Ep.23 故郷に帰った……?

 再び眠りに落ちたマテリ、彼は蒸し暑い空気にさらされて目を開いた。


 「ん、ん〜……あぁ暑い!何でこんなに暑くなるんだよ」


 〈さっきまでカラッとしていて気持ちよかったのに。まるで場所が変ったように蒸し暑い空気が漂う。この蒸し暑い風土、まるでチゴペネを思わせる。妖怪がうろつく世界に巻き込まれた時も川の中から突然だったし、今回と状況がよく似ている。もしかしてと思い僅かしか開いていなかった目を無理やり押し上げて光を取り込んだ。〉


 「日差しが強いなぁ〜、もしかして戻ってきたのか?」


 〈もしかしたらと思い寝ていた広場を離れて水の音がする川の方へと向かう。さっきまでいた村の川は何の臭いもしないがチゴペネを流れるイェレマケ川流域なら土が水に混じっているため泥臭いのだ。この臭いを頼りに水のあるもとまで急ぐ。〉


 〈走っている時に露出している赤い土もチゴペネの風土と合致している。そして周りの木々には蔓が巻き付いており、鳥の激しい鳴き声が四方八方から響く。こういったチゴペネの特徴をパズルのようにはめていくことにここがチゴペネであることを確信していく。〉


 そしてマテリは広場と茂みを抜け、川に出てきた。


 「ハァ、ハァ、ハァ……やっぱり。戻ってきたんだ」


 〈この蒸し暑い気候や濁った川、そして川にそって並ぶ住宅やビル街、間違いない、チゴペネである。俺は妖怪がうろつくあの世界からチゴペネのあるこの暖かい世界へと帰ってきたんだ。それに気付いた時、ようやく普段の生活に戻れるという喜びがこみ上げた。〉


 「やったぁぁぁ!戻れたんだ。これで妖怪だらけの世界からはおさらばだ!あぁ、凄く幸運だなぁ」


 〈幸運を噛み締めながら川に沿って歩き、自宅を目指すことにした。再び転生したのだろうか?だとしたら神様は相当自分を気に入っている。一度遠く離れた村に飛ばされ、もう一度住んでいたこの都市に流れ着くなんて……歩いているだけでも涙が出てきそうだ。〉


 「楽園じゃないけどもうそんなのどうでもいいや」


 〈死後の世界には楽園が待っているとは言ったが生前の世界に戻って来れたというだけでそんなものがどうでも良くなってきた。そもそも生前の世界ではそこそこ充実した生活を送っていたのだ。まだ楽園という究極の充実した世界を知る前に戻れて良かったといえるだろう。もし楽園の生活を知っていたらもうここには適応出来ず地獄のような生活を送るはめになっていたからだ。〉


 〈楽園へ向かうのは再び生を授かって全うした後で良い。ここで再び飲み食いして話して眠れば良いのだ。チゴペネにいてこれほど幸せを感じたのは初めてである。不便な地にいたので余計にそう感じる。〉


 「ああ……何でこんな遠いところに送られたんだよ」


 〈一つ不満なことがあったといえばそれは自宅から遠い、これに尽きる。ここから家までは歩くととんでもなく時間がかかり日が暮れてしまうのだ。今は何も持っていない、通常であれば通信デバイスの中に入っているポイントを使えば交通機関を利用出来るのだが今回は歩くしかない。〉


 「ハァハァ……最近移動してばっかだ」


 〈振り返ればずっと移動してばかりなのだ。洪水の被害から逃れるために避難するところから始まり、異世界に迷い込んだ後、人里を探しに回りその後精霊に会いに森を歩きそして今に至る。〉


 「暑い!汗が止まんねぇ。チゴペネってこんなに暑かったっけ?」


 〈額や背中から汗が滲み出てくることでチゴペネでいかに便利な暮らしをしてきたかが分かった。下手したら村にいた時よりも辛いかもしれない。あそこは湿気が少なく爽やかな空気が流れていた分歩くのが思ったほど苦ではなかった。〉


 〈村にいた時に感じた歩くことへの面倒臭さはここから来ていたものだと理解した。それもそのはず汗ばむ陽気で周りには誰もいない。もっと街の中心部に行けば人はきっと横になって休んでいたり、誰かと会話を楽しんでいる頃だ。〉


 蒸し暑いチゴペネの川沿いを歩きながらももといた世界に戻って来れたことに安堵の表情を浮かべるマテリ。この後、彼はある異変に気付くこととなる。


 「んっ?魚……か?何であんなに頭が……」


 〈ここに戻ってきて初めて生き物を見た気がする。息をするために水面に顔を出してきたのだろう。違和感を感じたのはその時だった。最初、一つだと思っていた頭が2つ3つと増えていったのだ。それも同じ柄のものではなく、大きさも色も形も異なるものがだ。こんなものは見たことがない。〉


 〈まるでアートを見ている気分だった。アートだとこういった様々な動物が混じり合って作られているといったイメージだ。こんなものが見えたので一回限りの気のせいだと考えた。次はちゃんと一つの頭が顔を出すに違いない。〉


 ❝パチャ!❞また別の魚が呼吸のために水面に顔を出してきた。肺呼吸をする魚は水面から水中に戻るまでに少し時間がかかるのでその間にマテリは確認するようだ。


 「えっ?何で……やっぱりだ」


 〈目を擦ってもう一度魚の方を覗いて見たが姿は同じくいくつもの頭が並び、現実とは思えない光景だった。っと、頭が困惑している時に近くの茂みで❝ガサガサ!❞と何かが動く音を聞いた。すぐにそっちを見て茂みから一歩下がり安全を確保する。〉


 「おいおい、嘘だろ……動物までこんな姿に……」


 〈茂みから現れた動物の姿は目を疑うもので魚のそれを軽く超えていた。自分の背丈ほどある背中に身長を超える頭と顔、そしてそれが2つくっついた状態だった。いくら都市育ちの自分でもこんな奇抜な姿をした動物はいないことは分かる。〉


 〈動物はこちらの存在に気付いたためかすぐに茂みの中へ慌てて戻って行った。それにしてもここに戻ってきてから変な姿をした動物を見てばかりだ。まさか今見ている光景は錯覚……?そんな考えが頭をよぎる。でも目を何度擦っても見える光景は同じ。俺の目は正常なはずだ。〉


 「取り敢えず家まで歩くか……」


 〈現実世界を疑っても仕方ないので歩くことにする。向かう先は自宅だ。さっきの光景を見てから段々と故郷に帰ってきたという感覚がなくなってきた。ここは本当にチゴペネか?と疑問に思えてきたのだ。それとも妖怪がうろつく世界の影響が漏れてきているのだろうか?〉


 「やめてくれよ……せっかく戻ってこれたんだからよ」


 〈思わず小声が出てしまった。あんな妖怪がうろつく危険な世界はここに持ち込まないでほしい。ここで楽しみたいのは便利な暮らしなのだから。友人と飲み食いして寝て、話し合う。そういう行動だ。〉


 「おい、またいたぞ。何で俺が見る動物はどれも頭があんなにあるんだよ」


 〈まただ、また魚の頭がくっついている。さっきからまともな姿をした生き物を見ていない。そろそろ現実世界らしい光景を見せてくれと願った時だった。後ろに映っていたビル街がどんどん薄くなって次第に消えていくのが見えたのだ。〉


 「えっ?今、消えた……?」


 〈奥のビルが消えた……。じわじわと色が薄くなり、青空へと戻っていったのだ。何が起きたんだろうと頭が混乱する。その後しばらく見つめていたが青空から変わる気配がない。ずっと晴れた空のまま、このまま見ていても時間が過ぎるだけだった。〉


 「取り敢えず帰るか」


 〈このまま混乱していても仕方がない、家に帰ることが気持ちを落ち着かせる最善の方法だと思う。家がある方向は知っているのでそっちへ速歩きで向かった。〉


 マテリは自宅に向かって進んでいるがこの後も普段ならあり得ない異変が続くこととなる。果たしてマテリは異変が起きていることをいつ気付くのだろうか。


 「まだ着かねぇのかよ。いっつもならとっくに着いてるのに……」


 〈おかしい、家までの距離が遠すぎる。生前はこの都市で暮らしていたのだ、周辺の土地勘なら持っているので記憶が悪いわけではない。それは自信を持って言える。ここで明らかに普段のチゴペネとは違う、何か異常な事態が起こっていることを感じ取った。〉


 「くっそぉ〜……、まだ商店街も通ってねぇっつうのに。人通りもありゃしねぇ。本当、チゴペネに何が起こってるんだ?」


 〈川のそばには公園があって屋台があって宴を上げる人もいれば隅っこで寝ている人もいる。これが普段のチゴペネだ。しかし、見た限り誰一人として人は居らず代わりに聞こえるのはこれまで聞いたことのある動物が混ざりあった声だった。〉


 〈この動物と動物が混ざりあった鳴き声が耳に入ってくる度に頭が軽い混乱に陥る。このまま聞いていると視界まで歪んできそうで怖い。〉


 「はっ!やっと抜けられた。ふぅ……これで人に会える!」


 〈頭が混乱し、目を塞ごうとしていた時に遂に建物のあるところまで出ることが出来た。これでようやく人に会えると安心に包まれる。まずは家に帰る時に必ず通ることになる商店街を目標に進むことにする。〉


 商店街目指して歩くマテリ、だが依然として人の姿は見かけず動物の鳴き声がこだまする。


 「ん〜……行けども行けども流木ばっかりで人はいねぇなぁ。洪水で全滅しちまったのか?」


 〈もしかして洪水が起きたときに皆避難してその後戻ってこない、そんな状態なのかもしれない。その証拠に辺りには普段なら河原にしかない流木があちらこちらに転がっているし、泥が運んできた栄養分を吸って草木がグングン伸びている。ただ足跡が見当たらないので避難してから時間が経っているようだ。〉


 「なら高台の方に行ってみるか」


 〈ここまで重い流木が流されているのなら家の中にもものすごい勢いで水が入ってきたに違いない。きっと家の中は住めたものではないだろう。だから避難所にもなっていた高台に向かった方が人に会える可能性が上がる。〉


 「う〜わぁ……やっぱり……家財道具だらけじゃねぇか。ここまで濁流が……」


 〈歩いていくうちに増えてくる家財道具を見て顔が青ざめる。どうやら俺が流されたあとも雨は降り続き、ここまで水がきてしまったのだ。周りの家がどうなったのかが気になる。行ってみよう。〉


 この先は小川と小川が合流するポイントが存在するため、そこに近付くに連れて流された残骸が増えてくる。マテリが向かっている避難所というのはそこを必ず通らねばならないため、彼はその光景を見て言葉を失うだろう。


 〈それまで進んでいた足が徐々に遅くなりやがて止まった。下を向いていた目を上に直して飛び込んできたのは洪水によって壊された住宅の数々だった。このような場面をいざ見るとなると言葉が出てこない。もう家に戻ることは出来ないのか?夢であってほしい。そんな願いからつい溢してしまう。〉


 「夢……夢って言ってくれ。夢って……」


 ❝モシャ!❞小言でマテリがそう願った瞬間に今まで通ってきた道やその周りの建物に植物が生え始める。その状況にマテリは焦りと驚きを隠せなかった。


 「えっと……はぁ?何だよこれ……何がどうなってんだよ」


 〈頭の中が混乱して周りをこれまで以上にキョロキョロと見渡す。辺りは瞬く間に草木に覆われもと来た道が見えなくなった。樹木はグングン成長し、辺りは森林と化する。瞬きを何回しているかのうちに起こったとても短い時間だ。こんなことはチゴペネではあり得ない。〉


 「おい、ここどこだよ。せっかく帰ってこれたと思ったのに……チゴペネじゃないな」


 〈その瞬間にここは俺の知っているチゴペネではないことに気付いた。見慣れた街の様子から異国を思わせる森の風景へと変った。周りの温度も下がり涼しさを感じる。小鳥の優しい鳴き声も加わりどんどん違う世界へと変わっていくのを眺めてただただ無謀さを感じるだけだった。〉


 「もしかしてここって……」


 〈嫌な予感がする。この心地良い風と太陽の光が葉を通り越して差し込むこの森、まさかあの村に戻ってきてしまったのだろうか?あの妖怪がウロウロと生息する世界のことだ。勘弁してくれ、あの怖い世界に戻らなければならないのか。出来ることならすぐに来た道を引き返して自宅に向かいたいがその道はもうない。生き残るには人里に行かなければならない。〉


 「腹を括るか……」


 〈また妖怪に狙われるのが怖いがここがチゴペネでないと分かった今、生き残るのに最適なのは俺が迷い込んだことで歓迎されているあの村だ。〉


 「や、やっぱり……あの村だ!ここにまた来たのか。もう行くしかねぇ」


 〈木で作られた家や周りの畑、そして地形を見てここがあの村だと確信した。腹を括りここに向かう準備は出来ている。チゴペネに戻れたという幻想は捨てよう。〉


 幻想を捨て現実を受け入れたマテリは村のはずれの丘から離れ、中心部へと歩き始めた。

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