られる模様が現れた。いつもシャワーを浴びる時にシャンプーをかけるがその時にも同様の現象が現れる。その経験もあり、これはかき混ぜれば泡立つだろうと予測できた。〉


 「おぉ!やっぱり。これを泡立てれば」


 〈当たっていた。木の実を揉んでいるとヌルヌルして徐々に泡立ってきた。匂いもまた石鹸に似ている。これを頭にかければ洗うことが出来る。〉


 「ふぅ〜やっと洗えた。二日もシャワー浴びてなかったから余計に気持ち良いや」


 〈チゴペネにいた頃は夜に毎日シャワーを浴びていたが今は二日も洗っていなかったので体にこびり付いた汚れと共にモヤモヤする気持ちも削ぎ落としてくれる。洗っている間は目を閉じているため周囲の情報が遮断されて何も考えなくて良いので凄く気分が良い。〉


 「はぁーっプ!」❝ボチャン!❞


 マテリは頭に付いた泡を落とすためにお湯の中に潜った。髪の毛は耳にかからないほどの短さのため、すぐに汚れは落ちる。


 〈水中はさらに気持ち良い。温かいお湯が顔に当たる時に喜びを感じる。この間に飛び散った泡を使って体も洗うことにする。温かいお湯の中でよく体を擦るのだ。体のザラザラが取れて回数を重ねることに引っかかりがなくなる。こうなるまで何度もあらゆるヶ所を擦った。〉


 「はぁ〜、こんなに気持ち良かったの久しぶりだなぁ〜。でもちょっと寒くなってきたなぁ……お湯もぬるくなってきたし、そろそろあがるか」


 〈お湯からあがった途端、冷たい風が体を掴むように吹き付けてくる。早く寒さから逃れるために置いてある布を使って体中を拭いた。まずは腹を乾かし、その次に髪の毛、そして顔→背中→下半身という順番で水気を取って服を着た。〉


 「はぁ〜さっぱりした。これが毎日だったら文句ないけど……2日に1回だもんな。もったいない」


 〈シャワーを浴びるよりも気分は良いが2日に1回というのが少し物足りないところだ。だがここはチゴペネほど暑くはないし蒸し暑さもそれほど感じない。2日に1回というのは妥当なのかもしれないも思う。それでもやはり1日1回が俺には望ましい。〉


 風呂からあがったマテリは服を着てまた村の大通りの方へと戻った。

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