Ep.21 心地良い村の風土

 「それにしても風が気持ち良くなったなぁ」


 〈歩いている途中でも分かる。チゴペネだったら涼期以外だったら汗ばむ暑さだろう。ここは確かに暑いものの、チゴペネほど蒸し蒸しとはしておらず快適である。〉


 「おっ!ちょうど良い木だなぁ、ここでちょっと休むか」


 〈見つけたのは俺の身長の4倍ほどある中くらいの木だ。木陰に入ると暑さが遮られ涼しい。気を休めるにはもってこいの場所だろう。〉


 「ん〜、気持ち良い空気だなぁ〜何か寝ちゃいそう」


 〈木陰で仰向けになると見えてくるのが葉の明るい緑色の光だ。葉が薄いので太陽の光が透き通って自分の目にまで届くのだ。これはチゴペネではありえなかったことだ。チゴペネだと濃い緑色のせいで太陽の光は届かず木のしたはいつも薄暗い。〉


 〈だがここは木のしたなのに明るく優しい日差しが届くので心地が良い。木の下で何も考えずゆっくり出来るのは初めての経験だ。〉


 「はぁ〜木の下ってこんなに気持ちよかったんだな。これが出来るならここの生活も悪くないかもなぁ〜」


 〈異世界までやってきてここまで心地よくなったのは初めてだ。風を感じた瞬間、湧き上がる不安な気持ちがどこかで堰き止められた感じがするのだ。そして代わりに包まれるのはポカポカした、何事も受け入れられるような優しい気持ちだ。〉


 「ここに来て良かったなぁ〜」


 〈発した言葉の通り、徐々にここに来て良かったと思えるようになってきた。ここの村の良いところが次々と頭に浮かんでくるのだ。特にこの風土に関してはチゴペネよりも合っているかもしれない。〉


 ❝ピーピーピーピー❞


 「ん?あ、あれか地味な鳥だなぁ。でも鳴き声は癒やされるな」


 〈木の枝に止まったのは色の地味な小鳥だった。色は白と黒の2色しかないし枝をよく見ないとかき消されてしまうほどの地味さだ。鳥は鮮やかなものだと思っていた。チゴペネでは市場にいる鳥は青や緑、もっと鮮やかだと赤や黄色が入り混じった見ていて華やかなものだったからだ。〉


 〈それに加えて鳴き声もコンサートのように騒がしいものだった。そこを通ると気分が上昇しやる気が上がっていた。どこからか力が入る感じだ。〉


 〈だが今は違う。何だろう?まず感じたのは鳴き声を聞くと気持ちが穏やかになっていくことだった。ベッドの上でゆっくりしている時と似たような気分だった。〉


 「はぁ〜気持ち良い」


 〈ここで暮らすのも悪くないかもしれない。吹きつく風や小鳥のささやかな鳴き声がそう思わせている。今までこんな不便なところで生活していくのかよと不満が募っていたが、穏やかな風や優しい鳥の鳴き声、こういった癒やされる環境で生活するのも悪くないと初めて思えた。〉


 「ん〜……やっぱこっからじゃ見えないか」


 〈どこかに精霊はいないかと目をこらすがやっぱりいない。精霊はそう簡単に目に付く場所にはいないのだろうか?さっきの果実の液体を飲まねば会うことが出来ないのか?まぁ良い、どうせこれから長い間ここでの生活が待っているのだ。暮らしているうちにそのうち、現れてくれるんじゃないだろうか?〉


 (あれ?考え方が楽観的になってる……)


 〈風を受けてから、明らかに考え方が楽観的にそして穏やかになっていた。以前はこういったハズレの出来事が起こるとその度にがっかりして「チェッ!」と気分が下向きになりやる気がなくなるのが当たり前だった。しかし今回はそのような出来事が起こらない。ハズレの出来事が起こってもまあ良いかと受け流すことが出来たのだ。〉


 〈これが自分が育った地とは違う場所の風土の力なのだろうか?人が旅行する理由もよく分かる。自分も今は旅気分だ。こんな楽観的な気持ちがいつまでも続いてくれたらここでの生活も楽勝なのに……もっと空気を吸いたい、ここで俺は一度深く息を吸って吐いた。〉


 「スゥゥゥゥ〜ハァァァァ〜」


 〈やはり気持ちが良い。こんなに深く息を吸っても虫が入ってこないし、都市特有の雑音も聞こえてこない。ザワザワと人の話す声や歩く音、こういった音は横になる時遮断していたがこの音ならむしろ耳栓をしてずっと聞いていたいくらいだ。〉


 〈そしてあまりに気持ち良いのでどんどん妄想の世界へと入り込んでしまう。次第に上を見上げると精霊がいる幻覚が見え始めてきた。〉


 「あぁ〜何か精霊が出てきたぞ?」


 〈さっきまで鳥しか見えなかった空の上に何人かの精霊らしきものが目に移り始めた。瞑っていた目を開けたあとだった。寝落ちしてしまったのだろう。ここが夢の中だったとしたら非現実的な精霊がいてもおかしくはない。川や海を泳ぎ回る魚のように精霊達が空をグルグル回っているのが見える。〉


 「ん?何かこっちに降りてきてる?」


 〈バオクルの汁を飲んだ時と同じだ。彼ら精霊がこっちに向かって降りてきている。一体俺に何の用があるのだろうか?ゆっくりと距離を縮め精霊は笑いながら降りてくる。だが精霊だと分かっているから焦りはない。それまで通りのんびりと横になりながら精霊達の動きをうかがう。〉


 それにしてもここの風土というのはマテリの警戒心を落としてしまうようだ。それ故、精霊が降りてきているというのに全く動じない。先程までは物音がするだけでビクビクしていたのにここまで変わってしまうとは。

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