Ep.26 儀式への不安

 風呂からあがったマテリは村の大通りに向かって歩いていた。


 「はぁ〜、風気持ち良いなぁ。でも腹減ってきたなぁ……何か食いたい」


 呑気に歩いているマテリ。そんな彼が村人の行動に違和感を覚えるまでにかかった時間は長くはなかった。


 「ん?また何かやってるなぁ……もしかして儀式の準備か?」

 

 〈まだデナキュガからは伝えられていないが一人で休んでいる時に精霊から知らされたので大通りに見える大量の木の棒は儀式に使うものだと推定できた。あの棒で俺をつつくのだろうか?そう思うと何か怖くなってくる。そうならないことを願いたい。〉


 「痛ぇことは嫌だぞ?」


 「おーい!マテリ。風呂あがったみたいだな、こっち来てくれよ」


 〈デナキュガだ。大通りの右側で他の村人と一緒に材料を組み立てていた。俺には黙っているが彼も儀式に参加する人間なのだろう。村人に混じりせっせと準備している様子が目に映る。もうこっちも分かりきっていることだがまだ知らないことがあるかもしれない、念のため聞いておこう。〉


 「おまたせ。風呂入ってきたよ。シャワーより気持ち良かったけど、2日に1回なんてもったいないなぁ……で、それはそうとして質問なんだけど、これ、なんだ?」


 「あぁこれか……お前と関わりが深いものだよ。これからお前を正式日村人として迎え入れる儀式を行うんだ。そのための準備だよ。今まで黙ってたけどやけに鋭いな」


 「そりゃあさっき聞いたからな」


 それを聞くとデナキュガは少し焦ったような顔し始めた。


 「お前それ、だ、誰に聞いた?」


 「どうした?そんなに焦り顔なんてして。俺は精霊に聞いたんだよ」


 「精霊?精霊って……お前いつ聞いたんだよ」


 〈まだまだ焦る様子は止まらない。俺はそんなにまずいことを言ってしまっただろうか?しかし思い当たることで後ろめたいことはない。続けて話すことにした。〉


 「さっき昼飯食い終わって村のはずれの方で休んでた時だよ。木陰で横になってる時に空から降りてきたんだよ。そしたら❝儀式の心構えは出来てるか?❞みたいなこと聞かれてここで儀式があること知ったんだよ」


 「あぁぁぁ……精霊がいたか。せっかく秘密にしてたのに……」


 「何で俺に秘密にしておく必要が?そんなに俺に知られるとまずいことなのか?」


 〈こういった直後にこの発言も少しおかしいと気づいた。そもそも知られてまずいことなら儀式になんて呼ばないだろう。発言がおかしいと気づいた後、訂正した。〉


 「悪ぃ言い間違えた。そんなまずいことなら俺に今言ったりしないもんな。他に俺に知られたくないことがあるのか?」


 「はぁ……、そんな嫌な顔はしてないし言っても大丈夫そうだな。分かったよ、教えてやる」


 ようやく口を開いたようだがまだ口は重そうだ。


 「俺が黙ってたのは儀式のことを話したらお前が逃げ出すんじゃないかって不安があったからだよ」


 「お前はまれびとだってことは変わりようがない事実だけども、まだ客人の立場なんだ。そんなお前がこれから村人として生きていくことになるんだ。不安だろ?」


 「お前がもともとどんなところに住んでたかは想像するしかないけどどっちにしてもここは異国の地、いざここに住むってなれば皆ビビって逃げ出す。お前もそうだろうって思ってな。だから直前までは言わないように皆黙ってたんだよ」


 「あぁそうだよ。精霊に言われてすぐの時はどこかに逃げてやろうとも考えたよ。妖怪のうろつくここじゃどんな危険な目に会うかも分からないしな。でももう後がねぇよ……もうここで暮らすしかないんだよ。覚悟を決めるよ」


 「お前やけに強気だな。何か精霊に激励でもされたのか?」


 「いや、そんなことはされてない。むしろお前みたいなヒョロヒョロが生きていけるのか?みたいに小馬鹿にされたよ。この見た目も相まって俺のこと舐めてるよ。それで終わりだったらもう逃げ出してるね」


 「その後に夢見たんだよ。チゴペネに戻った夢をね。元いた場所に戻れた!って歓喜したけどそれが幻だって分かってその時にもう俺はチゴペネに戻ってくるな!遠く離れた異国の村に住め!って神様に告げられたって思ったんだよ」


 マテリの決心した顔つきにデナキュガも自身が持っていた彼の本気さに気付かざるを得なかった。


 「もう隠す必要もなさそうだな。儀式、覚悟しろよな。お前がこれから村人として溶け込めるかを確かめるためのものなんだからな。お前の世界はここより便利で快適みたいだからな。体力のない今のお前がここで生き残るのは相当大変なことだ。そのことを痛いほど見せつけられるぞ?」


 とはいえ、まだ完全にマテリのことを信じているわけではないようだ。


 「もう、チゴペネに戻れないって時点で大変なことだよ。でももうここで生き残るしか方法がないんだよ。厳しいことはしないでくれると嬉しいかな」


 「儀式に耐えられるかはお前の気持ち次第だな」


 「気持ち次第か……どんなことされるんだろうなぁ。ところで、さっき木陰で休んでる時に聞いたのは精霊も儀式に来るって言ってたけど、それも想定済みなのか?」


 それを聞いたデナキュガはシリアスな顔を一変させて喜びの表情へと変えた。


 「ホントか?精霊が来るって確かに言ってたのか?」


 「あぁ言ってたよ。儀式始まったら俺達も見に行くって、精霊達も楽しそうだったよ」


 「お前運の良い奴だな。このまま儀式で良いところ見せれば精霊にも気に入られるんじゃないか?流石まれびとは違うな」


 〈気持ち次第、と聞くとなんだ大したことないじゃないかとなる。思ったほど複雑なことはしないみたいだ。そうと分かったらさっさと儀式を終わらせて村人になろう。〉

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