Ep.24 消えない故郷の恋しさ

 「はっ!ハァ……ハァ……夢だったんだ」


 〈坂を歩き始めてしばらく、いきなり目が覚めて気付けば一休みしていた木陰に帰ってきていた。ぐっすりと寝た日の朝みたいに清々しい気持ちだが、その喜びを邪魔してくるのがさっき見ていた夢の話である。〉


 「ハァ、夢かぁ〜……帰りたい」


 〈時々嫌なことや腹立つことなどがあろうともチゴペネが恋しい。さっきは精霊から村人として受け入れる儀式があると聞いたが馴染んでいけるだろうかという不安がさっきの夢を見せたのかも知れないと勝手に考えた。〉


 〈せっかく戻れたと思ったのにがっかりだ。結局ここで暮らさなければならないという運命からは逃れられないようだ。それに何だかアコリウィの助言を裏切るようなことをしたなとさっきの夢での反応を後悔し始めた。〉


 「悪かったよアコリウィ、ちゃんとここで暮らしていけるように何とかするから助けてくれよ」


 〈そう祈ることにした。こうしていればきっとアコリウィが夢の中でまた助言してくれるだろう。彼の期待を裏切らないためにもここで暮らしていこうと思う。そしてチゴペネの住人が住む楽園に向かうのだ。今思えば楽園が待っているからといって自害する者はいなかった。怖いし、今を生きたい気持ちなのだろう。また命を失うなんてまっぴらごめんだ、ベストに生きるならここで存分に楽しむことだろう。そう考えると前向きになれる。〉


 「んん、はぁ〜でも清々しいなぁ。スッキリした。こういう時にシャワーでも浴びれたら良いんだけど」


 〈普段なら眠気が残るがこのときはスッキリしていた。この調子の良い時に体を洗い流したかった。取り敢えず、村の中心へ戻り顔を洗おうと思う。ここの水が綺麗だということが分かっているのでチゴペネとは違ってそのまま洗うことができる。〉


 マテリは村の中心に向けて歩き始めた。ここに馴染もうと心を入れ替える努力はしているようだが、まだまだ故郷へ戻りたい気持ちは消えそうにない。このあと、村人からの儀式を受けてからどれだけ馴染んでいけるかが新しい世界で生きていく鍵となる。


 「ここだここだ。さぁ、洗うか」


 マテリが湧き水に手首まで入れたところだった。


 「おおマテリ、ここにいたのか。さっきから姿見ないからどこ行ったのかと思ってたよ」


 〈デナキュガだった。精霊にこれから村人が俺を迎え入れる儀式があると聞いているが彼はまだそのことを俺に伝えていない。なぜだろう?俺を驚かせようとでもしているのか。そんなことをしてメリットがあるのだろうか。俺には分からなかった。だが今はそんなことは忘れて彼に付いていこう。考えるだけ時間の無駄だ。〉


 「悪い悪い、そこの木陰で休んでたら気付かないうちに寝ちゃってて……」


 「あぁ、あそこか。風吹くと気持ち良いもんな。お前でもここが気持ち良いって言ってもらって良かったよ。これなら大丈夫かもな」


 「ん?何がだ?」


 「いや、お前はここに来たばっかりだけど、故郷の恋しさでどっか帰っちまうじゃねぇかって思ってたな。俺も村を離れる時は故郷が恋しくなるからな。お前も同じだろ?」


 「まあな、俺だってまだ死にたくなかったし友達と飲み食いしてお喋りしてたかったよ。それが洪水に巻き込まれたせいで故郷から離れざる負えなくなっちまって……正直今でも帰りたくなるよ」


 〈やっぱり、デナキュガも俺がもといた世界に帰りたいことには気付いていたみたいだ。元にさっきは故郷に帰れた夢を見て大喜びしていたしまだまだここで馴染めるかは未知数。慣れている方に就きたいというものである。〉


 「ハハッ!そうかそうか。どうせお前はまれびと何だから存分に楽しんで生きていけば良いぞ。ここの風土を侮るなよ?」


 「あ、ああ。で、どこに行くんだ?」


 「ん?村の大通りの方だよ」


 〈彼と一緒に大通りの方に戻ると何やら不思議な装飾があちらこちらに施されているのが目に写った。最初何をしているのだろうと思っていたがすぐにこれが精霊の言ってた儀式の準備かと気付くことができた。〉


 「なあデナキュガ、凄い模様が並んでるけどここにいて良いのか?」


 「ああ問題ないよ。俺ちょっと水汲んでくるからそこらへんで待ってろよ」


 「はーい」


 〈寝たばかりなので目はパッチリと開いていた。もう日が暮れるというのにしっかりと目に光が入ってくる。太陽の方向を見つめるとオレンジ色の光の線が近くに見えた。この頃になると風が冷たく肌寒い。〉


 「へァークショッ!寒くなってきたな」


 〈昼間あんなに暖かかったのに今は涼期並に寒い。服一枚だけだと過ごすのが難しくなってきた。腹の中央で手をクロスして空気を遮断した。こうしないと震えてくる。〉


 「あぁ……シャワー浴びたい」


 〈チゴペネにいた頃は一日一回、夕方にシャワーを浴びていた。それが習慣になっているのでシャワーを浴びていないと変な感覚だ。顔も少しカサカサしてきた感じがする。そう思って右の頬を触った時だった。〉


 「あらあら、どうしたんだい?そんな落ち込んだ顔して」


 「わぁ!な、何だ?」


 〈いきなり、背後から声をかけてきたのでびっくりした。顔を触る時に溜息をついたので落ち込んでいるように見えたのだろうか。でも確かに半分は当たっている。それはまだ消えない故郷に帰りたいという気持ちだ。〉


 「いやいや、ごめんって。そんなにビックリしたのかい?悪かったね。ところであんた、昨日ここにやってきて村は気に入ったかい?」


 「だんだんとな。でもまだ帰りたい気持ちはデカいよ。さっきは故郷に帰った夢まで見たからね」


 「そうかい、まだ慣れてないのか。まあ最初はそんなもんさ。初めから違う村に来て幸せに生きられるヤツなんてそうそういないもんだよ。ここから皆と暮らして充実させていくんだよ。あんたはまれびとさんだからね、あんたが喜べば皆も良い気分さ」


 〈そう言われると嬉しいが普通の人間である俺がどこまで村人を喜ばせることが出来るのだろう?まだまだ自信がない。と、ここで他にも村人が寄ってきた。どうやら話を聞いていたようで俺が故郷に帰りたいと言ったことを心配しているようだった。〉


 「なぁ、まれびとさん。そんなこと言わないでくれよぉ〜、ここにいてくれよ」


 「やっぱり外から来るヤツは帰りたがるんだなぁ〜。ここほど良い場所なんて他にないのに」


 大勢の村人から帰ってしまう、もう少し正確に言うなら逃げ出してしまうのではと心配されるマテリ。しかし当の本人は先程見た夢の影響からここに暮らすことを心に決めていたようだ。どうやらさっきの夢は祟りか何かだと思っているらしい。


 「もう、ここが天国か地獄かでも構わないよ。戻るに戻れなくなったんだから。覚悟を決めるよ。」


 〈言葉を発した通り、もう戻れなくなったことを前提に生活を始めなければならない。早く馴染めるようになりたい気持ちは山々なのだがどうしても故郷の思い出は捨てられない。この気持ちをどう扱えば良いのだろう?アコリウィなら解決してくれそうなのだが……〉


 まだまだ故郷への思いは残りつつも村に馴染もうとしているマテリ、彼がここに残る意思があることを伝えると村人は喜んだ。村人は今夜行われるまれびとを迎え入れる儀式に思いを寄せている。


 〈後のことは分からない。儀式次第だ。彼ら村人達が俺のことをどう扱うのかでもといた世界に帰りたいと思う気持ちが強くなるのか、あるいはこっちの世界に残りたいと思うのか。全く先のことは分からない。考えるとチゴペネのことが良く思えてくるのでやめたほうが良い。取り敢えず話題から逸れるためにちょっと移動しようと思う。〉


 「ちょっと1人にさせてくれるか?」


 そう言ってマテリは村人から離れて村のはずれまで歩いて行った。


 「ふぅ……儀式か、神様頼む!ここで馴染ませてくれ」


 複雑な気持ちながらも村人に歩み寄ろうとしているマテリはいよいよ本気のようだ。

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